第十三話 前世の友人は教壇に立つ 下
ルナセーラが創り上げた魔法剣は、多少の粗はあるが中々の出来栄えだった。木剣に水の膜が張られていて、一振りすれば水を放出させることができるだろう。
前世は風の属性だったが、今は水の属性。コツを掴めばもっと短時間で魔法剣が作れるかもしれない。
「ルナセーラの剣、綺麗!」
「さすがルナセーラ」
他の同級生からの称賛の声が聞こえると、ルナセーラは嬉しくなって微笑んだ。
「くっ……!」
一方、その様子を見ていたジョルシュは、焦ったように詠唱を繰り返す。
ルナセーラが成功したのに、魔法剣が発動しないもどかしさがあったようで、剣を持つ手に力が入る。
「きゃぁっ!?」
突然鋭い風が巻き起こり、見学に来ていた女子生徒の髪を数本切り落としてしまった。立つ位置によっては小さな怪我では済まされなかっただろう。
「あっ……あ!」
ジョルシュは顔面蒼白になって、剣を持つ手がプルプルと震えていた。剣に力を込めすぎて、制御ができていない。
風が巻き起こり、今度は魔法剣を練習する生徒の方に魔法が放たれそうになる。
異変を察知したルナセーラには、レオランドが止めに入ろうとするのが見えた。
(レオランドの距離からじゃ間に合わない! どうか間に合って!)
ルナセーラはジョルシュの手に触れる。
驚いたジョルシュは目を見開いた。
「な、何を!?」
「天の恵みの水よぉお。……剣の中に留まぁれえぇ」
ジョルシュの言葉は無視して、音痴な詠唱を開始する。返事をしている暇は、ない。
既にルナセーラの無詠唱の魔法が発動し始めていたが、詠唱はカモフラージュだ。時間の余裕はなかったが、レオランドの見ている前では正体を悟られるわけにはいかなかった。
(風の扱いなら、前世でわかってる! どうか収まって!)
水の魔法は風圧に弾かれる。駄目だ、もっと強く。
ジョルシュよりも強い魔法をかければ、封じ込めることは可能なはずだ。ルナセーラはイメージの力を緩めない。
剣に水が巻き上がり、風の進行を阻む。さらに意識を研ぎ澄ませていく──。
風は水の防御を突破しようと反発していたが、それはやがて止んだ。
「ゆっくり呼吸して。そう、吸って吐いて。……大丈夫だよ」
安心させるような笑顔でジョルシュに話し掛ける。ジョルシュの呼吸が落ち着いてくると同時に、風の暴走も収まった。
遠巻きに見つめている生徒からも安堵の声が広がる。
「俺は……」
ジョルシュは木剣とルナセーラを交互に見て、ルナセーラに助けられたのだとわかったようだ。ジョルシュはルナセーラのことをマジマジと見つめてきた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
ルナセーラが尋ねると、ジョルシュはパッと顔を背ける。
「大丈夫か!?」
レオランドはルナセーラとジョルシュの元に駆けつけると、怪我がないかどうか確かめる。二人共、特には外傷がないとわかると、レオランドは小さく息を吐いた。
「無事でよかった。……俺の管理が足りなかった。申し訳ない」
レオランドが深く頭を下げたので、ルナセーラは慌てた。
「そんな、頭を下げないでください。レオランド先生のせいではないです!」
ジョルシュは唇を噛んで、レオランドを見据える。
一歩間違えれば大惨事だった。暴走させたジョルシュに原因があることは、誰の目から見ても明白だ。
「……レオランド先生のせいではなく、俺の実力不足です。迷惑をかけてすみません」
ジョルシュにしては珍しく、全面的に自分の非を認めて謝った。
☆☆☆
レオランドは騒動の直後、授業で起こったことを校長に説明した。校長からは管理不足だとお叱りを受けた。
確かにそうだ。
制御ができないと、人に被害が出る可能性をもっと想定していればよかったのだ。
(それにしても……)
レオランドは衝撃を隠しきれなかった。
剣に魔法を込めるだけでなく、他の人が魔法を込めた剣にさらに魔法をかけることができるのは上級者だけだ。
(ルナセーラが魔法剣がすんなりできたのは、誰かから教わったからなのでは……?)
生徒の中で一発で魔法剣が発動できたのはルナセーラと、暴走してしまったジョルシュのみだった。
ジョルシュは特別な師匠がいる。その師匠の魔法騎士団時代は、トップ3に入る実力者だった。
ルナセーラは……たまたま誰かから教わる機会があったのではないか、とレオランドは自分を納得させた。
「あいつもルナセーラのことが好きなのか?」
思っていることがつい口に出てしまった。生徒は授業中で、誰もいない廊下にいたから良かったものの、聞かれて追求されても困る。
あいつというのはジョルシュのことだ。ルナセーラが魔法の暴走を止めた時は、ジョルシュは惚けたようにずっとルナセーラの横顔を見ていた。
(俺がこの学院の先生だったら、ルナセーラに変な虫がいないか見張っていられるのに……!)
