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花さくこの日に

作者: 由乃ケイ

 もうこれが何度目かの門前払いかも覚えていない。既に百は超えているのかもしれないが。

周囲からはもう諦めてしまった方が楽になるのではないか、と言われるようになり。

 私にそんな事が出来る訳がなかった。友人や親族達の前で絶対に作家になるのだと大見栄を張り、上京してきたのだから。今更無理だったと言うのは気恥ずかしい。

 職がない訳ではない。諦めてしまっても、働き口があるから生活をしていく上では困るほどに支障はないし、遠く離れた実家の家業を継ぐ事も出来る。これは私自身の問題なのである。

 暖かく支援をして下さっているふくよかな男性の雇い主は、私が作家になる事を心待ちにしている。その期待を無下には出来ない。

 雇い主の為にも、恩を返すと言う意味でも、もう少しこの筆を握り続けてみようか。そう決意したのも束の間であった。

 ある休日、和菓子店の前で店主と雇い主が話をしているのを耳にしてしまった。聞くつもりなど微塵もなかったが、私は嫌でもその言葉に耳を傾けざるを得なくなる。


「ほら、そっちで働いている、その、なんだっけ」

太一郎(たいちろう)君の事かい」

「ああ、そうそう。太一郎君。まだ作家を目指しているのだろう。諦めるように言ったらどうなんだい。別に生活には困らない賃金与えているのだろう」


 苦笑いを浮かべながらそう言うこの店主も、私には無理だと感じているようだ。しかし雇い主はそれを否定してくれる。そう願ってやまなかったのだ、が。


「確かに伝えたいのは山々ではあるけども。あれだけ真剣な眼差しをされてしまっては、言う事なんてとてもではないけど出来ない」


 その思いもよらない言葉に、私は持っていた本を思わず落としそうになってしまう。

その後にこの二人が何を語っていたのかは、私にも分からない。覚えているのは底のない井戸に突き落とされた気分だったと言う事だけだ。

 信じてくれていたと思った人からも、期待されていないと知り、絶望で満たされた私の心。諦める決心などはない。ただただ真っ暗闇の中どうすれば良いのか分からなくなっていた。

まずは家へ戻り、書いた話を全て破り。それから再び外へと出向く。ぼんやりと歩き、行きついた先は人気のない橋の上。そのずっと下では川がざぁざぁと流れていた。

川を眺めている内に、私の心にある考えが浮かび上がる。このままここから飛び降りて、死後の世で作家になってしまおうか、と。

 周囲からすれば夢を叶えられず、それに絶望して自害したと言われるだろう。それでも構わない。こちらの世で誰にも見向きをされないと分かった以上、あちらの世で奮闘すれば良い。

恐らくこれは死して楽になるという選択肢だろう。それが最善の策なのだと、その当時の私は最もしてはいけない選択をしようとしていた。

 さあ、旅立とうではないか。身を乗り出そうとした、その時であった。


「綺麗な川ですよね」


 草履の音と共に澄んだ高い声が背後から聞こえ、そこを振り返ると黒く長い髪をなびかせた、桜色の着物を着た女性がこちらに歩み寄ってきているではないか。

 あまり近づかれたくはなかったが、拒む理由もなく、近づく事を私は許してしまった。


「悲しい事があるとよく此処に来るのです。川の流れるこの音と、落下した葉が流れてゆく姿を見ると、心が落ち着きますわ。貴方は一体何をされていたのですか」


 私の隣までやって来た女は、特に頼みもしないのに自身がこの場所を好いている理由を述べたかと思えば、私に話を振る始末。もちろん答えることなど出来はしない。



死のうと思って此処にいました。



 言ってしまえばこの場所を好いている彼女を傷つけてしまいかねない。偽りではあるが、良い理由はないだろうかと思考を巡らせていると、突然彼女は私の右手を手に取り眺め出した。親族以外の女に手を触れられるのはこれが初めてであったからか、身体が微かに熱くなる。それをこの女に悟られぬよう、


