第十六話 王女様と面会する 上
魔法学院の授業後、ルナセーラはジョルシュから小声で話しかけられた。
「昨日、ルナセーラとレオランドが一緒にいるのを見たんだが……」
服屋に行ったときのことだろうか。
ドキリとして、カバンに入れようとした魔導書を落としそうになる。
「よそ行きの服がなくて、見立ててもらっていたんだ」
慌てて取り繕うルナセーラ。
ジョルシュは、しばし考える素振りをしてから口を開いた。
「……三十歳のおじさんだぜ。やめておいた方がいいぞ」
(もしかして、レオランドと距離が近かったところを見られたの!?)
未遂に終わったが、角度によってはキスをしているように見えたかもしれない。それはマズい。
「あいつは何を考えているかよくわからないからな。俺が忠告する立場でもないが」
「いや、違っ……」
ルナセーラが何かを言う前に、ジョルシュはさっさと姿を消えてしまった。
(誤解された!? でも、仮の婚約者であって、間違っている訳ではないんだけど……)
☆☆☆
「君、今日は魔鳥のお世話じゃないんだね」
「はい。王女様とお会いすることになっているんです」
魔鳥のお世話で王城に行くようになったため、門番とはすっかり顔見知りだ。服装から用事が違うとわかったらしい。普段着ではなく、よそ行きのワンピースを着ていたからだ。
待ち合わせの時間より早く王城に到着したルナセーラは、散歩することにした。
王城の大まかな位置はセドリフの記憶があるので迷わない。
季節の花々が咲き乱れる庭、魔法騎士団の訓練棟や宿舎、応接室や執務室の位置は頭の中でイメージできる。
(ここって……)
気の赴くままに歩いていたら、自然と王室図書館の前に立っていた。
セドリフだった頃は、毎日のように足を運んでいた記憶がある。
(行きたいなぁ。新しい本がたくさん増えているんだろうな……)
「ルナセーラ、こんなところにいたのか!」
背後からレオランドの声が聞こえて、ルナセーラは慌てて振り向く。
「ご、ごめんなさい! 散歩していたら、つい時間を忘れてしまいました」
「図書館に入りたいのか?」
レオランドの碧い瞳に見つめられて、思わず頷く。
「はい……あ、単純に魔導書に興味があるだけですけれど」
「俺がいるときなら、図書館に入れるかもしれない。聞いてみようか?」
「大丈夫です。少し気になるだけで……」
「そうか? 物欲しそうな顔をしていたが」
「そ、そうですか?」
(物欲しそうな顔⁉︎ そんな顔してたかな?)
魔導書に夢中になっている姿をレオランドに見られたら、セドリフの動作と重なって見えてしまうかもしれない。前世がバレる行動は控えなくては。
(……ここは我慢よ、ルナセーラ)
自分に言い聞かせると、図書館に入りたい欲求が収まってきた。
レオランドに案内されて、王女の私室の前に立つ。
(マリアーナはどんな風に成長しているのかな……)
この扉の中に王女がいると思うと、緊張が高まってくる。
「いいか、開けるぞ」
「はい……」
レオランドから心の準備はいいかと問いかけられて、ルナセーラはコクンと頷いた。
レオランドが「マリアーナ様、失礼します」と声を掛けながら開けてくれる。ルナセーラもレオランドに続いて部屋に入った。
「お初にお目にかかります──」
まず目に入ったのは、王女ではなく、その奥に飾られた大きな肖像画だった。かなり大きい。人の背丈以上の大きさで、金の額縁に入っている。
(これってセドリフ……!)
こんなに美形だったのかと疑うくらい、イケメンに描かれている。かろうじて原型を留めている程度だ。
言葉を失ったルナセーラに代わって、レオランドが口を開く。もしや、この肖像画を見るのには慣れているのだろうか。
「ルナセーラ。こちらが王女のマリアーナ様だ。見てわかる通り、マリアーナ様は大魔導士セドリフ様の猛烈なファンだ」
(大魔導士……セドリフ様!? そんな風に呼ぶの?)
レオランドの口から聞くと、何とも歯痒い。
(王女様は、今でもセドリフのことが好きなんだ)
肖像画を作るくらいだから、かえってセドリフ好きに拍車がかかってしまったような気がする。少し怖さを感じてルナセーラは身震いした。
「初めまして、ルナセーラ。第一王女のマリアーナよ。どうぞ気負わず、マリアーナとお呼びになって」
王女様はドレスの端をつまむと優雅に礼をした。
銀糸のような白銀の長い髪がサラリと揺れる。紫色の宝石のような瞳は友好的な眼差しをしているように見える。
(王女様……立派になられて)
親が成人した子どもを見るような気持ちになってしまう。
セドリフの記憶では四歳の甘えん坊な王女のイメージしかなかったが、十九歳になった王女は愛らしい姿になっていた。
ルナセーラの含みを持った視線に何か感じ取ったようで、王女は首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ……。庶民が呼び捨てにしてしまうと不敬に当たるため、マリアーナ様とお呼びするのを許していただけませんか」
「まあ。お気になさらなくていいのに。……あ、どうぞお座りになって」
残念そうに言った王女からソファを勧められて、レオランドの隣に座る。侍女が紅茶とお菓子を持ってきて辞すると、王女は話を切り出した。
「ルナセーラはセドリフ様と同じ魔法学院に通っているのでしょう? 学院生活の中で、セドリフ様を感じることはある?」
ルナセーラは手が震えて紅茶をこぼしそうになった。粗相しないように耐える。
セドリフは過去の自分のことだ。セドリフを感じること……ある意味いつでも存在を感じてはいるのだが。
「セドリフ様が落ちたと言われる噴水に私も落ちてしまいました。同級生に指摘されて知ったのですけれど」
「セドリフ様が落ちた噴水に! それは喜ばしいことだわ!」
王女の瞳がキラキラとし始めた。噴水に落ちること事は不運としか思えないが、王女にしたらセドリフと同じ状況になれるのが喜ばしいらしい。友人のミリルと似た症状だ。盲目的にセドリフのことが好きなんだと理解した。
「噴水のことはセドリフ様の伝記に書いてありますよね。伝記がベストセラーになっていると、友人から聞いて知りました」
「……その伝記の作者が誰か知っているか?」
レオランドはチラリと王女を見て言った。
本の背表紙を思い出す。作者名は聞き慣れないが、変に耳に残る名前だった。
「ナーア・リマ様だったと……」
「文字を入れ替えると、聞いたことのある名前にならないか?」
「アーナ……マナ……マリアーナ。マリアーナ様!?」
目の前にいる王女だ。
「そうよ。私が伝記の作者のナーア・リマ。公にはしていないけれど、愛しのセドリフ様のことを研究していたら、一冊の伝記が出来上がってしまったわ」
王女は胸を張って誇らしげに言った。
伝記に書いてあることはよく調べられていて、事実には沿っていた。王女様の努力の賜物に違いない。
「すごいです! マリアーナ様の名前で出しても良さそうなのに、どうしてペンネームなんですか?」
「それは……周囲から止められたのと、セドリフ様を陰で慕っているようで素晴らしいと思ったからよ」
狂ったようにセドリフのことを研究する姿が知られると、王女としての評判が悪くなると反対されたのかもしれない。きっと正解だ。
「ねぇ。ルナセーラはレオランドのこと、どんなところが好きなの?」
「えっ……」
本題だったのだろう、王女は身を乗り出して聞いてきた。




