序章 忘られぬ青春の日々 (4) 戦い済んで、夕陽が暮れて
三行でわかるあらすじ。
「(そうだ、今はナウで今日がトゥデイだ!)」
<…で、おい。女。現在、明治何年だ。>
「我々が知る限り。1つ、しかありませんなあ…。」
「えっと…。明治…、100年?」
第一格納庫が慌ただしく4号機の発艦準備に追われているその頃。対照的に静まりかえったヒミツの第2☆格納庫では。「ハルカ」が謎の黒いひよこから投げられた謎の質問に対し、とりあえずテキトーに答えていた。
宇宙時代に生きる「ハルカ」は、「明治」という年号を知らない。それでも明治が、おそらく大昔を指す年号であろうことは、ひよこの口ぶりから察することはできた。
<ほほぅ!ほっほぅ!ほっほぅ!!>
「ハルカ」の前に光るモニター。画面の中の黒いひよこは、ふくろうライクなわざとらしいリアクションで感心してみせる。
<はー。最後に封印たのが明治元年のことですから。俺様ちゃんも、ずいぶん長げーこと寝ていたみてえだなあ。>
ハッハッハッハッハ!と笑いながら、さりげなくとんでもない設定を言っている黒いひよこ。「ハルカ」はその前で「は、はぁ…。」と反応に困っている。
<どれ。100年ほどの間に、世の中はどんな風に変わりましたかね。>
モニターの画像が、ポチポチポチと次々切り替わる。映し出されるのはいかにもSFライクな、パラボラアンテナやガラスチューブの生えた都市の光景。
<変わりすぎだろ。>
黒いひよこが責めるように「ハルカ」を視る。
<はあ。まあ、今はナゥで、今日はトゥデイなワケですが。で、ここはドコで、一体どーいう状況なんですかねーっと。>
再びモニターがポチポチポチと切り替わり、艦内、艦外の状況を映し出す。その1つ1つに<ほー?>とか<へえ。>などと感想を漏らしていた黒いひよこはやがて、美貌の「艦長」のいるコントロール・ブリッジでカメラを止める。
「あの…ひよこさん…?」
「艦長」を明確なロー・アングルで映しながら。<ちにゃー。ちにゃー。>と嬉しそうな声を上げている黒いひよこに、「ハルカ」が話しかける。100年ぶりのお楽しみを邪魔された黒いひよこはいかにも不機嫌そうに、<あ?>と険のある声を上げる。
<おい女。俺様の機嫌を損ねんなよ。俺様は「ひよこさん」じゃねえ。>
黒いひよこは先ほどまでの軽薄な振る舞いが嘘のように、ドスのきいた声で脅すように喋る。その得体の知れない迫力に、「ハルカ」は思わず息を飲んで固まってしまう。
<俺様はこの時代に蘇った伝説の堕天使。「灯台のルシファー」と呼べ。>
胸を張り堂々と言い放つ黒いひよこ。そのあまりにも不釣り合いな姿から飛び出したすごいセンスの単語に、「ハルカ」は「バフゥ」と吹き出してしまう。
<あぁ!?>
自分のカッコいい名乗りに相当な自信があったのであろう。「ハルカ」のリアクションに、黒いひよこはイラッとした態度を見せる。
「あ、ご、ごめん!ごめん!」
「ハルカ」は慌てて謝罪する。
<チッ…まあいい。俺様はいま100年ぶりに目覚めて非常に機嫌がいいから、広い心で許してあげます。で、女。お前は?>
「え…。」と戸惑う「ハルカ」に、黒いひよこは<チッ。>と舌打ちしつつ。<名前だよ名前、何ちゃん?>と問い直す。
「あ!私?えっと、私は、遥日…。」
黒いひよこの意図をようやく解し、答えかける「ハルカ」。遮るように黒いひよこが、<ほっほぅ!ほっほぅ!>と騒ぎ出す。
<ハルカちゃん!ハルカちゃんね、いい名前じゃねえの、ハルカちゃーん!>
ヘラヘラヘラと笑いながら、馴れ馴れしく「ハルカちゃん」を連呼する黒いひよこ。
「(遥日は名字なんだけどなあ…)」
内心に思いつつ、「ハルカ」は。
「(「ひよこさん」で、いいよね…?)」
黒いひよこの呼び方を自分の中で確定していった。
<さて。自己紹介も済んだことだし、ちょっくら外の世界を観てきてみますかね。>
我建、と音を立て。「ハルカ」を乗せた機体が動き始める。まるで住み慣れた我が家を歩くかのように。白い卵型の機体は、発射台への道程を迷いなく歩いていく。
未だ、自身が謎のロボットに乗っているという現状が飲み込めていない「ハルカ」は、頭沈、頭沈と一歩一歩進んでいく機体の振動に、「え?え?」とキョロキョロ辺りを見回している。
<おい、ハルカ。>
