第十一話 魔鳥の飼育係になる
魔鳥を国の管理場所に戻すべく王城に到着すると、難題が発生した。
「魔鳥さん。ここがあなたの家です。入ってもらえませんか?」
ルナセーラが優しく説得しようとしたら、目を覚ました魔鳥は首を振って拒否した。体力が回復しきっていないのか、首しか動かせないようだ。
大理石の床に、中央に大きな鳥籠が設置されている。ルナセーラの腕の中にすっぽり入るくらいの魔鳥のサイズにしては、鳥籠は大きく作られているようだ。
この鳥籠には結界が張られていて、外敵から身を守ることができる。動きは制限されるが安全は保証されるのに。
「どうしましょう……」
レオランドや魔法騎士団の団員に助けを求めるように見るが、団員たちは黙り込み、レオランドは頭を抱えていた。
問題の魔鳥は、ルナセーラの体に首をすり寄せて甘えてくる。甘えられてきても全然嬉しくない。
『アーリア、ハウスよ、ハウス!』
頭の中で念じて、犬を小屋へ入れるような指示をする。ところが魔鳥は聞く耳を持たず、ルナセーラの元から離れようとしない。
『国に守ってもらうことが、アーリアにとって最善だよ。お願い、わかって……』
『いやだ。僕、ルナセーラから離れたくない』
(この我が儘っ子ったら……!)
再度、説得しようとしたが、魔鳥は頑として譲ってくれないらしい。まるでイヤイヤする幼児のようで、思い通りにならない。
向こうがそうなら、それなりの対応がある。
「レオランドさん、提案があります」
「……何だ?」
「私が時々、飼育係として魔鳥さんのお世話をするのはいかがでしょうか。学業があるので、毎日は行けないかもしれませんが」
「飼育係か……ルナセーラの負担にならなければいいが。……魔鳥、ルナセーラが世話をしてくれると言っているぞ。いい加減、鳥籠の中に入れ」
レオランドは氷のような瞳で睨む。
魔鳥は視線に耐えきれなくなったようで、渋々といった様子で鳥籠の中に収まった。団員からは「やったぞー!」と喜びの声が上がった。
一方で、鳥籠の中の魔鳥の瞳は悲しげだった。魔鳥の未練がましそうな声がルナセーラの耳に聞こえてくる。
『ずっとルナセーラと一緒がよかったけれど、それは難しいよね。たまにルナセーラに会えるならいいか……』
(セドリフの時はずっと一緒だった。主従契約をしていたからだけど……)
『セドリフならアーリアの魔力をコントロールできたかもしれないけど、私には難しい。窮屈な思いをさせてごめんね』
セドリフは魔鳥の魔力をコントロールできたからこそ、一緒に暮らすことを許されていた。
コントロールできたとしても、そんな例外は今は許されないだろう。
『前世が規格外だっただけだよ。ルナセーラ、僕は大丈夫だから気にしないで』
『ありがとう。また会いに来るからね。可愛いアーリア』
『またね。大好きなルナセーラ』
脳内で会話をしていた魔鳥とルナセーラは、一瞬だけ視線を交わした。
☆☆☆
次の日、ルナセーラが魔鳥の元に行くと、レオランドがいた。
魔法省の管理下にあるため、ルナセーラが行くときはレオランドが立ち会ってくれるらしい。
「仕事が忙しくて、中々会えなかったからな。知っている子だからと理由をつけて役目を譲ってもらった」
「ありがとうございます。レオランドさんがいると安心します」
何も失礼なことは言っていないはずなのに、レオランドは眉間にシワを刻んでいる。
「あの……何か」
「レオランドさんではなく、レオランドと呼んでくれないか」
「え?」
「その……魔法学院を卒業したら、正式に婚約者になる。二人きりの時ぐらいは、せめてレオランドと呼んでほしい」
言ってからレオランドは耳まで赤くしていた。
(セドリフの時は呼び捨てにしてたから、違和感は全然ないんだけど……)
「わかった。レオランドと言うようにするね」
名前を呼んだ瞬間に、レオランドの碧色の瞳が嬉しそうに細められた。
(初々しいカップルみたいで恥ずかしい……いや、カップルで間違いはないのかな?)
ルナセーラはレオランドの反応に困ってしまう。
『レオランドがルナセーラの婚約者ってどういうこと?』
ルナセーラの頭の中に低い声が響いてくる。魔鳥が鳥籠の中で、レオランドを恨めしげに睨んでいた。
『その……なりゆきで』
ルナセーラはフォローしようとしたが、上手くいかなかった。最初に出会った時に、レオランドから気に入られてしまった。それからレオランドから外堀を埋められて、魔法学院を卒業後に正式な婚約者になると返事をしてしまったのだ。
『なりゆきで、レオランドと婚約者になっちゃったわけ?』
『そ、そうだよ。自分でもどうしてこうなったのかわからない……』
かつての友人と婚約者になってしまうのは、どうかしているだろう。前世が悟られてしまう可能性もあるというのに。
『……それなら僕が婚約者になりたかった!』
『ちょっと、アーリア?』
『僕がずっと隣にいたかった。……レオランドが羨ましすぎる。あームカつく。僕はご飯食べる!』
ショックを受けたようで、空腹を満たすことで寂しさを解消しようとしているらしい。
用意された餌をあげると、魔鳥は胸元に飛び込んでくる。一日経って、体力はかなり回復したようだ。
ルナセーラは魔鳥の頭を優しく撫でた。
レオランドはルナセーラの所作を見つめていた。頭を撫でられて気持ち良さそうな魔鳥の姿。思い返せば、魔鳥はいつもセドリフと一緒だった。
(そういえば、セドリフが餌をあげていた時と似ているな)
もう会うことはない友人との日常風景の一つだった。餌をあげているセドリフを独占しようとしている魔鳥の姿。レオランドがセドリフに話しかけようとすると、魔鳥はこれ見よがしにセドリフに甘えていくのだ。
(……疲れているのかもしれない)
過去のセドリフの姿と重なってしまった。
気のせいか、とレオランドはゴシゴシと目をこすった。