「何かありましたか」


 と、すぐさま声をかけた。すると女は私の手を離さず、視線をそちらに向けたまま、言う。どのような表情をしているかまでは分からない。


「ふちが黒ずんでいますわね。絵を描く方ですか。それともお話を書く方ですか」


 そう言うと、私の方に顔を向ける。まるでそれを初めて見たかのように目を輝かせるから、私も答えずにはいられなくなり、つい作家を目指していることを話してしまった。

 すると女は更に目を輝かせ、笑いながら言う。


「貴方の書いたお話を読ませてほしいですわ」


 と。私はその期待に応じることは出来なかった。

何故ならもう私は死ぬ。それに話はもう全て破った。幾ら書いたところで、誰にも認めてもらえる訳もなく。見える先は闇しかない。だからこの橋から飛び降りようと此処にいる。

再びどのように断ろうか、どのように立ち去らせようかと思考を巡らせようとしたその時であった。


「死ぬのですか。この橋から身を投げて」


 その女の言葉が耳に響く。私としたことが。心の中で呟いた言葉が音となって女の耳に届いてしまうなんて。

 今更言葉を撤回することも出来ない。ならばそれを認めよう。小さく頷くと、女は私の考えていた言動とは違う言動をしてみせた。


「そうですか。じゃあ、死んでも良いですよ」


 死ぬなと引き止めるわけでも、泣くわけでも、怒りを見せるわけでもない。ただ穏やかな笑みを浮かべ、私が死に行く事を認めたのだ。


「止めないのですね」


 驚きのあまり、思わず聞き返してしまった。すると女は妙な顔つきで答える。


「貴方が決めた事なのでしょう。それならば、わらわが止める理由はありませんわ」


 と。変な女だ、私はその時思った。


「そうですか。それは確かに」


 否、この女より変なのは私だ。心の何処か片隅で、願っていたのかもしれない。死にゆく事を止めて欲しい、と。

 何故だろうか。この女に止められるなら、私はやめて良いと思ったのだ。しかしそれも淡い期待だったようだ。


「では死に行く姿を見られるのは嫌ですので、その場を去ってはいただけませんか」


 そう告げてから女から視線を逸らし、そのような事を考えていた私の耳に、思いがけない言葉が飛び込む。


「お断りします。やはり諦めきれませんのでもう一度お願いさせて下さいませ。わらわに貴方の書くお話を読ませていただけませんか。怖いお話と春画のような内容のお話は嫌ですが、それ以外でしたら大歓迎ですわ。死ぬのはそれからにして下さいませ」


 視線を女の方へ向け、真っ先に見たその目はただ真っ直ぐで、最奥まで濁りは一点もない。偽りではないようだ。

 気付けば私は涙を流していた。悲しみはそこにはない。会って間もない人間に、作家を志している事を伝えれば、読ませてくれと懇願される事は何度もあった。最初の内は嬉しかった気持ち。

