序章 忘られぬ青春の日々 (3) 起動、パイスライド
3行でわかるあらすじ。
「おいおい…ビームが降るなんて、天気予報じゃ言ってなかったぜ…!?」
「(いやはや…困りましたなあ。これでは。「艦長」からお叱りの言葉を頂戴するのは免れませんぞ。)」
「(すごい…!ロボットだぁ…!!)」
衝撃。振動。騒音。
空の果てより舞い降りた外敵、放たれた光弾。太陽系外宇宙への往復にさえ耐えたという頑強さを誇る外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、停泊中の非戦闘状態とはいえその装甲は数発の着弾なぞものともせず、致命的なダメージを受けるような事はまるでなかったのだが。
艦体に攻撃を受けたという事実自体は揺るぎなく、いかに頑強なオバマであってもその衝撃の全てが消えてなくなるものではない。
天宙よりの未知の外敵。衛星軌道上から突然現れたかに見える「それら」の砲撃を左舷に受け。海上のオバマは大きな揺れをゆらりゆらりと上下に繰り返していた。
しばしの静寂を保っていた艦内に、ふたたび鳴り響く警報。無人とすら思えた艦内を、多数の足音が慌ただしく駆ける。
非常を伝える警報の中。
闇に目を覚ました「ハルカ」が最初に思った事は、「(お部屋じゃない!?)」であった。まるで見慣れない計器の類い、座席の左右から伸びた操縦桿。正面に、芒と光る白いモニター。いかにもSFチックな内装は、何度キョロキョロと見回したところで彼女の部屋のベッドではない。
「(えー…っと…?)」
「ハルカ」はつとめて冷静に、状況を把握しようと試みる。ここはどこ?で、自分は「ハルカ」。16歳の、高校二年生。
先日。夏休みに入った際に、「お母さん」から「あなたもそろそろ、進路について考えなさい。二年生の夏なんてあっという間で、目的意識を持たないとすぐ、何も出来ずに終わっちゃうのよ?夏が終わればあなたも受験生。スタートとしては遅すぎるくらいだわ。ていうか。宿題やれ。」とお小言を頂戴したのが2週間前。その後2週間、見事にだらだらと高校二年生の夏の時間を無駄に浪費し、「お母さん」に遂にキレられそうになった、まさにその時。
「こ、これ!太陽系外宇宙探査機構?っていうこれ、募集してるの、私受ける!ほ、ほら、宇宙とか私、小さい時から興味あるし?前からやろう思ってたんだ!ほ、ほら、公務員だし安定してる、みたいな?あ!研修で大学の学位取れるって言ってるよ!すごくない!?明日見学会だって!行ってくる!」
テレビで偶然コマーシャルの流れた「太陽系外宇宙探査機構」の職員募集のPRに、「ハルカ」は反射的に乗っかってしまい、なんの予備知識も持たずに本日の「見学会」を訪れたのが今日のこと。
「(そうだ、今はナウで今日がトゥデイだ!)」
よくわからない形で納得した「ハルカ」だが、あらたな疑問が沸き上がる。そう。今がナウで今日がトゥデイであるからして、「ハルカ」は太陽系外宇宙探査機構、通称OMNKOの見学会に参加していたはずなのだが。その自分がなぜ、お部屋じゃないところで寝ていてここで目覚めたのか。「ハルカ」にはその部分が把握できない。
鋼鉄の搭乗口に頭蓋を強打した影響なのか、「ハルカ」の記憶は曖昧で、直前の記憶が抜け落ちている。
「ハルカ」の頭が特別に悪いのではない。誰であれ。落下した自分が頭をぶつけたはずの搭乗口の内部にどういう訳かぶつかったはずの自分が入っていて、目を覚ましたら中で寝ていたなぞ、そんな奇跡は想像だにできまい。「ハルカ」が混乱しているのも仕方のないことだろう。「ハルカ」の頭が特別に悪いのではない。
自分を取り巻く明らかに異様な状況に動揺する「ハルカ」。彼女を余計に急かすかのように、けたたましい警報は鳴り続けている。「ハルカ」でなくてもこの状況。とりあえず、何か触ってみようと試みるのはごくごく自然の流れである。「ハルカ」の頭が特別に悪いのではない。
ハルカは目に付く計器のスイッチをとりあえず手当たり次第に連打し、「すいませーん!誰か助けてくださーい!閉じ込められて?まーす!誰かー!!」と外部へ向けて呼び掛ける。反応はない。飽きたらず、「ハルカ」今度は両脇から生えた操縦桿をガチャガチャと押し引きし始める。
自分がまさか、謎の「物体」の操縦席に居るとは夢にも思わぬ者の。まったくもって、恐れを知らない行動である。
案の定。ビーという警告音が大音量で鳴り響き、「ハルカ」の無茶を咎め立てる。外と中。二重に鳴り響く騒音の中で、「ハルカ」はひたすら「ごごご、ごめんなさい!ごめんなさい!もう触りませんから!もう触りませんから!!」と訳もわからず謝り続けている。
ふと。
ぶんぶんと上下していた彼女の頭が止まり、視線が正面のモニターに釘付けになる。白い画面には、必要以上に力強い文体で真っ赤に描かれた<WARNINNG>の文字。その下には、座席に人が座っているかのようなアイコン。その、右肩から左腰にかけて。襷をかけたように、一条の/が点滅している。
「(えっと…。これ?シートベルト、着けろ!ってこと…だよね?)」
