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第21話 一回会っとこ?


 朝の教室。窓から差す陽がやたらと眩しい。


 俺は目を細めて席の間をすり抜ける。


 ぼんやりとスマホを見つめる唐澤に挨拶をするが、返ってきたのは気の無い返事。


 少し奇妙に思ったが、そのまま自分の席に座る。

 昨晩はほとんど寝ていない。


 頬杖をついてウトウトしてると、トン、と音がする。

 目を開けるとトマトジュースが置かれている。


「……?」

「あんた酷い顔ね。自己管理はちゃんとなさい」



 日南だ。


 冷たく俺を一瞥すると、それ以上関わる必要は無いとばかりに自分の席に向かう。



「おい、お嬢様ってあんなキャラだっけ」



 でかい身体を向かいの席に降ろしたのは剣道部の山口だ。

 原澤と仲が良く、最近は俺にもよく話しかけて来る。



「やっぱ雁ヶ音、スゲエ美人だよなあ。お前がうらやましいよ」

「代わってやろうか?」

「悪くねえな。なあ、そのジュース売ってくんね? 雁ヶ音の持ってた奴だろ」

「なんか気持ち悪いから遠慮しとくよ」



 言って俺はストローを刺す。

 山口は苦笑しながら、俺に顔を近付ける。



「……そういや唐澤からなんか聞いてないか?」

「唐澤から?」

「あいつ昨日から上の空だし、朝練も来なかったしさ」



 何故俺にそんなことを聞くんだろう。

 傍から見れば、山口は俺よりずっと唐澤と仲が良い。



「さあ、俺も知らないな」

「そうか。じゃあ、たまには一緒に昼めし食おうぜ」



 そう言い残すと立ち上がる。


 ……山口はいい奴だ。そいつに心配される唐澤もいい奴だということだろう。


 心配や思いやりが当たり前のように通じる、そんな世界がそこにはある。



 いや、俺も日南に心配されているのか

 俺は手元の紙パックに苦笑する。



 ……4年前のあの日まで。俺は確かに日南のことが好きだった。

 あの時、俺を見下ろしていた日南の冷めた視線―――


 それから日南は俺の恐怖の対象となり、今では犬扱いされてへらへら笑う情けない男の出来上がりだ。



「制裁……か」



 Yu-noの助言で、俺の学校での立場はずいぶん良くなった。

 だが、Yu-noは日南相手に俺に何をさせようというのだ?


 日南が俺のことを好きだとしても、彼女が大っぴらにそれを認めるとは思えない。

 

振るにしても、まずは日南との関係を再構築する必要がある。


 今の状態で日南を拒絶しても、彼女は何食わぬ顔で俺のベッドに横たわるに違いない―――

 


 ストロ―をくわえると、ぬるいトマトジュースの甘味が口の中にジワリと染みる。




 ……昨晩は風邪を引いたと言い訳をしてログインはしなかった。


 異様に心配するYu-noをあしらいつつ、ベッドに倒れ込んだ俺はすぐにうなされて目を覚ました。


 ―――匂い。

 ベッドから漂う日南の身体の香り。


 中学生の頃の記憶が頭の中にあふれて、逃げ出したいのに身動きが取れなくなった。


 “母がケーキを買いに”行かされるのは、こちらに引っ越してきてからもしばらく続いた。

 何度目か。

 逆らうのを諦めた頃から自然と回数が減り、次第と今のような関係に変わっていった――――――




 ……靄がかかったようにボンヤリした視界の中、刺すような視線と向き合っていることに今更気付く。


 知らずにずっと日南を目で追っていのだ。

 日南の瞳。舌に広がる青臭い液体。



 彼女の唇が何かを呟いたように見えて―――ふと、意識が途切れた。




 ―――

 ――――――



 ……見慣れぬ白い天井。


 しばらくそれを眺めていた俺は恐る恐る身体を起こす。

 身体からずり落ちる白いシーツ。


 いつの間にか、ベッドに寝ている。


「あれ……俺……?」

「お前、いきなり倒れたんだぜ」



 ベッドの横から知った男の声が聞こえる。

 見れば唐澤がスマホを見ながら、俺に軽く手を挙げる。



「……ここまで運んでくれたのか?」

「俺も運ぶなら女子が良かったけどな」



 ここは保健室のベッドだ。

 どうやら、教室で倒れた俺は唐澤に担ぎ込まれたらしい。

 