 薄れていたその懐かしい気持ちが別の感情と共に蘇る。


「どうされたのですか。悲しいのでしたら、わらわも無茶は言いませんわ」

「いいえ。嬉しいのです。書いても見向きもしてもらえない日々が続き、書いては破り捨てる日々だったもので」


 涙を拭い、心配をかけさせまいと笑えば、女も何故か優しく笑った。


「兄に感謝しないといけませんわね。丁度兄と喧嘩をしてしまいまして。そうでなければ、貴方に会うこともなかったのですから」


 だからこの場所に来たのだと私は理解した。何故なら彼女は先ほど私に言ったのだから。“悲しいことがあると此処へ来る”と。


「それで、貴方の答えはどうなのでしょうか」

「私で良いのですか」

「はい。ああ、申し遅れましたわね。わらわは一之瀬(いちのせ)佐久子(さくこ)と申します。誰に書くかも分からないのでは、お話も書けませんよね」

「私は青木(あおき)太一郎です。一之瀬さん、ですね」


 はい、と返事をして私の顔を見つめる佐久子。

 私は親族以外の異性に、顔をこんなにも見られることはなかったから、おそらくは顔を紅に染めてしまっていたに違いないだろう。


「佐久子で構いませんわ。青木さん、約束ですわ。それまで絶対に死んでは駄目ですよ」


 そう言って、佐久子は私に小指を差し出す。


「分かりました。それから、私の事も下の名前で呼んでいただいて構いませんよ」


 私だけが名前を呼ぶのも気恥ずかしかったから、私もそうして欲しいと懇願し、同じように小指を差し出した。これは約束の証。



ある新緑眩しい夏の日のことである。





 あの日から数日後。約束をしてしまったのは良かったものの、私は悩んだ。誰かの為に話を書く事が初めてだと言うこと。そして彼女が何を好むのかと言うことに。

 苦手な物以外であればどのような内容でも構わないとは言ってはいたが、出来る限り彼女の好みに合わせたいと思ったのだ。

 その事よりも更に不安を募らせる事が一つ。それはあの日の別れ際の会話。


「では早速。太一郎さん。次に会う時は物語を読ませていただける時ですね。楽しみですわ」


 小指を離し、再び笑う佐久子に私は思いがけず言ってしまう。


「冬までには書きあげますよ」


 と。それまでに仕上げられるかも分からないと言うのに、私は彼女を長く待たせたくないが為、咄嗟にそう言ってしまった。


「本当ですか。嬉しいです。そうしましたら、わらわ、師走になりましたら、毎日今の時刻辺りに此処へ参りますわ」


 自ら期限を課すなどと今となっては首を絞めるような発言であったと、悔やんでいる私がいた。

何から手をつけたら良いのか分からず、そのまま机に突っ伏すこと七日。

 ふと脳裏に最後に言った佐久子のあの言葉の続きがよぎる。

“ですが、辛くなったら此処へ来て憂さを晴らして下さいませ。わらわが言うのもおかしいですが”

