第3話 夢花火(2) 夏花火③
燦、燦、燦。漆黒の天宙に響く鈴の音。
黄色と黒の虎縞模様、卵型の物体が。縦、横、奥行き3次元、巨大な拳を自在に唸らせ、闇の宇宙に踊っている。
戦場の舞い。3号機を駆るタツミ得意の、対集団戦闘特化の機動。この混戦の中にあってもそのキレは一切衰えず、むしろ増々冴えを見せ、その様はまさに水を得た魚。
宇宙の海を魚が跳ねる、虎色をした魚が跳ねる。巨大な右拳が振り回さるたび敵機が砕ける星になる。
「次だ!オラどしたァ、もっと来い!!」
来いと言いつつ自ら敵機の塊の中へ飛び込む3号機。黄色い災厄、破壊の暴風、宇宙を駆けるタイフーン。彼女の叫びに応えるように次々敵機が3号機を目掛け、襲い掛かって、台風の目に巻き込まれてゆく。
「はっはァ!そうだ来い、もっと来いや!!」
愉しげに笑う上官の音声を画面越しに耳に聴きつつ、ウンザリとした顔を浮かべる眼鏡の黒髪美少女ひとり。
「これ以上集まられたら…『困る』んだけど!」
2号機の搭乗者、アキノは忌々しげに吐き捨てながら、右手の操縦棹を回転させる。彼女の右手に連動するかのように青い2号機の右腕が動き、突進してきた甲虫型の敵機、いなして後ろへ投げ棄てる。
「斉射。」
振り返りもせずに次は左手、重機関銃が砲火を上げる。2号機の後ろ、斜め半分。まったく計算通りの座標に、弱点を晒した甲虫。節足が散る、薄羽が散る、宇宙の闇の塵となる。
餓鬼無。不意に甲高い異音が鳴り、重機関銃の斉射が止まった。
「くっ…!」
眼鏡のアキノの美しい横顔に、明らかな焦りの
表情が浮かぶ。弾切れ。画面の表示は弛緩弛緩と、残酷な事実を突きつけている。
「装填!残り弾倉数、2…!」
青い2号機の腕が牙喜と重機関銃を構える。その奮戦とは裏腹に。無慈悲にも、装弾を終えた2号機の元へは既に敵機が集まりつつある。
その隣では緑の4号機、八面六臂の大活躍。挟角に鉄拳、連装砲に穿角。長く伸びた4本の、機械腕にそれぞれ装備いた、各種の武装を器用に使い。緑の巨体に群がる敵機をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。器用なゴリラが仕事をこなす。
挟角が潰す、鉄拳が潰す。連装砲が火を噴き穿角が回る。四種の装備がそれぞれ別個に動き攻撃する様は、精密機械か楽器の演奏。人間より器用なゴリラの奏でる、漆黒宇宙の小夜曲。
緑の4号機はその搭乗者の特性に従い、四肢をまさに「四つ」の「肢」とし、腕脚の区別なく攻撃に使う。人類に近く、人類と異なる進化を遂げた、霊長類ならではの戦いの技術。その戦力は人型兵器の倍、否、単純に4倍か。
快進撃を続ける4号機、しかして彼の元へも次第に不安の足音が忍び寄る。操縦席に響く警報、目減りを続ける出力計。そう、外宇宙探査艦プレジデント・オバマに搭載されたpaiのうち、唯一のpai非搭載型の4号機。その膂力とは裏腹に、単体での稼働時間に制限がある。それゆえ高い戦闘能力を持ちながら、いままで第2小隊に配備されていた。このように、大活躍で動けば尚更、その制限は短時間くなって。現実の問題として今まさに、この4号機の弱点が、4号機の身に振りかかろうとしていた。
「(2号機は残弾切れ、4号機は活動限界が近い…3号機だけは何故かまったく問題なく戦い続けていますが!)」
艦砲射撃を繰り返す、黒いオバマの艦橋に立つ、美貌の艦長代理が表情を曇らす。
「まずい状況ですなあ、これは。」
その内心を読み取るように。隣に立つ銀髪の紳士、イソジニール少佐が感想を漏らす。
惑星ひとつの総戦力に、対する地球側は戦艦一隻。そもそもが戦力的に無茶とすら言えない無謀極まる殴り込みなのだ。そして目下の攻撃目標、機械衛星の戦力は無限。衛星本体を叩かない限り、基地の資源の尽きぬ限りは、機械衛星の自動機械が敵戦力を産みだし続ける。攻め続けているかに見える地球側はその実、現状明らかに追い込まれていた。消耗戦による膠着状態、オバマにとっては最悪のシナリオ。時間の経過とともに次第次第に、確実な最期の時は近づいてきている。
「(艦長…ッ!)」
祈る思いでシホはただ、青い惑星に降りた希望。艦長からの合図を待ち続けている。画面の通信欄には非情の一言、<NO MESSAGE>の文字列が浮かぶ。船体に衝撃、敵機の着弾、大きなシホの胸が波打つ。
一方。
