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第十九話 魔道具屋でデートをする


 ルナセーラの緊張は最高潮に達していた。

 目上の誰かに面会するとか、人前で魔法の披露をするわけではない。

 魔道具屋で新しい魔道具に出会えるのを楽しみなのだ。


「おい。いつまで張り付いている」


 店のショーウインドウの前から動かなくなったルナセーラに、レオランドはしびれを切らしたようで声が通常より低い。


「ごめんなさい……。つい見入ってしまいました」


 ショーウインドウに飾られているネックレスやイヤリングは、ただの宝飾品ではなかった。魔法の機能を上げたり、いざというときに身を守る効果が付与されている。

 もっとじっくり見たかったが、レオランドを店の外に待たせるのは申し訳ない。


「入るぞ。店の中にもルナセーラが好きなものがいっぱいあるだろう」

「はい! 楽しみです」


 ルナセーラは、先に店に入ろうとするレオランドに返事をした。

 表に飾られている魔道具は質が高い。店内も期待できるだろう。


「いらっしゃいませ! レオランド様ではないですか!」


 お店の奥から女性の声が聞こえてくる。レオランドの顔は広い。歩けば誰もが知っている。店員の女性はレオランドの横にいるルナセーラに視線を向けた。

 店員の視線に応えるようにレオランドはルナセーラの紹介をする。


「ファナ。こちら魔法学院の生徒のルナセーラだ。魔道具を見させていただきたい」

「どうぞどうぞ〜。ご自由に」


 ファナと呼ばれた店員は紫色の眼鏡の印象が強い。瞳の色は眼鏡のフレームより薄い紫色で、黒髪を緩く一つに束ねている。


(あっ……)


 唐突に、セドリフが十歳の時に、物見の魔法で家族を見た時の映像を思い出した。

 両親と妹が映っていた映像。前世の師匠にとがめられて一瞬しか見ていないが、頭に焼き付いている。

 なぜこのタイミングに思い出したのかわからない。セドリフの記憶があるとは言っても、かなり昔のことだったのに。


 妹の現在の年齢を推測すると、二十代半ばくらいになるはずだ。

 店員の女性ーーファナの年齢に近い。でも、その年齢の女性は世の中には沢山いるだろう。


「あの……どうかしましたか?」


 ファナは困ったように首を傾げていた。


「い、いいえ!」


(そんなはずはない。……この店員さんが、セドリフの妹ってことは、さすがに)


 そんな偶然がある訳がない。前世で会うことがなかったセドリフの妹がいるなんて。

 勘違いだと打ち消そうとする。しかし、ファナから見つめられると、おぼろげにセドリフの面影が思い浮かぶ。根拠はないが、勘が告げる。セドリフの血縁者であると。


「そう。よかったわ」


 ファナは安心したように微笑むと、「ゆっくり店内を見てくださいね」と優しく声を掛けてくれた。


(……やっと会えた)


 まるで恋をした時のような、抑えきれない衝動が頭の中を駆け巡る。恋なんてセドリフでもルナセーラでもしたことはないけれど。

 セドリフの時でさえ会えていない妹だ。でも、今のルナセーラとは赤の他人。

 近づきたいのに近づけない。そんな距離感がある。


「……ファナさんはどうして、魔道具屋をしているのですか?」


 ルナセーラは言ってから過ちに気づいた。初対面なのに不躾過ぎる質問だ。

 そんな不安をよそに、ファナは嫌な顔をせず考える素振りをみせた。


「私が産まれる前に兄がいたんだけど……。魔力が強いあまりに、自分の魔法に飲み込まれて死んでしまったらしいわ。私には魔法の適性がなかったけど、少しでも兄に近づけるような気がするんだよね。……うわわ、暗い話しちゃってごめんね」


 ルナセーラが神妙な顔をしているからなのだろう。ファナは暗い雰囲気を払拭ふっしょくするように微笑んだ。


「い、いいえ! 私が無理に聞いてしまったから……」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。触れられたくない話題は誰にでもあるはずだから。

 セドリフは幼少期に死んでしまったことになっていたらしい。辻褄つじつまを合わせるには、そうするしかなかったのだろうか。


(願うことならば……生きている時に妹に会いたかったよ! こんなに可愛くて自慢の妹なんだもん。今すぐギューッと抱き締めたい! でも……)


 妹を抱きしめたい衝動に駆られたが、今はルナセーラ。前世の記憶が手伝って魔法が得意なだけの少女だ。込み上げる気持ちを我慢した。

 家族の中で少しでもセドリフについての話題があったことが嬉しかった。


「おやおや? こんなところに洒落た魔道具屋があるなぁ〜?」


 二人の男が下品な笑いを浮かべながら店に入ってくる。背の高い男と小太りの男だ。

 魔道具の陳列棚の物陰になっていて、ルナセーラとレオランドの存在には気がついていないようだ。

 男達は魔道具には目をくれず、カウンター越しにファナに怒鳴りつける。


「こいつがこの店で買ってきた魔道具の効果がないようだが、どういうことだ?」

「そ、そうだ……! 不良品を売り付けやがって!」


 子分らしき男が手に持っているブローチが、この店で購入した魔道具らしい。


「このブローチ……」


 ファナは子分の手の平にあるブローチを見て声を失う。

 ルナセーラは物体の気配だけでわかった。


(ブローチは魔道具じゃない。魔道具に似せたまがい物……)


