第十話 前世の相棒に再会する 下
魔鳥は時を操ることができた。時間を止めるのは容易いことで、時が止まっている間は鳥が選んだ者は別の行動をすることができる。移動も可能だ。
『……セドリフは十五年前の戦争で死にました』
『そうか、セドリフさまは戦争で死んだのだったな。長い眠りの中ですっかり忘れていたよ』
魔鳥は寂しそうに頭を伏せた。
その姿を見ると、ルナセーラは励ましたくなる。前世の相棒には、いつも笑って元気でいてほしいから。
『でも、どうやら私には前世のセドリフの記憶があるみたいなんです』
『え? セドリフさまの記憶がある? 僕のこと覚えているの!?』
魔鳥の瞳には大粒の涙が浮かんでいた。セドリフの記憶では、魔鳥が泣いたのは魔法戦争の前に主従契約を解除した時だけだったのに。セドリフが死ぬと主従されている魔鳥も死ぬことになる。魔鳥には生きてほしいと思って、解放したのに逆に泣いて怒られてしまった。
やっと再会できた相棒。
セドリフならこう言うだろう、と思い浮かんだ。胸を張って優しく笑って、彼ならきっとこう言うだろう。
『もちろんだよ。前世の僕の相棒、アーリア』
『……セドリフさまぁ! 会いたかった!』
首を圧迫されるかと思いきや、魔鳥の翼はルナセーラの肩を優しく包み込んだ。
『ずっと独りで寂しかったんだよ。もう会えないかと思ったんだ……うっう……』
『よしよし。独りにさせてごめんね。辛かったよね』
ルナセーラが魔鳥の羽を撫でると、魔鳥は落ち着きを取り戻してきたようだ。
『……よく観察すると、セドリフさまの魔力とはちょっと違うね。似ているんだけど、君の魔力の方が優しい感じがする。勘違いして、突進してごめんね』
『ううん。アーリアの気持ちはよくわかるよ』
前世と今では発する魔力に違いがあるらしい。それはルナセーラ自身もわかっている。
規格外の魔力量を誇ったセドリフと、魔法の使い方を知っているだけのルナセーラ。セドリフのような膨大な魔力で敵を圧倒する力はないけれど、今は魔法の効率的な使い方を知っている。
『君の名前は何て言うの?』
『私はルナセーラ・シリングス』
『ルナセーラ。いい名前だね。また改めて友達になってくれる?』
『もちろん』
魔鳥が翼を出してきて、ルナセーラは両手でギュッと握り返した。
『ありがとう……』
魔鳥は嬉しそうに目を細めると、瞼を閉じた。そして、寝息を立てて眠り始めた。
時を止める魔法は魔力の消費量が多い。魔力を使い果たして、疲れが溜まったのだろう。
灰色の景色が色を取り戻して、時が流れ始める。
魔法を発動させようとしていたミリルは、ルナセーラの腕の中で鳥が寝ていることに気づいたようで、詠唱を途中でやめた。
「えっ? どうなっているの?」
「急に疲れて寝ちゃったみたい」
ミリルにしてみたら、鳥がルナセーラににじり寄ったかと思えば、次の瞬間にルナセーラの腕の中で眠り始めたのだ。まるで知らない間に一連の出来事が起こっていたかのように。
ミリルは何かを言いたげな顔をしたが、ルナセーラがニコリと笑うと、頭の中の疑念が消えたらしい。
「ともかく、ルナセーラが無事でよかったわ」
「心配かけました……」
「「大丈夫かー!」」
複数の靴音がして、藍色と白色の団服を身につけた人たちが立っていた。魔法騎士団だ。息を切らせている者ばかりなのに、一人だけ息が乱れていない。
「レオランドさん?」
「……ルナセーラか?」
二人で顔を見合わせる。どうして魔法学院で出会う状況になったのかと。レオランドと顔を合わせたのは、宿屋で両親と顔合わせをした時以来だ。
「この魔鳥は国の管理下にあるものだ。急に逃げ出して、迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
(たぶん、なんだけど。魔鳥は私の気配を辿って、駆けつけてきただけなんじゃないかな。そうか……国が管理しているんだ)
「保護させてもらいたい。魔鳥を引き渡してもらえないだろうか」
国の命令には背くことはできない。
(それに……国に保護されていた方が、アーリアは安全かもしれない)
「今は寝ているので大人しいかと」
「寝ている?」
レオランドは今、ルナセーラの腕の中にいる魔鳥が寝ていることに気づいたようだった。
魔鳥の眠りが、魔力を使い果たしたものだと察したレオランドは不審な表情を浮かべる。
「どうしてだ……。いや、城から結界を破った時にかなりの魔力を消費したはず」
レオランドはぶつぶつと呟きながら、一人で納得したようだった。
「では、魔鳥を引き渡してもらおうか」
「わかりました。……っあ」
腕の中で眠っていた魔鳥が、急に動いて翼を動かし始めた。
レオランドが手を引っ込めると、魔鳥は動きを止めてまた寝息を立てて眠り始める。まるで赤ん坊が母親の手から離れるのを嫌がっているかのようだ。
どうやら魔鳥はルナセーラから離れたくないらしい。
「人に執着するなんて、セドリフ以来だな……」
レオランドの呟き声を聞きつけた団員は「セドリフって、あの伝説の大魔道士の?」と聞いてくる。レオランドが頷くと、団員たちは賑やかになった。
「こんなに可愛いお嬢ちゃんだが、大魔道士の素質があるのかもしれないな」
「いやいや、まさかぁ」
「……皆、魔法学院の中だ。静かにしろ」
統制が取れているらしく、レオランドの一言で団員たちはすぐに静かになる。
「ルナセーラ。悪いが、城まで来てくれないか。魔鳥を説得させるには君の力が必要らしい」
「わかりました」
腕に抱きかかえたままの魔鳥を見つめる。
(この子は話せばわかる子だから、きっと大丈夫)
ルナセーラは団員たちと一緒に城へ向かうことになった。
豪華なメンバーが立ち去っていくと、一人残されたミリルは現実に戻った。
惚けていた頬を両手でペチペチと叩く。
「……ルナセーラって、騎士団長様ともお知り合いなんてすごいわ!」