遥か頭上で緊迫の宇宙戦闘が繰り広げられているその空の下、青い惑星、コードネームくされちょんまげマーチ星に降り立った天宙の美少女たちの唯一の希望。
艦長・ツバサ及び愉快な1号機一行は、こちらはこちらでよくわからない、ふざけたピンチに見舞われていた。
「ようよおうようおねーちゃんたちよう。ずいぶんと楽しそうじゃねえかよう。」
「おれたちにもその楽しさ、ちいとばっかりわけてくれよう。」
「ウェブにウップロードしてクラウドで共有させろよう。ようようよう。」
よたよたとよたり、歩み寄り来るトラブルの種。昼の往来の向こうから、三人組の与太者が。否、与太ビーバーが棒読みの台詞を吐きながら、こちらに向かって近づいてくる。柄の悪い台詞と引き換えに、いと間の抜けたビーバーの顔。ひくひくと鼻先を動かしヒゲを震わす不思議な姿に、ハルカ、そしてめぐりんの二人はただただリアクションのしように困り、上司の出方を伺っている。
「あー!れェー!あー!れェー!」
穏やかな市井に上がる矯声。桃色の浴衣をブリブリと震わし、必要以上にロリロリしい、高音の悲鳴をツバサが発する。傍らの二人がギョッとするなか、当のツバサは意にも介さず、あー!れェー!あー!れェー!と日本語としてはいとおかしげな、イントネーションの大きく狂った、キテレツな奇声を発し続ける。
普段あれほど流暢に日本語で話しているツバサが何故、本日この場この期に及んでこのような、わざとらしい外人発音でビーバーの小芝居に付き合っているのか。そもそも、自分たちはいま、速やかに目的を達成しなくてはならない、強襲作戦の真っ最中ではなかったのか。沸き立つ疑問は尽きないが。ハルカたちにわかるのはいまこの瞬間確実に、ツバサが状況を精一杯楽しんでいるということだけである。
「いいじゃねいかよう。つきあえよう。」
「あー!れェー!あー!れェー!」
ビーバーの中にただでさえ、目立つ美少女三人組。ましてやけたたましく悲鳴をあげては、人の集まらないはずもなく。なんやなんやとビーバーが集まり、あたりは既に人だかり。今回の作戦『オペレーション・メテオ』が二面陽動による強襲作戦である以上、注目を集めるのは必要ではある。確かに必要ではあるが。
それは、ここでやらなくてはいけないことだろうか。こうしている間にも頭上の天宙ではシホたちが機械衛星を攻めあぐねており、状況は刻一刻と不利になっていて、そしてツバサは何も考えていない。
「ちょっツバサちゃんいい加減に…すいません!ちょっと私たち、急いでるんで!」
たまりかねてやや強引に、ハルカがツバサを引き戻す。その態度が癪に触ったのか、三人のビーバーは顔を歪め、「ぁ?」とメンチを切ってくる。
「触るんじゃないよッ!この、スットコドッコイ!!」
肩を掴んだハルカの右の手を、ツバサが邪険に振り払う。状況的に出そうなセリフではあるが。それはビーバーに向かって言うべきもので、相手はハルカではないはずなのだが。何故、自分がキレられなくてはならないのか。相変わらずの理不尽極まる扱いに、ハルカは憤懣やるかたなく、頬膨らませて地団駄を踏む。
どういう訳かビーバーに混じってこちらにメンチを切るツバサ。状況は既に4対2。ハルカは怒りと諦めが半々、めぐりんは空気と化している。カオス極まる雰囲気を、誰が収拾つけるのだろうか。
「止せよ。困ってるじゃねェか。」
天の救いか神の声。なんやなんやと集まった、ビーバーたちの囲いの中から。
「おぉっ、とぉ。ご免よ?ご免よ?通してくんねェ。はいはい、ご免なさいね、通してね。奥さん、爺さん、ご免なさいね。うん、ボクも悪りぃな、通してくれな。」
人ごみかき分けあらわれたのは。いなせな着流し、天秤棒を長く担いだ、夏の日の太陽のように一点の曇りもない笑顔。
「おうおう、よしなよしな兄さんたち。その子たち困ってるじゃねェか。」
颯爽、という言葉を体で現し、悪者4人と美少女2人、割って入るは男前。水色の空に流れ雲、風に吹かれて参見す。
「なんだぁ?手前は。」
「関係ないなら引っ込んでろい!この、すっとこどっこいが。」
「格好つけてると痛い目みるぜ?なに?痛くされないとわかんない?」
真ん丸の目を三角にして、ビーバーたちが口々に凄む。もとのつくりがいまいちとぼけた、ビーバーたちの間抜け面。凄まれたところでまったく怖くないというか、むしろ面白いまであるが。
