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第十二話 前世の友人は教壇に立つ 上

 

「今日は特別な先生が来ています!」


 教壇に立つ先生の化粧は少々濃かった。服装も普段は白衣しか着ないのに、タイトスカートを身につけている。


「どんな先生?」

「焦らさないで早く教えてよー」


 待ちきれないといった様子の生徒たちに、先生はもったいぶるように手に力を込めて扉を開ける。


「魔法騎士団の団長を務めている、レオランド・クランバー先生です!」


 特別講師の名前が告げられた瞬間、生徒たちからは「おおー!」と歓声が上がり、憧れの視線が一点に集まる。魔法騎士団のトレードマークの、青地に白で縁取られた団服に身を包んだ国家の英雄がいた。

 大歓声には慣れているようで、レオランドは生徒の前に立つと一つ咳払いをする。


「魔法騎士団のレオランドだ。騎士団に入る前は魔法学院にいたから、君たちの先輩になる」


 レオランドは生徒たちを見回して、ルナセーラを見つけた途端に柔和な表情を浮かべた。

 ルナセーラの周りにいた女子生徒は「私に笑いかけられた!」と頬を染めている。


(レオランド! 昨日アーリアのお世話で城に行ったけれど、特別講師のこと全然言ってなかったよね!?)


 恨めしい視線をレオランドに送るが、レオランドは涼しい顔をしている。ルナセーラの訴えはお見通しのようで、驚いた反応を楽しんでいるようだ。


 しかし、レオランドが教えてくれる魔術というものは興味深い。前世でレオランドから稽古を付けてもらった時は、説明がわかりやすく感心したものだった。十分に期待できるだろう。

 ルナセーラは授業に集中することにした。


「魔法というのは、それぞれの内に秘めている魔力を具現化させた力と言われているが、理論を学ぶにも実技があった方がわかりやすい。……では、場所を移動しようか」


 国の英雄に直々に魔法を教えてもらえるのは、貴重な機会だ。

 実技場に移動すると、遠巻きに他のクラスの生徒や先生たちが見学に来ていた。


「いいなぁ。レオランド様からの授業を受けられて」


 遠巻きに見ている生徒の一人が言うと、周囲の生徒が大きく頷いた。

 レオランドから指示を受けた先生は、練習用の剣を用意している。


「フン。ただ英雄様に会いたいだけじゃないのか。こっちは真面目に授業を受けに来ているのに」


 すぐ近くから不満の声が聞こえて、ルナセーラは横を振り向く。

 ルナセーラの一番近くにいたジョルシュだった。彼は不機嫌な様子を隠そうとしないが、まあまあとたしなめたくなるのがルナセーラだった。


「レオランド先生なら、皆が知りたいことをわかりやすく教えてくれるんじゃないかな。人が詰めかけて来ても仕方がないと思う」


「だからってなぁ……」


 「レオランド先生ー!」と女子生徒から黄色い声が飛んできて、レオランドは営業スマイルで対応している。授業が少々やり辛そうだ。


「まぁ、実技に入ったら静かになりますよ。あっ、それ……」


 ルナセーラはジョルシュの首に下げられているペンダントに注目した。エメラルド色の石が埋め込まれていて、光の加減では紫色にも見えた。


「な、なんだ」


 ルナセーラから凝視されたジョルシュは、底知れない恐怖を感じたようでジリジリと後退した。


「そのペンダント……いい魔道具だね。保護の魔法がかかっている」

「あ、あぁ。尊敬する師匠が作ってくれた魔道具だ。ジロジロ見るな!」


 ジョルシュはルナセーラの視線から逃げるようにペンダントを手で隠した。


「尊敬する師匠とは、ラドナ先生のことだよね。……こんな魔道具があるのかぁ」


 手で隠していても、魔道具の発する気配はわかる。どんな保護がかかっているのか解析したくなったが、これ以上見つめていると意地悪をしているようだ。


「おい……!」

「ごめん。つい、楽しくなっちゃって」


 声を荒げかけたジョルシュに謝る。ルナセーラはあらゆる角度から魔道具を眺め回したい衝動を抑えた。

 いよいよレオランドの実技の授業が始まる。


「魔法というのは内に秘めている魔力を具現化させることを指すが、詠唱することで魔法を発動できると思っている人はどれくらいいる?」


 レオランドの問いかけに、全員の手が上がった。ルナセーラは周囲に合わせて手を挙げた。

 詠唱すれば、魔法は発動する。

 なぜ今さら聞いてくるのか、と大多数が考えているはずだ。


「よろしい。では、その前提をまずくつがえさせてもらう。魔法に詠唱が必要というのは、正解であるようで正解ではない」


 生徒たちがザワザワとし始める。


「詠唱というのは、魔力を放出するための補助として使う。詠唱は型のようなものだ。例えば、詠唱を短くすることも可能。──稲妻」


 レオランドの手の平から小さく雷が出現した。魔法の量を調整しているのか、レオランドにしてはおとなしいくらいだ。


「型に当てはめれば確かに魔法は発動する。だが、訓練によっては省略できる部分がわかるようになる。昔は、無詠唱で魔法を発動できるなんて強者がいたが……」


 セドリフのことだ、とルナセーラは思い当たった。


「セドリフ様のことですよね!」


 瞳を輝かせながら発言したのはミリルだった。セドリフが無詠唱で魔法を使えるのは伝説となっているため、知らない者はいない。


「あぁ。だが、あいつは例外だ。まず、型に当てはめて基礎を覚えてから、応用に入るのが良いだろう」


(そうか。無詠唱で魔法を使えるなんて、例外中の例外だよね)


「では、剣は行き渡ったか? 説明はこれくらいにして、実技を始めよう」


 配られたのは練習用の木剣で、魔法騎士団などでもっとも使われているスタンダードなものだ。ルナセーラが手にすると、記憶よりも重みがあるような気がした。筋力の男女差があるから当然といえば当然か。


「まずは俺のお手本を見てほしい」


 レオランドは木剣を構えた。変に力が入っていない自然な構えは、鍛錬の積み重ねによるものだろう。


「ここで魔法を剣に向かって放つ。──稲妻よ、剣の中に留まれ」


 レオランドの手から雷が発生し、渦を巻いて木剣を包み込む。魔法を使って強化する魔法剣だ。彼が本気で魔法剣を振ると、王城が丸ごと焼き焦げてしまうと言われている。


「き、奇跡だ……」

「この場に立ち会えて幸せです」


 まるで尊いものでも見るように、恍惚こうこつとした表情を浮かべる生徒が続出した。


「ほら、突っ立っていないで、剣を構えろ!」

「は、はい!」


 まるで魔法騎士団の訓練のようだ。レオランドに指示されると、その場が引き締まる。


「詠唱の後に『剣の中に留まれ』を付け加える。剣の中に魔力を行き渡らせるんだ」


 生徒たちは詠唱に入った。

 ルナセーラも詠唱を始める。すると、レオランドと視線が合った。心配するような瞳だ。

 一人だけ音を外して、目立ってしまっていた。小声でも下手な人がいると、注目されてしまうものだ。


(詠唱が下手過ぎて恥ずかしい……)


 でも詠唱が全てではないことをルナセーラは知っている。イメージで魔法を発動できるじゃないか。

 ルナセーラの表情に焦りはなかった。

 詠唱を続けながら、ルナセーラはこっそりイメージする。剣の表面に薄い水の膜がコーティングされるのを。


(できた!)


 悪戦苦闘する生徒達の中、ルナセーラの魔法剣が完成した。水で覆われているが、氷のように鋭く見える剣だった。


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