 その時の佐久子の顔は、笑ってはいたがどこか悲しげであったのを覚えている。

 それは絶対にしない。次に佐久子の顔を見るのは、物語を書き上げた時と決めたのだから。そうだ、私は佐久子を笑わせたい。

 花のように笑う佐久子の顔を思い浮かべながら、何を書くべきかを決意した。

私が普段書かない男女間の恋愛の話にしよう、と。

 しかし恋愛経験の浅い私に佐久子を納得させる話が書けるのだろうか。否、書かなければならないのだ。約束なのだから。

 桜の季節に出会った二人が過ごす一年を描くと決めたのは、更に二日が経過してからのことである。




ある一人の男がいた。男は茶屋を営んでいる。

その男が店にやってきた女と出会い、恋に落ちていく。

女には既に他界した自身の夫の事が忘れられずにいた。男はそんなことも知る筈もなく。女も自分に良くしてくれる男にそれを打ち明ける事も出来ず。

接していく内に女にも次第に変化が出始める。




 恋愛というものは難しい。どちらの心も分からないといけないのだ。だが書き出してしまったからには、この二人を捨てていく訳には行かない。佐久子の為にも。


「太一郎、まだ書いているのか。幾らやっても無理なんだと分からないのか」


 食事処で友人と昼餉をとっていた時のこと。友人はそう吐き捨てた。私はその言葉に頷いた。

 再び書く事へ集中をしだした今。私に降り注ぐのは、周囲の冷ややかな目であった。

 芽が出ないと分かっていながら小説を書き続けている事への呆れ、そして怒り。この道を諦め、今の働き口も辞め、実家の書物屋を継いだらどうなのか。


「また書きだしたんだって。今度は芽吹くと良いね」


 唯一支援して下さっていたと信じていた、そのような雇い主の言葉も、偽りだと知っているから受け入れられない。

 誰も私に温かい言葉をかける者などいなかった。だが私はそれを理解している。

 周りに賛成をする者はいないのだと。それでも諦めずに書き続けた結果が、あの時の私なのだが。これは自分を売り込む為のものではない。一人の人間に読ませる為のものだ。


「本当にお前も頑固だな。あれだけの威勢を見せたからには逃げだせないと思っているのか。誰も気にしていないと思うが。実家に帰る事が得策だとは思わないのか」

「私はある人と約束をした。書くのをやめるのは、それを果たしてからだ」

「珍しい。お前自らやめると言いだすとは。だがそうやって、やめろと言われたらいつもお前は言い訳をするな。少しでも光を見せることが出来る筈だから。自分の集大成だから。そして今度は約束だからか。お前のそれはいつになったら尽きるのだろうな」