「悪い、授業始まってんじゃないのか」

「冗談だって。数学サボれて反対に助かったよ」



 唐澤は気にするなとばかりに笑うと、立ち上がって大きく伸びをした。



「一限そろそろ終わるから、戻るわ。お前はもう少し休んでな。先生もしばらくしたら戻ってくるってさ」

「……唐澤、なんかあったのか?」



 出ていこうとする唐澤に、俺は思わず声をかけた。



「……なんかって?」



 振り向いた唐澤は、何かを探るように俺の顔を見つめる。



「様子がおかしく見えてさ。山口も心配してたぞ」

「それは……あれだ」



 唐澤は疲れたような笑みを浮かべる。



「俺、剣道部の主将だろ? 部活のことで悩んでても周りに言えなくてさ」

「そういうものか。大変だな」

「そういうわけさ」



 ひらひらと手を振りながら出ていく唐澤を見送ると、俺はベッドに横たわる。

 


 思わず乾いた笑いが口から洩れる。 

 ……俺も性格が悪い。



 日南に夜縁。

 そして―――Yu-no。

  

 日頃からこの3人の相手をしてるのだ。



 ―――やっぱり唐澤はいい奴だ。



 あいつは嘘が下手すぎる。



 ――――――

 ―――



 午前中の路線バスは心配になるほど乗客が少ない。

 市立病院前を過ぎた頃には乗客は俺一人になっていた。


 2限が終わっても気分がすぐれず、結局早退をしてきたのだ。


 俺は見飽きた車窓の風景から目を逸らし、スマホで『Re-liance(リライアンス)』の公式ページをチェックする。


 ……特に新しい情報は無い。



 ―――次はー 振興局前ー 振興局前ー



 車内アナウンスに意識が引き戻される。


 降りるバス停まであと少し。

 俺は何気なくネット掲示板を覗く。


 無限に時間が吸い込まれるので、掲示板は『Re-liance(リライアンス)』関係のスレッドしか読まないようにしている。

 それでも書き込みを目に流すだけで時間がかかる。


 攻略、クレーム、運営への不平に噂話……


 文字の羅列の中、メンテ情報だけは役に立つ。

 運営のリークがネット掲示板で行われる、という噂がまとこしやかに流れているほどだ。



 やはり先日のアカウント停止騒ぎのことが話題になっている。

 いくつかのサーバーに渡って違反者が停止に至ったようだ。


 その中で気になる単語が目に留まった。



「Dupe……?」



 Dupe―――アイテムを不正に増やす不正だ。


 ゲームバランスを崩壊させる重大なもので、見付かればアカウント停止は免れない。


 書き込みによれば、大規模なアイテムの複製と転売が複数のサーバーで行われ、販売網に関わったユーザーが根こそぎ処分されたらしい。


 かつてのフレ達もそこに連座したと考えるべきなのだろうが―――


 俺は頭を振る。



 ……割に合わない。



 運営がログを確認すれば確実にばれる以上、アイテムの複製は割に合わないのだ。


 悪用するとしたら、アカウント停止を覚悟して複製したアイテムをRMTで現金化することだが、ランカー達が行うにしては違和感がある。


 スレッドの一覧画面に戻った俺は、少しためらってから一つのスレッドを開く。



 ―――サーバーごとの独立スレッドだ。



 具体的なユーザー名が飛び交い、結果として陰口ばかりが並ぶ。


 不思議なもので、話題の相手が運営なり個人なり具体的な姿になると、自然と攻撃的な言葉が積もっていく。


 だから所属するサーバー『Kerberos』のスレッドは見ないようにしているのだが―――



 ……こちらでもアカウント停止騒ぎは話題になっているらしい。


 サーバーの話題だから仕方ないが、消されたユーザーを違反者として非難する書き込みが並んでいる。


 と、その中に目についた書き込み。



 ―――冤罪だ。運営に断固抗議する。


 

 ……これもよく見る流れだ。ペナルティを受けたユーザーは常にその主張をする。


 予想通り、続く書き込みで集中砲火を受けている。


 もしかしたら元フレなのかもしれない。

 俺はいたたまれずに画面を上に送っていく。


 こういった騒ぎは時折発生する。


 運営に処分を撤回させると息まく書き込みにも、段々と誰も反応を示さなくなる。


 書き込みが無くなった時、プレイヤーにとっての『Re-liance(リライアンス)』は本当に終了する。



 ふと、画面を送る指が止まった。


 

 ……何故俺は指を止めたのか。

 寝不足の頭で考えながら、画面を戻していく。



 ひとつの書き込みに目が留まる。


 

 ―――俺Yu-noと寝たけど



 ……? なんだこれ?



 頭が理解を拒むの感じつつ、俺は機械的にゆっくりと書き込みを辿る。


 その言葉に応じ、続けていくつかの書き込みがされている。



 ―――具体名はマズいって。Yu-n〇だろ?