だしぬけに掛けられた声に、「ハルカ」は先程から不思議そうな顔で自分を見つめ続けている黒いひよこの視線にようやく気づいた。
「何…?」
緊張の面持ちで「ハルカ」が答える。
<おっぱいがないぞ。どこにやった。>
真面目な顔で問い掛ける黒いひよこ。
「うるさい!!」
「ハルカ」はモニターに向かい全力で叫んだ。
オバマのコントロール・ブリッジに、出撃門の開いた通知音がピコピコポン、ピコピコポンと鳴り響く。
「4号機!」
指示を出そうとして「艦長」は、今、目の前で起きている事への違和感に一瞬にして気が付く。
早い。早すぎるのだ。いくら急がせたとはいえ、4号機の発艦シークエンスがこんなに速く終わる訳がない。「艦長」は目を見開きモニターを見直す。
側面のモニターはその事実を現すように、第一格納庫のある右舷側でなく、左舷側の出撃門の開放を伝えている。そして。正面のモニターが映しているのは、無骨な緑の4号機ではなく。昇降台に載った目の覚めるような純白の機体が、甲板に姿を現したまさしくその瞬間であった。
「1号機!?」
あまりにも想定外の事態に、「艦長」が驚愕の声を上げる。その胸元の膨らみが大きく波打つ。
「一体誰が動かしているんですか!?応答してください!!」
悲鳴に近い「艦長」の叫びに。
<大目に見たってや。>
正体不明の音声が、どういう訳か関西弁で応えた。
青い空と、青い海。平坦なオバマの飛行甲板の上から見渡す景色は、2つの青が果てしなく水平まで続いている。いつもより大分、高い身長から見た風景。
「ね、ねえ…ひよこさん?これ、私、ひょっとして…?」
ロボットに、乗っちゃってない?と。ようやく自身の置かれた状況が理解できてきた「ハルカ」は、ひきつった笑顔で黒いひよこに問い掛ける。
<来やがったぜぃ。>
黒いひよこはそれには答えず、いかにも嬉しそうな声で伝える。突然、喰と引っ張られるように機体が滑った。「ハルカ」が「きゃっ」と短い悲鳴を上げる。一瞬遅れて、1秒前まで機体の立っていた箇所に降り注ぐ銃弾。金属の甲板が銃弾をはじき返す軽い音が続く。
銃撃の来た方向へ向き直る機体。その眼前、至近距離まで、既に「敵機」が迫っている。モニターいっぱいに映し出された「敵機」の姿。威嚇するようにガチガチガチと牙を鳴らすその顔に、「ハルカ」は「ひっ」と息を飲む。
<オラァ!俺様ぱーんち!!>
卵型の機体が短い腕を振り、「敵機」を殴り飛ばした。アッパー・カット。我謝と鈍い感触の打撃音が響く。
<げー。折れやがった。なんだよー、今度の機体は貧弱な男の代名詞かァ?>
いかにも不満げな声で黒いひよこが愚痴を漏らす。モニターには機体の右腕部分が赤く表示され、損傷の程度を伝えている。
棒立ちの機体へ、2体目の「敵機」が襲いかかった。急速に接近するその異様。
<ぶ、武器は!武器はないのか!?>
黒いひよこがわざとらしく、焦った声を上げる。
誤遮。
2体目の「敵機」は機体のもとへ辿り着く前に、硬質な「何か」を投げつけられ地に墜ちた。
<俺様ロケットぱーんち…ナンチャッテ。>
ヘラヘラヘラと笑う黒いひよこ。少し離れて、もぎ取られ投げ棄てられた機体の右腕が転がっている。
<うーん、俺様ちゃんてば、ちょっと無敵すぎない?惚れた?ねえ惚れた?>
ずいずいと迫ってくる黒いひよこ。「ハルカ」は「は、はぁ…。」としか答えようがない。
イエーイ!イエーイ!と四方に勝利のポーズをとってみせる機体の背後に、3体目の「敵機」が迫っていた。上空から急速に接近する敵機は、無防備な機体の背中を完全に捉えている。
俄俄俄俄俄俄厳。
機体の背後。開放されたままの出撃門から放たれた突然の銃撃が、1号機に襲いかかっていた「敵機」の動きを止めた。銃身からゆっくりと白い煙が上がっている。1号機と同型の青い2号機が、機関銃を抱えそこに立っていた。
青の2号機は左手の盾を構えると、全速前進で動きの止まった「敵機」に迫る。シールド・バッシュ。2号機はその勢いのまま、構えた盾で「敵機」を薙ぎ倒した。
<良好!ナーイスアシストォ!>
黒いひよこが嬉しそうに叫ぶ。1号機はおもむろに加速器を吹かし浮き上がると、海上へ叩き落とされていく「敵機」へ向かい狙いを定める。
<とどめだくらえぃ!俺様ビィーム!!>