 何を言われても、せめてこの約束は果たさなければならない。この体がどうなろうとも、周囲の言葉にじわりと押し寄せる精神への負担が大きくなろうとも。

 そうして書き上げた頃には季節は冬になっていた。



 空気は凛として冷たく木々も裸。乾燥して澄み切っているからか、些細な小さな音もやけに大きく聞こえる気がした。

 身体は病に蝕まれ、自分でも分かるくらいに熱い。


「太一郎、出歩くのはよしなさい。余計に悪化しますよ」


 丁度、私の様子を見に来たと言わんばかりに上京してきた姉の心配の声を押し切り、私は封に入れた原稿を片手にあの場所へ向かった。佐久子の待つあの川へ。

 この日は一段と寒く、空も白い。おそらく雪が降るだろう。

 約束の日だとは言え、そんな日に佐久子がやってくるとは思えなかった。


「やはり、いないか」


 夏の日に出会った頃と大体同じ時間。その場所に佐久子の姿はやはりなかった。

しかし、私は待つ事にした。来るかも分からない彼女を、ただひたすらに。早く来すぎてしまっただけなのかもしれないのだからと言い聞かせ。

 最悪な場合、彼女は約束をしたことすら忘れているかもしれない。

 その考えは今はやめよう。それに私はただ信じている。あの人は嘘を吐くような人間ではないということを。



 どれだけ待ったのかは分からない。ほんの僅かだったのかもしれないし、大分経っていたのかもしれない。聞き覚えのある声が少しだけ離れた所から聞こえた。

 徐々に大きくなる足音。私はその声と音の方向を向いた。そこで捉えたのは佐久子の姿。


「太一郎さん、遅くなってごめんなさい」


 私から近づくことが出来れば良かったのだが、立つことで精一杯で動くことも出来ず。佐久子がこちらに来るのをただただ待っていた。


「こんな寒い中、出歩くのはよしなさいと母に言われてしまいまして。何とか振り切って参りました。とてもこの日を楽しみにしていましたから」


 寒さで頬を赤く染め、私に微笑む佐久子。よく考えてみれば、佐久子は私ではなく物語を待っていた。

 だからなのだろうか。それに応えて微笑み返すことが私には出来なかった。


「お待たせ、してしまいました、ね。それは、すみません、でし、た」


 僅かな会話だったのに、その時間は長くも短くも感じただろう。この辺りの記憶を私は持っていない。

 体を蝕む病が時間とともに侵食し、遂には意識を手放すことになったのだから。佐久子が何かを言っていたのかもしれないが、それすらも分からなかった。

 ただでさえ人通りの少ない川だ。助けに来る人間なんてそうそういない。だから佐久子が来たと分かった時は安心した。それだけは覚えている。




「太一郎さん。良かった。目を覚まされたのですね」


 私が次に目を覚ました時には、私の背中と腹、そして頭にも。柔らかいものの感触があった。

 視界に最初に入った佐久子は目を赤くしていた。まさか泣いたのだろうか。


「此処は診療所になります。人を呼んでこちらまで運んでいただきましたの。ひどい高熱でしたわ。具合はいかがですか。先ほどより辛くないですか」

「平気です。それよりも、ごめんなさい」


 佐久子を泣かせてしまっただけでなく、迷惑までもかけた。だから詫びて見せれば佐久子は首を横に振る。悪いのは自分の方だ、と。


「わらわのせいで体調を崩されて。その上、約束を果たしたと同時に本当に死んでしまうんじゃないかって、思いましたわ」

「貴女のせいではありません。私の不養生がいけないのです。どうか自身を責めないでください」


 佐久子が更に何かを言おうとしたから、私は止めた。その結果、ほんのわずかながら私と佐久子の間には沈黙が流れた。


「貴方は馬鹿な方です」

「よく言われます。でもこれが性分なのです。無理をしてでも約束や夢を果たしたい頑固な男なもので」


 沈黙を破ったのは佐久子。その声色は、何処か怒りも混ざっているよう。私はその言葉に苦笑して、簡単に返すことしか出来なかった。


「頑固すぎますわ。そうでした。貴方が眠っている間、読ませていただきました。封に“さくこさん、貴女へ捧げる”と書かれていたので。

我慢が出来なくてごめんなさい。全てを読んだわけではありませんが素敵じゃないですか。失礼ながら貴方の存在を忘れて読みふけってしまうところでしたわ」


 そこで私は佐久子が原稿を手にしている事に気がついた。まだ半分くらいの所だろうか。黙って佐久子の言葉の続きを待った。


「何故、死のうと思われたのかが、わらわには分かりません。死なないでもっと沢山のお話を書いて下さいませんか。わらわの為ではなく。貴方や他の方々の為に」


 思わぬ言葉が返って来て、今度は私が泣きそうになる。こんなにも書いて良かったと思うことはない。


「佐久子さん、私はまだ書いて良いのですか。一度も認められなかったと言うのに」

「ええ。わらわに話を書いて下さったら死んでも良いと言いましたが、撤回しますわ。太一郎さんのお話はあたたかいです。他の方の目にも触れるべきですわ。

認められなかったならば、認められるまで書き続けて下さい。無茶な事とは理解していますが」


 その前に身体を治してからにして下さいね、と付け加えて佐久子は笑う。ふと窓を見れば雪が静かに降り始めているのが分かる。やはり降ったのか。


「そういえば今日、異国の地では神様の生誕祭でしたっけ。そちらに詳しい友人が教えてくれました」

「それは新たな約束ですか」

「え」


 自分の言った言葉とは全く違う言葉だったからだろうか。佐久子は戸惑いを隠せない様子であった。

 だから私は重い体をゆっくり動かし、手を出すと小指を差し出した。


「認められるまで書き続ける、それは約束ですか」

「そういうことですわ。ですが、わらわにも読ませて下さいね」

「勿論。どの作品も読者第一号は貴女でいていただかないと」

「ふふ、それは光栄ですわ」


 あの時と同じように指切りをした。その佐久子の指は少し冷えているように感じたのは、私の体温が高かったからだろう。

 雪の降るこの日。私と佐久子は友人となる。この時の佐久子はまだ私ではなく、私の作品に恋をしたままであった。







後書として


丁度一年後の同じ日。私はようやく佐久子を振り向かせることが出来たが、その幸せも一年半後の夏、佐久子が他界すると言う形で幕を閉じ、長く続かなかった。打ち上げ花火が無数にあがる中での別れである。

だが私は佐久子と出会えたことを誇りに思う。心残りはただ一つ。あれから一度も佐久子の為に物語を書く事が出来なかった事だろうか。

あの物語が佐久子に捧げた最初で最後の物語であったのだ。こんなにも別れが早く来るならば、と何度思った事か。だからこの物語を書き終えたならば、その次は佐久子の為に話を書こう。

佐久子と別れてから数十年。こうしていられるのは佐久子と出会い、約束をしたからである。その事への感謝と礼を兼ねて。

今日も私は鉛筆を握る。どうか貴女よ、いつもではなくて良い。こんな私を見守っていてくれ。

桜の舞う季節に。青木太一郎



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