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第九話 前世の相棒に再会する 上


「レオランド様、大変です!」


 執務室に駆け込んできた部下を見て、レオランドは書類をサインする手を止めた。


「どうした」

「魔鳥が……脱走しました!」


 魔鳥とは、ファイマール国の管理下にある、巨大な魔力を秘めた鳥のことを指す。

 街ひとつであれば容易に消し去ることができるほどの強い力を持つために、暴走することがないよう幾重にも封印をかけているはずだった。


「なに? 長い間眠らせていたのに、目を覚ましたのか!」


 レオランドは信じられない、と言うように驚いた表情をした。


「はい、急に目覚めた後、封印を破って窓から飛び立ったらようです!」


「……あれが街中に出ると大変なことになる。早急に捜索を開始せよ。封印が破られた原因を突き止めるんだ」


「はっ!」


 部下は勢い良く返事をすると、団長からの指令を伝えるべく退出した。

 レオランドは窓の外に目を遣り、遠くを見つめる。


(魔鳥か。セドリフが死んで以来、十五年間もの長い眠りについていたが。……あれはセドリフのことが大のお気に入りだった)


 魔鳥はなぜ急に目を覚ましたのか。どこに向かって飛んでいったのか。それはまだわからない。


(まったく、忙しい時に限って問題が起こる)


 レオランドは疲労で目の奥が重くなるのを感じ、目頭をそっと押さえた。


 ☆☆☆


 魔法学院は朝から慌ただしかった。

 一時限目の授業は緊急職員会議があるとのことで休講になった。

 教師たちはただならぬ雰囲気で校内を駆け回っており、生徒たちは大人しく二時限目を待つことしかできない。


「これ、私の愛読書なの」


 噴水のある広場で、友人のミリルは分厚い本をカバンから取り出した。


「えーと……。『大魔導士セドリフ』?」

「そうなの。魔導士のセドリフ様の偉業が事細かく書かれた本で、魔法学院時代のことも載っているのよ」


 セドリフ様。前世の自分の名。「様」を付けられてしまうと、くすぐったいような変な気持ちになる。


「今、ベストセラーで本屋に行くと山積みになっているわ」

「作者は……ナーア・リマ? 聞いたことないな……まあいいか。どんなことが載っているの?」


 聞き返した後でルナセーラは後悔した。


「さすがは稀代の魔道士で、規格外な出来事があるわね。入学試験の会場だった訓練場は、セドリフ様の力が強過ぎて壁が吹っ飛んでしまったことや……」


 ミリルは得意げに言っているが、ルナセーラは背中に冷や汗が流れるのを感じた。どれも過去の自分の過ちだ。恥ずかしすぎる。


「や、やっぱり教えてくれなくていいよ!」

「どうして?」

「本、私も読んでみようと思って!」


 つい出まかせを言ってしまった。


「……そうよね。ネタバレになると面白くないものね。私の口からは、もう語らないでおくことにするわ。……でも、詠唱は音痴だったんですって。ルナセーラとおそろいね」

「お、おそろい……だったんだね!」


 驚いて声がひっくり返ってしまった。

 本の情報は史実に基いているらしい。そんな情報は公にしなくていいのに。他にも恥ずかしい内容がありそうで、本を読んだら羞恥心で顔を上げて生きていけないような気がする。

 本のネタバレになってしまうと理解してくれたのか、ミリルはその話を止めてくれた。


 ふと、懐かしい気配がする。

 噴水の縁に座ったルナセーラは空を振り仰いだ。

 ミリルは「どうしたの?」と聞きながら、ルナセーラと同じ方向を見る。

 すると、黒い鳥が現れ、急加速して飛んできた。


「う、うわわわわわ!」


 黒い鳥は翼を広げてルナセーラに突進した。

 反動で後ろの噴水の方へ、ルナセーラの上半身が倒れていく。少し遅れて、大きな岩を水面に投げ込んだような音がした。


「ルナセーラ! 大丈夫?」


 ミリルはセドリフの伝記を胸に抱え、ルナセーラのもとに駆け寄ってきた。

 ルナセーラの状況を見て、ミリルは握った拳を小さく震わせた。


「これって、もしかして大魔導士の再来さいらい……!?」


 ミリルの目が爛々(らんらん)と輝いた。


「本にも載っていたけれど、セドリフ様が落っこちた噴水で、ルナセーラも同じ状況になるなんて、偶然とは思えないわ! きっとルナセーラなら大魔道士になれる!」


 一気にまくし立てて言うと、満足したように頷いた。

 ルナセーラは反応しているどころではなかった。


「う、うう……」


 ルナセーラは首を強く圧迫されて意識が飛びそうになる。

 一人の世界に入っていたミリルは、現実に引き戻されたようで鳥を追い払おうとした。

 鳥は害する者の気配を察すると、ルナセーラから離れて空中を旋回し始める。


「ルナセーラ! 大丈夫!?」


 防御をしなかったのは、鳥から発される気配が嫌なものではないと本能的に知っていたからかもしれない。


「大丈夫だよ」


 ルナセーラは首の圧迫から解放されて、呼吸ができるようになった。意識が飛ぶ一歩前だったが、ギリギリセーフ。

 だが、制服はずぶ濡れだ。

 ルナセーラは音痴な詠唱をしてカモフラージュしながら、乾燥の魔法をかける。


『セドリフさまぁ! 今までどこに行っていたのですか!』


 頭の中に鳥の声が流れてくる。悲痛な叫び声のようだ。

 なぜ、今まで忘れていたのだろう。前世のセドリフには鳥の相棒がいたことに。


(私のことをセドリフだと思っているみたい……)


 セドリフが死んだことは知っているのだろうか。

 鳥の頭の中に、言葉が浮かび上がる様子をイメージする。


『人違いです。私はセドリフ様ではありません』


 鳥は旋回を止め、噴水の縁へ飛んでくる。赤いまん丸な瞳がルナセーラを射抜いてくる。


『セドリフさまではない? セドリフさまの魔力を感じるというのに?』


 鳥は足を一歩ずつ前に出して、ルナセーラの方へにじり寄ってきた。


『おかしいなぁ。僕の声に答えられるのはセドリフさまにしかできないはずなんだけど……』


 鳥の様子が変わったことに警戒したミリルは、魔法を発動させようとする。しかし、鳥が一つ啼くと、景色が灰色になり、ミリルの動きが止まった。

 風の音も消えて、無音になる。


『邪魔が入りそうだったから時間を止めたよ。これでゆっくりと話せるはず』


 魔鳥は静かにそう言った。


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