1号機の胸部の装甲が呀禁と移動し、2門の砲身が露出する。「ハルカ」の眼前、モニターに浮かび上がったパワーゲージの真円が一瞬で100%となり、切り裂くように/が重なる。
<フィーバー!>
黒いひよこの叫びとともに、1号機の胸部から懃太いビームが放射された。既に力なく海へ墜ちていくだけだった「敵機」は、その光芒の中で一瞬に溶け、物理的に完全に消滅した。
夕焼けに照らされるオバマの甲板。白と青、2体のロボットは朱に染まる海と空の間に、こうしてもう長い時間を茫然と立ち尽くしている。
「月にかわってお仕置きよ!」とキメのポーズをとり続ける純白の1号機。直立不動で「気をつけ」をしたままの青の2号機。対照的な2機の前には、いかにもな警戒色に身を染めた黄色と黒の虎縞の機体が拳を構えている。
上空からこの3号機が降りてきてから。陽が傾き始めた現在に至るまで、2機と1機は不毛な膠着状態を保ち続けていた。
落ち着いた艦外の様子に対し。オバマの艦内は未だ、喧騒の中ににごった返している。ひっきりなしに入電ってくる関係各所からの問い合わせへの返答。破損箇所の修復。乗員、見学者の安否の確認。撃墜された敵機の回収と分析。新たな襲撃への警戒体制の構築。ゴリラ。そして。後回しにされてはいるが、最重要である何者かが搭乗し機動させた1号機、2号機への対処。片付けなくてはならない問題は山のようにある。
休むまもなく動き回り、指示を飛ばし続ける「艦長」。その大きく上下に弾む豊満なバストを眺めながら、イソジニール少佐は「艦長」の傍らでボンワリと突っ立っている。
行方不明になっている見学者は、2人。そして「何者か」が勝手に動かしている機体が、2機。
「(まあ…。つまり、そういう事でしょうなあ?)」
見学者2名の行方に得心のいった少佐は、心の中で「ハッハッハッハッハ」と呑気な笑い声を上げている。
「お。」
すっかり退屈し、座席に脚を投げ出してひっくり返っていた「タツミ」が起き上がる。ビコビコッ、と電子音が鳴り、ようやく届いた「艦長」からの指示がモニターに表示される。
「えー、なんだ。『貴公らのご協力にて当艦は護られ、大変感謝しちゴジャイマス。しかしながら。貴公らは当艦の装備を無断で使用しちおり、事情をきかねべなりマセン。どうか、無駄な抵抗はせずに出てきてクダサイ。鉄砲撃たずに出てきてクダサイ。先生怒らないから。』…なんだこりゃ。」
「コレを読んでネ!」と添付されたファイルを開き、素直に読み上げつつ。「タツミ」は「(なんでカタコトなんだよ。)」と内心でツッコミを入れている。
「クソが。」
自分にコレを読むよう指示を出したであろう人物の顔を思い浮かべ、「タツミ」は毒付きながら苦笑いを浮かべる。
「あー、とにかくだ。助けてもらった手前、悪ぃんだけどよ。たぶん、悪いよーにはしねー?と、思うからさあ。大人しく出てきちゃあ、もらえねえか。ソイツは一応。太陽系外宇宙探査機構の最高機密ってヤツなんだわ。」
「タツミ」は先程読まされた内容をもう一度、自分の言葉で噛み砕いて2機のロボット、その搭乗者…搭乗者へと呼び掛ける。白と青、2つの機体は同時に、搭乗口の蓋を開いた。
2機の不恰好な卵型の機体。その頭頂からひょっこりと顔を出した人物を見て、「艦長」は驚愕の表情を浮かべる。本日。この艦の中にいる「部外者」は限られている。イソジニール少佐が隣に現れた本来の理由にピンときた「艦長」は、「イソジニールさん!?」と責めるような声を上げ、傍らに立つ初老の紳士を睨み付ける。
「いやあ…これは、口頭、書面による厳重注意の上に減俸、ですかなあ?」
ハッハッハッハッハ。自らの重大な失態の発覚した少佐は、今度は声に出して実に嬉しそうに笑うのであった。
朱の海と、朱の空。機体の頭頂におそるおそる立った「ハルカ」は、キョロキョロと落ち着かない様子で辺りを見回していたが。同じように隣の2号機から出てきた人物を見て、「あ!」と驚きの声を出す。
隣に立っていたのは「ハルカ」と同じ高校の制服に身を包んだ眼鏡の美少女。「ハルカ」のよく見慣れた、いつも通りピンと背筋を伸ばし、何者にも悪びれる事なく真っ直ぐに立つ「委員長」の姿であった。
白の1号機と、青の2号機。2つの不恰好な機体から揃って出てきた女子高生を見て。
「ソイツは一応。太陽系外宇宙探査機構の最高機密ってヤツなんだがな…?」
「タツミ」はひきつった笑みを顔に浮かべた。




