第一話 前世の友人に再会する
王都から馬で一日の町外れにある宿屋は、大繁盛していた。
普段から旅人の宿として賑わいがあるが、今日は特別なお客さまが利用するらしい。興味本位の見物客からの予約も入り、一階にある食堂は日が落ちるにつれて、さらに忙しくなってきた。
お盆を手に持った少女は、満席のテーブルの隙間を縫うように動いていく。
「ルナセーラ、このプレートは十番のテーブルのご夫婦ね!」
「はーい!」
溌剌とした緑色の瞳の少女は明るく返事をした。ルナセーラは木製のプレート二枚を器用に片手で持ち、もう片方の手で木樽ジョッキを持つ。歩き出すと高く結った赤髪が左右に揺れる。
(たまたま帰省中でよかった。両親二人だけではさばききれないよね)
ルナセーラの通う国立の魔法学院は夏休みの期間だった。魔法学院が休みの期間は寮から戻って、両親の切り盛りする宿屋の手伝いをすることにしている。
寡黙な父が調理を担当して、普段は食堂の客の対応をする母が料理の盛りつけに注力し、ルナセーラがプレートを運ぶのを手伝っている。昼間から客足が途絶えることはない。
(それにしても、こんなに注目されている特別なお客さまって一体……)
有名人の来訪は片田舎では噂がすぐに広まり、宿屋は野次馬で大繁盛だった。ところが到着が遅れているらしく、しびれを切らして自室に戻る客も出てきた。
「今日って誰が来るの?」
注文が一旦落ち着いて、椅子に腰かける母に問いかける。
「あれ? 話していなかったかしら……。騎士団のご一行さまよ」
「騎士団って……」
騎士団と言われれば一つしかない。ファイマール王国直属の魔法騎士団。剣術と魔法を組み合わせたエリート騎士団だった。魔法の使える者が少ない田舎では、まずお目にかかることのできない人たちだ。
チャリリン。
入り口の扉に取り付けてある鈴が鳴り、人々が集まって賑わい始めた。
「あら、そろそろご到着かしら。ルナセーラも来なさい」
「え、あ。はい……」
(騎士団って、もしかして……)
さっさと歩く母親の背中を追うが、人垣に阻まれて中々前に進めない。
ようやく前へ抜けると、既に接客している母と騎士団の一行がいた。小勢で人数は四名。藍色と白の騎士団の制服に身を包む青年を見て、ルナセーラは予感が当たったことを悟った。
金糸のような髪、切れ長の碧い瞳に長い鼻梁。記憶よりも年を取っていたが、整った顔立ちで、どこか人を寄せ付けない冷たいオーラがある。
懐かしい。レオランドだ。
ルナセーラには前世の記憶があった。
というのも、生まれたときから記憶があったわけではなく、ルナセーラが六歳のときに宿屋の火事をきっかけに思い出したのだ。
食堂の調理場から広がった火事で、ルナセーラは逃げ遅れた。愛着のあった、ぬいぐるみを取りに戻ろうとしたのが悪かった。
目を離した隙に娘がいなくなったことに両親は悲痛な叫びを上げる。なぜ、大切な我が子の手をしっかり握っていなかったのかと。
集まってきた人の中には、水の魔法を使える者はいなかった。水の魔法を使えたとしても魔力が小さく、圧倒的な火の強さに為す術もない。
ルナセーラが煙を吸って頭が朦朧としてきたときに、黒髪の少年が現れた。
──大丈夫だよ、ルナセーラ。
少年はルナセーラに手を差し出した。無我夢中でルナセーラは自分の手を重ねると、突如として風が舞い上がる。
膨大な記憶の洪水が押し寄せてきた。
前世の記憶と、紫銀の魔導士と呼ばれていた魔法の知識だった。
ルナセーラに手を差し出してきた少年だった頃の記憶。
紫銀の魔導士という呼び名は、瞳の色の珍しさと魔力の強さから畏敬の念を込めてつけられたものだった。
戦争にも駆り出された。
同盟国から裏切られるように始まった戦争は劣勢だったが、魔法騎士団が援軍で入ってから優勢に変わった。魔法騎士団には十五歳の少年もいたが、国は勝利を優先し、年端も行かぬ子どもであっても兵力としてお構いなく駆り出した。
戦争に勝利して独立は守られたものの、そのときにルナセーラの前世にあたる少年は死んだ。
(そうだ、雨を降らせば火は消える)
ルナセーラはイメージする。各地に散らばっていた雲が集まり、分厚い雲になって雨が降るというイメージを。
宿屋の周辺だけ、バケツをひっくり返したような雨が降った。火の手は止み、ルナセーラは生還した。両親は娘の無事を喜んだ。成り行きを見守っていた人々からも奇跡だと歓声が上がった。
火事の事故以来、ルナセーラは時折大人びた表情を浮かべるようになったが、両親は「火事が怖かったのだろう」と憐れんだらしく何も言わなかった。
あるとき、ルナセーラは魔法学院に入学したいと言った。
宿屋の再建のために多額の借金があったものの、ルナセーラの勉強する姿を見て賛成してくれるようになった。入学試験でトップの成績で合格すると、奨学金が出て学費がタダになることも後押ししてくれたらしい。
「ルナセーラ。ボーッとしてないで、席に案内してあげて!」
母の一言で現実に引き戻された。
過去の記憶はともかく、仕事に集中しなくては。
「騎士団の皆様、こちらへどうぞ」
ルナセーラの案内で騎士団一行が席に着き、早速ビールの注文が入った。
騎士団一行は空腹を満たすために食堂に来ていた。食べっぷりも見事で、空のプレートとジョッキが見る見るうちに増えていく。
握手を求める人々に丁寧に応えているのは好感が持てる。
騎士団長のレオランドは淡々と食事をしているが、仲間の三名が賑やかで煩いくらいだ。
ルナセーラは目を伏せて虚空を見つめると過去の記憶が甦ってきた。




