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第十五話 服を見立ててもらう


「お待たせしました」


 ルナセーラがレオランドの姿を見つけて声をかけると、レオランドは手元の本から視線を上げた。


「いや……俺も着いたばかりだ」


 金髪がさらりと揺れて、端正な顔立ちが(あらわ)になる。白いシャツに濃いグレーのズボンで、特にデザイン性のある洋服ではないのに、レオランドが着ると様になっている。


 集合の場所として指定されたのは、流行の服を豊富に取り揃えている服屋。

 ガラス張りの店内は、ルナセーラには眩し過ぎて一度も足を踏み入れたことはない。


「あ……レオランド様……」


 通行人の女性が、イケメンな男性がレオランドだと気づいたようだ。

 レオランドが営業スマイルでその女性に軽く会釈すると、女性は顔を赤くする。そして女性はその横にいるルナセーラに気づいて、不思議そうな顔をした。年齢差のある二人が、どんな間柄なのか疑問に感じたのかもしれない。


 レオランドは「ルナセーラ、行こう」とささやきかけてきた。

 レオランドの後ろをついていくと、店員によってお店の扉が開けられた。


「いらっしゃいませ~。あら、可愛いお連れ様」


 レオランドと店員は顔見知りなのか、レオランドはよそ行きの営業スマイルではなく自然な表情を浮かべている。


 店員の女性はルナセーラをじっと見つめてきた。ルナセーラの普段着の中では一番上等な服を選んできた。でも、裾はくたびれていて、売り物の服と比べると随分みすぼらしく見えてしまっているだろう。


(緊張する……)


 人見知りの子どものように、レオランドを盾にして後ろに隠れたくなった。


「連れに何かいいものを見繕ってくれないか」

「お任せください! 腕が鳴るわぁ~」


 店員は嬉しそうに動き始めて、レオランドのオーダーを聞いている。

 店員の後ろをまとめた髪型は控え目なのに、どこか大人びて見える。年齢は二十代半ばくらいだろうか。


(もしかして、レオランドは同じ年代の方がお似合いなんじゃ……?)


 笑顔の店員がレオランドと会話していて、何かの拍子にレオランドがフッと笑みを浮かべたのが見えた。


(何だか、レオランドが店員さんと話している姿を見るとモヤモヤする……)


 ルナセーラはこの気持ちが嫉妬だとはまだ知らない。

 レオランドとは十五歳の年の差がある。私服のレオランドと隣に並ぶと周囲からどのように見えるのか、ふと気になってしまった。


(師匠と弟子? おじさんと姪っ子? レオランドはおじさんではなくて、お兄さんって感じだけど……)


「似合いそうなものをいくつか持ってきたわ。この中で気になるものはあるかしら?」


 店員が服を数着抱えて、ルナセーラの元にやってきた。

 チェックのスカートにブラウス。ワンピースなど。生地は同じでも胸の切り替えの位置が違うと、だいぶ印象が違って見える。


「……これかな?」

「お客様お目が高い! 今日入荷したばかりの新作なのよ」


 目移りしながらも選んだワンピースを試着させてもらうことにする。赤茶の縦ストライプの入った生地に袖の部分が膨らんだ流行りのデザインだ。

 早速、店員に案内されて試着室に入った。


「レオランド……どうかな?」


 試着室から出て、レオランドに見せると「いいんじゃないか」と腕を組んで頷いてくれた。

 姿見に写った自分の姿を見ると、貴族の令嬢に見えなくもない。田舎の少女が都会の少女に生まれ変わったようだ。

 元の服に着替え終わると、レオランドはさっさと会計を済ませてしまっていた。


「ありがとうございます。……おねだりしてしまったみたいでごめんなさい」


 魔道具にばかりお小遣いを注ぎ込んで、服に無頓着だった自分を恥じた。

 大きな紙袋を持ったレオランドはルナセーラのペースに合わせて歩いてくれる。


「気にするな。似合うものを贈りたかっただけだ」

「……何かお礼をさせてください」


 負けじと言い返すと、レオランドはいたずらっ子のような瞳をした。


「何にしようかな。お礼のキスとか……」


(キ、キス……!?)


 急にとんでもない事を言い出すのが、レオランドの性分だ。前世で、レオランドの気まぐれにいくら付き合わされた事か。ただし、前世と今ではとんでもない事の質が違う。

 ルナセーラをドキドキさせてくるのだ。


 人通りの少ない路地に出ると、レオランドはルナセーラの後ろの壁に手をついた。

 レオランドと至近距離で向き合う形になる。レオランドの碧い瞳の中に、ルナセーラが映り込んだ。


(こんな時、どうしたらいいの~!?)


 貰うものを貰った以上逃げられない。

 頭の中でパニックを起こしているルナセーラは、迷った挙句、覚悟を決めて顔を近づけようとする。

 と、レオランドが手で遮ってきた。


「冗談だよ。ルナセーラが喜んでくれれば俺は嬉しい」


「……なら、冗談を言わないでください」


 頬を膨らませて抗議すると、レオランドはクッと笑いを漏らした。


「魔法学院を卒業するまでは何もしないって約束だからな」

「そんな約束があったんですね」


 聞いたことのない話だったが、社会通念上の常識なのかもしれない。


「ルナセーラのお父様に約束させられたんだ。……なんだ、残念そうな顔をしているな」


 ルナセーラの反応を面白がっているのか、レオランドはいじわるだ。


「してません!」


(……ひどい。弱い者いじめ反対!)


 レオランドを無視してスタスタと歩き始めると、レオランドが心配そうに顔色を伺ってくる。


「悪い、からかい過ぎた。……ルナセーラが可愛いから」


「うっ……」


 レオランドの甘い言葉に絶句した。

 聞いた耳が溶け落ちてしまいそうだ。

 ルナセーラは耳まで真っ赤になった顔をそっぽ向けた。そうしないと、レオランドと至近距離で見つめ合ったことを思い出してしまう。恥ずかし過ぎる。

 

「……子どもだと思ってからかわないでください」


「ルナセーラのこと、子どもだなんて思っていないよ」


「そう、ですか?」


「ルナセーラが落ち着いているからかな。同年代と話していると錯覚をするときがある」


「そ、そうなんですね……」


 当たっている。

 上手く反応できずに、ルナセーラは言葉をにごすしかない。

 もしや、正体に気付かれたのでは、とレオランドを見つめる。


(大丈夫……だったみたい)


 レオランドは優しく見返してくれる。

 セドリフだった時には見たことのない、慈しみを含んだ表情だった。


 ☆☆☆


 この時の二人のたわむれを、偶然通りかかったジョルシュは見てしまった。

 魔法学院の同級生のルナセーラが路地に入っていくのを見かけたジョルシュは、一緒にいる人物に驚きを隠せない。


(レオランド……様!?)


 ルナセーラの顔がレオランドに近づいていく。ルナセーラの顔はほんのりと赤い。

 見入りそうになっていたジョルシュは、くるりと背を向けた。


(あいつら、そんな仲だったのか……)


 二人から気づかれる前に、ジョルシュはその場を立ち去った。若干、誤解をしているとは知らずに。


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