 ―――伏字になってないの草


 ―――あれマジだったの? 誘いのっときゃ良かった




 ……でたらめだ。




 俺は呼吸を整えようと胸を押さえる。



 上位ランカーで女性のユーザーはとかく話題になる。


 声をかける男も多いし、それだけ袖にされる奴も増えて来る。


 こんな非難中傷も良くある話だ。


 書き込みを読んだりせず、ページを閉じればそれで―――



 だからこの先の書き込みが目に入ったのは本当に偶然だ。

 『Yu-no』の文字に反射的に目が引き寄せられただけだ。




 ―――Yu-noなら昨日抱いたけど




 ―――嘘乙


 ―――マジ 急にフレが遊べなくなったからって誘われた


 


 早く浅い呼吸が口からもれる。


 ……駄目だ。これ以上見てはいけない。



 だが……見ずにいられるか?



 よせばいいのに、書き込みの日付を確認する。



 ……昨日だ。



 俺は鞄から紙袋を取り出すと口に当てる―――





「―――さん。お客さん、大丈夫?」



 ……気が付くとバスは停まっている。


 蹲る俺を、バスの運転手が心配そうにのぞき込んでいる。


 

「顔、真っ青だぞ。良ければ事務所で少し休んでくか?」

「大丈夫です……戻りのバスに乗って帰ります」



 俺はバスを降りると、停留所のベンチに崩れ落ちるように座り込む。



 アメピグでYu-noに話がしたいとメッセージを送ると、俺は空を仰ぐ。



 ……Yu-noはまだ寝ている時間だ。


 落ち着いたら帰りのバスに乗ろう。


 目を瞑り、その上にハンカチを乗せて休んでいると、スマホから通知音が流れる。

 

 慌ててスマホを手にすると、アメピグの猫耳フードのアバターが現れた。



Yu-no『どしたの? 風邪で学校休んだの?』


Keisuke『行ったけど 早退してきた』


Yu-no『ひどいの? 熱は? 病院行った?』



 矢継ぎ早に尋ねるYu-noは本気で心配してくれているように見える。


 俺は自分の息を10まで数えると、再びスマホに視線を落とす。



Keisuke『保健室で薬も飲んだから大丈夫 それよりも』


Yu-no『?』


Keisuke『5ちゃんでさ Kerberos鯖のスレ見たんだけど』



 有難いことに、打ち込んだ文字には指の震えは表れない。

 俺は両手でスマホを掴み、Yu-noの返事を待つ。



 ……目の前で停まったバスが扉を開き、俺を乗せずに出発する。


 どれだけ待っただろう。


 画面にメッセージが現れる。



Yu-no『ダメ だよ』


Yu-no『あんな 便所の落書き』



Yu-no『見たらダメ だよ』



 散々待たせた挙句のこの返事。


 ……これだけ間が開いたのだ。

 Yu-noは掲示板を見て来たはず。



 俺は震えの止まらない指でメッセージを打つ。



Keisuke『書かれてた』


Keisuke『君の名前が 悪口と 一緒に』



Yu-no『信じたの?』



 猫耳フードのアバターが一歩前に足を踏み出す。



Yu-no『私が 誰にでも抱かれる ビッチだって』


Yu-no『Keisukeも そう 思う?』


Keisuke『違うって 信じてる』


Yu-no『信じてるなら』



Yu-no『私になにを 聞きたいの?』



 なにって? そんなの、決まってる。



Keisuke『Yu-noはなにも思わないの? あんなこと書かれて』


Yu-no『好きに書けばいい ネットなんて そんなとこでしょ?』


Keisuke『でも』



 ……お願いだ。否定してくれ。


 一言だけでいい。


 嘘だって。


 根も葉もない噂だって、言ってくれたら―――



 俺はそれ以上画面を見ることが出来ずに顔を伏せる。


 ……しばらくたって、祈るような気持ちで顔を上げる。

 


Yu-no『もし ホントなら』


Yu-no『抱きに 来るの?』



 サアッと音を立てて血の気が引くのを感じる。



Keisuke『やめてくれ! それ以上言うな!』


Keisuke『やめて! やめて!』



「やめて……くれ……」



 アバターの言葉と俺の言葉が混じり合う。

 涙のにじむ俺の視界にYu-noの言葉が流れて来る。



Yu-no『グダグダ 言い合ってても しょうがないよ』


Yu-no『今度の土曜日 空けといて』



Keisuke『土曜日?』



 思わぬ言葉に戸惑いながらも覚える既視感。

 

 ……土曜日までの間に、今度は何をしようというんだ?



Yu-no『8:01発 新幹線のぞみ92号・東京行 8号車 4A』


Yu-no『席 取ったから』



「東京行の……新幹線?」



 今度こそ事態が呑み込めない俺は、続く言葉に息が止まった。





Yu-no『一回 会っとこ?』


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 正体は身近な人物だと思っていたのに東京だと…!? [一言] 更新を正座して待っています。
[気になる点] マジか、とうとうリアで会うのか… [一言] Yu-noて誰なんだ…
[一言] 火のない所に煙は立たぬって言うし…
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