 魔道具の効果がない、というか魔法の気配が全くしない。

 言いがかりに違いない。


「どういうことか、はっきり言ってくれよ!」


 おびえきったファナに男が詰め寄る。


「お客様、このブローチは……」


 ファナは説明しかけて言い淀んだ。

 彼らにこれが魔道具ではないと言っても、耳を貸してくれないだろう。


(ファナさんを助けたい! 何とかしなくては)


 ルナセーラは片足が前に出るが、レオランドに道を塞がれた。

「任せろ」とでも言うかのように、不敵に笑って。

 コツコツと靴音を鳴らせて、レオランドが男達の前に立った。


「レオランド様じゃねえか。涼しげな顔をして何の用だ?」


 この男達は国民の英雄を前にしても、挑発的な態度を取るらしい。


「この魔道具の刻印を見せてもらうか」


 レオランドは挑発には耳を貸さずに、用件だけを述べた。


「刻印……?」


 子分はレオランドの言っている意味がわからないようで首を傾げている。


(魔道具の作り手がわかるように、魔道具自体に刻まれた印のことだ)


 魔道具を使用したことがある者であれば常識。男達はその常識さえ知らないらしい。


「ファナの店の魔道具には小鳥の刻印が彫ってあるはずだ。見せてみろ」

「……っ!」


 自分たちに分が悪いことがわかったのだろう。刻印がなければ、ファナの店の魔道具であると証明できないのだから。

 背の高い男が一目散に駆け出した。子分も後を追いかけて走り出す。


「逃げ足だけは一人前なんだな」


 レオランドは呆れたように溜息を吐く。


「ありがとうございました。レオランド様」


 ファナの瞳にはハートマークが浮かんでいた。


(レオランドってば、こうやってファンを増やしていくんだから……)


 ヤキモキする気持ちが何なのかはルナセーラにはわからない。それが「嫉妬」というものなのだが。


「ルナセーラさんも不快な思いをさせてすみませんでした」

「いえいえ! ファナさんのせいではないですし」


 頭を下げようとしたファナを止めるが、ファナは頭をガックリと落としていた。


「あんな騒動くらい、店主なら一人で収めないといけなかったんです」


 レオランドはジッとファナを見つめると口を開いた。


「言い掛かりを付ける者はいくらでもいる。まともに相手をするな」


「は、はい。レオランド様のように毅然きぜんとした対応ができるように頑張ります」


「ファナの毅然な態度か……そのままでいいと思うが」


 ファナの物事に動じない様を思い浮かべたのだろう、レオランドがフッと笑いを漏らした。


「いいえ、決めました。あんなボンクラをすぐ追い出せるような、力強い店主になってみせます!」


 ファナの気合の入った宣言に、レオランドは「それはいい」と言って頷いた。

 二人の会話をよそに、ルナセーラは上下左右のあらゆる方向から魔道具を眺め回し始めた。

 ルナセーラの頭の中は妹に会えた喜びよりも、大好きな魔道具に天秤がかたむいている。


(うふふ。魔道具がいっぱい! 天国みたい……)


 店内にはお宝が沢山。

 魔道具は、付与された魔法の種類ごとに並んでいて見やすい。


「防御の魔法のかかったペンダント……。こんなのが入荷しているのかぁ」


 防御強化、スピード強化、視野強化等……宝飾品を付けるにも限度があるので、装備する魔道具を選ばなくてはいけないが、選ぶ楽しみがある。


「ルナセーラ、そろそろ行こうか。じっくり見るのはまた今度にしよう」


「待って、もう少しだけ……」


 レオランドの返事も聞かず、魔道具に視線を戻す。夢中になって子どものようになってしまう。


「仕方がないな」

「レオランド、身長強化なんて魔道具があるよ! ……あ、背の高いレオランドには必要ないか」


 前世のセドリフには身長が低いことに対する悩みがあった。この魔導具があれば悩む必要なんてなかったのに。

 現在は女性の平均身長くらいはあるから、身長に悩むことがなくてよかったと思う。今は身長強化は必要ない。


 魔道具を見ながら一喜一憂するルナセーラを見て、レオランドは呆れたように息を吐いた。

 ルナセーラの気が済んだところで、レオランドは「今日はこれで終わりだ」とハッキリと言った。


「長居して申し訳ない」

「見ているだけですみません。次は買いに来ます」


 レオランドにつられるようにルナセーラも頭を下げる。


「ルナセーラさん。また来てくださいね」


 優しげな瞳で、ファナは店の外まで見送ってくれた。


「すごく満足。連れてきてくれてありがとう」


「……どういたしまして」


 ルナセーラの満面の笑みが効いたようで、レオランドはそれだけ言った。


「何か気に入るものはあったか?」


 音の外れた鼻歌を歌い始めたルナセーラは、レオランドから問いかけられる。


「いっぱい。魔法学院では、絶対にお目にかかれないものも見られて大満足!」


 ルナセーラは両手を広げて力説をし始めた。


 ☆☆☆


(そういえば、セドリフも魔道具が好きだったな)


 楽しげに魔道具の効用を説明してくれたセドリフ。

 視界がぶれて、セドリフとルナセーラの姿が重なっていく。


「──レオランド、ちゃんと話聞いてる?」


 ルナセーラは頬を膨らませて、レオランドを覗き込んだ。緑の瞳が少し怒ったような光を帯びている。

 セドリフの紫の瞳とは違う。


「あ、あぁ。聞いているよ」


(疲れているようだな……)


 目をこすり、気のせいだったと感じたレオランドだった。


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