訳のわからない状況。しかし、どうにかしなくてはいけないらしい状況。特別に悪いのではない「ハルカ」の頭にも、その身に何らかの危険が迫りつつあることは理解出来ている。なんにせよ。彼女にはいまこの状況、画面の指示に従う以外の選択肢はない。「ハルカ」は座席の右後ろをまさぐり、一本の円環を掴み出す。
帯状に伸びた円環を左腰に向け引き下ろす。頑鎮と錠のかかる手応え。瞬間、警告音が止まり、画面に真円の計器が浮かぶ。
0%から始まった計器は一瞬の内に充たされ、ぐるりと100%の真円になる。切り裂くように、重なる/。
<SYSTEM ALL GREEN.>
<"π/s'RIDER" No.1 ACCEPTED.>
ビコビコッ。ビコビコッ。と画面に並ぶ英字。「ハルカ」はドキドキと胸を高鳴らせつつ画面に魅入る。
「げぅっ!?」
突如。「ハルカ」の胸に懸けられていたシート・ベルトが敏と張り、「ハルカ」は背後に叩き付けられる。
「(!?…!?)」
声にならない呻きを上げて苦しむ「ハルカ」。その眼前で、画面に無数の走査線が疾り、ひとつの像に集約していく。
<イヤッホゥイ!パーイスライドォ!ってかァ!?>
画面から。突然に能天気な声が溢れ出す。盛り上がっていた場面をなんだかもう、色々と台無しにする能天気な声色。絶微妙に人をイラッとさせる口調。「ハルカ」は先ほどの理不尽な不意打ちによって生じている呼吸の苦しみを、画面に浮かぶ何者かへの怒りの視線として投げかける。
<おぉ!?オーゥオゥオゥオゥ。イヤッホゥイ!ジェイ!ケイ!これはこれは、見紛うことなきモノホンの、J!K!じゃねえですの!!>
「ハルカ」の怒りを知ってか知らずでか。画面に映る何者かは気にも留めずに、眼前に女子高生がいるという現状を明らかに喜んでいる。「ハルカ」は怪訝な表情で目を凝らし、画面に創られていく像を見つめる。
次第にはっきりとしていく像は、真っ黒な。まるで地獄の闇のように真っ黒な、ひよこの貌をしていた。フフンと何故か得意げに嗤う黒いひよこ。今さらのよう表情をキリリと引き締め。一段低い声色で「ハルカ」に問い掛ける。
<…で、おい。女。現在、明治何年だ。>
美少女と謎のロボット。
ふたりの出逢いは最悪であった。
「悪ぃ!「艦長」、抜った!!」
外宇宙探査艦。プレジデント・オバマのコントロール・ブリッジ。正面のモニターにデカデカと映し出された「タツミ」が叫ぶ。右上で回転する「LIVE」の文字。胸元を強調したカメラワークには、何者かの意図を感じずにはいられない。
モニターの前。艦長席に座る「艦長」が、その美しい顔を歪めているのはしかし、セクハラまがいの下衆なカメラワークに立腹してのことではない。無防備なオバマを敵機の攻撃に晒しているこの状況。「タツミ」は詫びているが、実際のところ彼女に責はない。むしろ過失のあったのは。敵機を当初の3機のみと思い込み、逆方向からの増援を想定していなかった自分の方である。奇襲戦術の初歩中の初歩。「艦長」はその顔に浮かんだ動揺と焦燥の表情を隠すように、制帽の庇をぐいと引き下げる。
「急いで戻ってください!!」
思わず口から出かけた指示を、「艦長」はすんでのところで飲み込んだ。そう。ここは彼女の庭である宇宙空間ではないのだ。いかに身軽さが身上の機体とはいえ。重力のある地球上で高高度から自由落下中の3号機に「加速しろ」と言うことは、「自殺しろ」と言うことに等しい。
「(しかし…)」。
「艦長」は自分の指揮官としての見通しの甘さを責めつつも、自らの頭に浮かぶ疑問を消し去ることが出来ずにいる。衛星軌道上への突然とも言える出現。からの、直接降下。からの、戦闘機動へのシームレスな転換。未だに有効打となっていないとはいえ、想定外な超高高度からのそれなりに威力を保ったビーム砲撃。索敵範囲、戦闘可能域、砲撃射程。すべてが「艦長」の知る「戦闘」の常識の範囲を超えている。これは本来、決して起こり得ない想定外の事態であるのだ。
「こんな機動が可能な兵器といえば…。」
「艦長」の内心の疑問を読み取ったかのように、突然、隣から掛けられた声。ぎょっとした表情で「艦長」が顔を向ける。
「我々が知る限り。1つ、しかありませんなあ…。」
穏やかな笑顔で呟いているのは、いつの間にか隣にいたイソジニール少佐。はて。彼はコントロール・ブリッジから大分離れた、居住区のロビーに居たのではなかっただろうか。非常時ゆえ。古い船乗りの常識に反して、ここまで走ってきたのだろうか。その割には少佐の息は乱れておらず、平然としたものである。
「艦長」はイソジニール少佐の出現に怪訝な表情を浮かべつつも、正面のモニターへと指示を飛ばす。
「第一格納庫!4号機の発艦準備急いでください!準備でき次第発艦!各員!手の空いている方は左舷砲座にまわってください!手動で敵機を迎撃!4号機を支援!」
内心の動揺を見せず、気丈に振る舞う「艦長」。その揺れるバストを横目に見ながら。
「(どうやら。見学者2名行方不明の件については未だ伝わっていないようですなあ。)」
イソジニール少佐は安堵とともに、この後確実に美貌の「艦長」から頂くことになる叱責のお言葉を想い、ちょっと嬉しそうな顔をするのであった。




