第1話 最初のフレンド
「日南……また来てたの?」
俺は心の中で大きな溜息をつく。
日南と距離を取るように部屋の隅にカバンを置くと、聞こえないように祈りながら小さな舌打ち。
「遅かったわね。早く宿題やっちゃいなさいよ」
勝手に部屋に上がり込んだどころか、パソコンをいじっているのは雁ヶ音日南。
よく言えば幼馴染。悪く言えば―――
「『Re-liance』だっけ? このゲーム、あんたがハマってるって割には面白くないわね。キャラが弱っちくてすぐ死ぬし」
日南はスカートから伸びた長い足を無遠慮に組み替える。
「ゲストアカウントで、初期装備だから……。最初はチュートリアルクリアして、素材を手に入れないと」
「めんどくさ。啓介、あんた強くしといてよ」
もう飽きたのか、乱暴にマウスを机に放る。
相変わらずだ。飽きっぽく、気分屋。
雁ヶ音日南。
小さい頃から、その美貌と強気な性格でクラスの中心。
幼馴染の俺は彼女の付き人扱いだ。
クラスの連中と―――何より彼女に。
「すぐには強くならないよ。俺だって一年以上かけて育てたんだし。それにキャラを育てるのが楽しみだから、いいかげんにやって面白くないのは当然だよ」
つい意見を言った俺に向かって、日南は不機嫌そうな瞳を向けて来る。
「本当にキャラを育てるのだけが楽しみなの?」
「……どういうこと?」
「ふん、『Yu-no』とかいうフレンドと随分仲良くしてるみたいじゃん」
一瞬、顔から血の気が引く。
「なんで……そのこと」
「相手、女の子なんでしょ? あんたがこんなキモオタなんて知ってんのかしら」
「日南、俺のアカウント使ったの!?」
「だって、私のアカウント弱くてつまんないし」
日南は不貞腐れたようにそう言うと、目を細めて爪のデコレーションを眺める。
「まずいって。フレに迷惑がかかると―――」
「もう関係ないでしょ。アカウント消したんだし」
「……え?」
待って。こいつ、今何言った……?
「アカウントごと消したの?!」
俺は日南に構わずにパソコンに飛びついた。
日南に言われて作ったゲストアカウントをログアウト。
―――ログイン画面にIDとパスワードを打ち込むこと3回。
震える指を叱りつけながら、4回目の入力を弾かれ、俺は膝から崩れ落ちた。
「女の子のフレンドなんて生意気なのよ。あんたが勘違いしてキモがられないように消しといてあげたわ。感謝なさい」
頭が真っ白になっていく。
この2年間、少しずつ強くしたキャラクター、装備……そしてパーティメンバー。
「ふざけるな! いくら日南でも、やっていいことと悪いことが―――」
「っ!」
ガン! 日南の投げつけたゲーミングマウスが俺の耳を掠めて壁に跳ね返る。
「……今、なんて言った?」
椅子から立ち上がった日南は俺にゆっくりと近付いてくる。
思わず逃げようとした俺の背中はすぐに壁に突き当たる。
「だ、だって、アカウントを消すなんて―――」
俺を壁に追い詰めた日南は息がかかるほどの距離まで顔を寄せてくる。
ドン、と頬を掠めて日南の拳が壁に当たる。
恐怖に身体が固まって動かない俺の耳元。歯ぎしりするような低い声で呟いてくる。
「……あんた、私にそんなこと言える立場だと思ってるの?」
日南は瞳に憎悪にも似た炎を灯す。
「ネットで誰だか知らない女を追いかけて―――」
そこまで言いかけて、急に火が消えたように表情を消す日南。
俺から身体を離すと、カバンを肩に掛ける。
「数学の宿題、やっときなさいよ。明日の朝、学校行く前に写しに来るから」
まるで世界全てに興味を無くしたように。淡々と言い残して。
「……気分悪い」
―――
――――――
ファンタジーMMO『Re-liance』
その晩、俺は一からアカウントを作り直した。
キャラクリエイト、初期装備、チュートリアル……
死んだような目でキーボードを叩いていたに違いない。
ただ、一番の悲劇がこの後に起こるなんて、その時の俺は予想だにしていなかった。
かつてのフレ達に送ったフレンド申請。
……それをことごとく断られたのだ。
―――っ?! どうして?!
俺はモニターを凝視する。
アカウント名―――Keisuke8567-Kai
一緒にやって来たメンバーなら俺が分からないはずがない。
手の震えが止まらない俺は、一通のD Mに気付くと慌ててマウスを握り直す。
SIGMA09-Z
1年以上同じパーティーでクエストをしているフレだ。
俺は救われた気持ちでメッセージを開く。
『長い付き合いだからみんなを代表して言うけどさ』
『keisuke8567さん初期装備だよね?』
『課金でも何でもして装備整えてからまた声かけて』
……身体の力が抜ける。
今まで友達だと思っていたみんなは、装備とレベルを無くした俺に興味を持たない。
いや、まだ送っていないアカウントが一つだけある。
『Yu-no』
一番仲がいい―――いや、むしろ彼女と遊びたいためにこのゲームを続けてきたと言ってもいい。
クエスト中の、彼女とのDMでの無駄話が俺の生きがいと言っても良かった。
リクエスト申請のボタンの上、カーソルを重ねたままボタンを押す勇気が出ない。
もし、断られたら―――
その時。
ポン、という音と共にウィンドウが上がってくる。
虚ろにそれを眺めていた俺は、文字通り飛び上がった。
フレンド申請 『Yu-no』 ―――了承しますか?