つい恋のライバルのような視点になってしまうレオランドだった。
☆☆☆
レオランドの授業後、ルナセーラはジョルシュに呼び止められた。
ジョルシュはルナセーラのことを直視できないようで下を向いていたが、意を決したように顔を上げる。
「その……ありがとな」
「どういたしまして。間に合ってよかったよ」
一瞬でも遅れていたら、大惨事になっていたかもしれない。防げてよかった。
ジョルシュはルナセーラの顔を見つめてくる。
「何だか、お前はカッコイイな……」
「え?」
「暴走を止めてくれた時。詠唱が下手なのに、頼りがいのある兄貴のような感じだったんだ」
(兄貴!? そんなこと初めて言われたよ?)
どのように感じるかはその人の感性だ。
でも、ある意味、的を射ているかもしれない。前世の年齢を足せば、彼よりは年長者だから。
「兄貴……というのは置いておいて。詠唱が下手っていうの、さりげなく言ってませんか?」
「ルナセーラが詠唱を始めたときの、レオランド先生の困った顔見たか?」
しっかりと覚えている。見ていられないといった様子で、心配そうなレオランドの顔。
いつの間にかジョルシュから名前で呼ばれていた。そんなことはあまりに自然で気にならなかった。
「見ました。下手すぎて驚いていましたね」
「だろ?」
ジョルシュはクックッと笑った。
初めて心が通じ合えたような気がして、ルナセーラは嬉しくなった。
☆☆☆
「レオランド! 学校に先生として来るなら言ってほしかったです!」
レオランドと顔を合わせたルナセーラは一番に言った。魔鳥のお世話で王城にやってきた時のことだ。
「見物客が増えて混乱してしまうってことで口止めされていたが、ルナセーラには伝えておけば良かったな」
「……私の反応見て、楽しんでいましたよね?」
「驚いた時に、どんな顔をするのか知りたかったんだ」
「それって楽しんでるって言うんですよ」
レオランドの顔を思い出すと腹が立ってくる。でも、魔法学院を卒業したら正式に婚約者になると約束をしているものの、接点は魔鳥のお世話のこの時間だけしかない。
「本当はルナセーラに一目会いたい、という不純な動機で講師を引き受けたんだ」
「えっ。そんな動機だったんですね」
婚約者に会いたいから講師を引き受けるって、普通の人ならそんなまわりくどいことはしないだろう。
「でも、講師を引き受けて良かった。ルナセーラの一面を知ることができたから」
ルナセーラは何が起こったのかを思い出す。実技の授業では下手な詠唱をして、ジョルシュの魔法の暴走を止めた。下手な詠唱……それしか思い当たらない。
「ルナセーラは歌が下手だったんだな」
「うう……」
(やっぱりバレたか……。レオランドには音痴のこと、知られたくなかったな)
壊滅的な音痴なのだ。知られてしまって恥ずかしい。
「過去に壊滅的に下手な奴がいたが……ルナセーラは二番目に下手かもしれないな」
「え? 二番目ですか?」
(セドリフの時よりも幾分かはマシになったってこと?)
最下位ではないと知り、安心したような、していないような複雑な気持ちになる。
「……いや、同じくらいひどいかもな」
「ちょっと、英雄様と同じにしないでください」
頬を膨らませて言ったルナセーラに、レオランドは過去を思い出すように長い睫毛を伏せた。
「あいつが死んでから、こんなに下手な詠唱を聞いたのはむしろ懐かしくなる」
レオランドは目を優しく細めて、ルナセーラを見てきた。まるでセドリフと重ねて見られているようだ。
この視線、どうしても苦手だ。
(話をそらさないと……)
話題を変えようとしたルナセーラだったが、レオランドが別の話を振ってくれた。
「そうだ。ルナセーラは魔法剣について、誰かに習っていたのか?」
「いいえ、特には習っていません」
つい、本当のことを言ってしまった。レオランドは疑問に感じたようで首を傾げる。
「魔法剣を作るだけでなく、他の人の魔法剣を制御するのは、大変高度な魔法なのだが……」
「ええと、本で制御の魔法について読んで、応用できるかなって思って試したことがあるんです。たまたま成功して運がよかった」
真っ赤な嘘だ。でも、制御の魔法の本があるのは本当。古本屋で買ってきた魔導書を読み漁った時に、見た覚えがある。ルナセーラの弁解が通じたようで、レオランドは心配そうな目で見てくる。
「今回はよかったかもしれないが、試したことがあるだけの魔法を放つのは危険だ。魔法学院の先生の元で、少しずつ魔法を覚えていくといい」
レオランドの言うことはもっともだ。
ルナセーラは「わかりました」と素直に返事をする。
高度な魔法を使うことができたことの言い逃れには成功したらしい。
ルナセーラは表情には出さずに、心の中でホッと一息ついた。