「アレえ、おたすけくださいまし!おたすけくださいまし!」
いち早く反応したツバサが男前に飛びつき、しなしなと力なくもたれかかる。
「(ん?この子、さっきまで悪者の側にいなかったか?)」
曇りなき爽やかな男前、笑顔が僅かに困惑で翳る。ツバサはそんなことはお構い無しだ。
「お助けくださいまし!お助けくださいまし!」
男前の幅広い胸をいっぱいに広げた腕でぎゅうと抱きしめ、しきりに頬擦りを繰り返すツバサ。呆然とそれを眺める周囲。一瞬振り返ったその顔が、いかがわしい欲求丸出しの邪悪な笑みにニマァと歪んでいるのに気づき、ハルカは背中に悪寒が走る。
「見せつけてくれんじゃねえかよう、色男!」
「ここは俺たち『バービー組』の縄張りだぜ、好き勝手やってんじゃねえ!」
「痛くしちゃうぞ?痛いの嫌でしょ!?」
わけのわからない状況に苛立ち、語気を荒らげるビーバー一行。一触即発爆発寸前、ビーバーたちの踏み出す一歩を、快晴笑顔がカラッと照らした。
「まあ…確かに俺っちは色男だけどな?」
フフン、と悪びれもせずに微笑みながら、男前はしつこく抱きつくツバサを腕づくでメリメリ剥がし、(下がってな)と目で合図する。アイコンタクトでツバサに(うっふん)、艶っぽいウインクを無駄に返され、男前の顔が若干ひきつる。その様子を見てビーバーたちの、怒りの温度がふたたび上がる。
「しかし、だ。こんな小せえお子さんたちに、寄ってたかって無理難題。ちょっとな、見苦しいってェか、よぉ…大の男が真っ昼間っからやることじゃねェよな?なあ、『バービーちゃん』さんたちよ。」
「なんだあてめえ、『バービーちゃん』だあ!?この野郎!!!」
怒りで頭に湯気の昇ったビーバーたちを煽るような、男前の冗談めかした軽口。その態度が癇に触ったか、はたまた『バービーちゃん』がいろいろな意味でまずかったのか、ビーバーたちの怒りは爆発。
「痛くしちゃうぞ!!!」
一斉に、各々の拳を大きく振り上げ、男前へとぶん殴りかかる。
「うっへ…やっべ言いすぎた?ごめんなさいね、『バービー組』さん…っとくらぁ、あらよっと。」
男前があくまで軽く、頭をさげたその動き。腰から首への動きに伴い大きく動いた天秤棒が、襲い掛かったビーバー三匹、いとも容易く張り倒す。
「えっ…?」
あまりにも自然体の男前の動き。ハルカやめぐりんの眼にはまるで「何もしていない」のにビーバーたちが、一瞬のうちに薙ぎ倒された。そのようにしか映らない。
「あ、こりゃサーセン。うっかり長げー棒担いでたのを忘れてたモンで…ヘヘッ。」
男前の目が悪戯っぽく笑う。無邪気な子供のように笑う。
「こ、この…ッ?」
何が起こったのかわからぬビーバー三匹組は、「まぐれ」とばかりに起きるが早いか、ふたたび駆け出し男前、三匹かかりで殴りにかかる。
「あ~らよっと!お!あぶねえ。はいはいごめんよ、ごめんなさいよ?あー、だめだめ、こっちァよう、こういう長げー棒担いでんだから、周りは空けてくンなきゃあさァ。はい、ごめんよ、ごめんなさい。ごめんなさ~い!ときたもんだ!」
ビーバーのパンチをひょいひょいかわし、かわりにペコペコ頭を下げる、男前の小さな動きでビーバーたちが大きく吹っ飛ぶ。天秤棒に引っ掛けられて、上へ下へと大きく吹っ飛ぶ。男前は最小限、上半身の動きだけでビーバー三匹を制圧しており、その脚は最初に立った位置から、ただの一歩も動いていない。
「(ほう…出来るな?)」
流れる雲のように自然で、かつ、洗練された挙動。ツバサは感心するかのように目を細め、細く締まった男前の腰を、邪な目でガン見している。
「こ、この!ちくしょう!!」
「覚えてやがれえ?今日はこのくらいにしといてやらあ!!」
「『バービー組』にたてついたこと、絶対後悔させてやるからな!!」
よくわからないうちにいいようにやられ、いかにも三下悪役の台詞。置き土産とばかりに残しながら、ほうほうの体で逃げだすビーバー。
「はい、毎度ありぃ!」
嬉しそうにニッカと笑って見送り出すのは男前。夏の正午の太陽のように、眩しく翳りのない笑顔。
周囲からワーと喝采がわく。照れくさそうに、頭かきつつ、近づいてくる男前。
「怪我はねェかい?」
爽やか極まる彼の言葉に。
「(あ、けっこうイケメンだ。)」
「(いけめん!!!)」
「(良ちんぽ!)」
天宙の美少女たちは三者三様、それぞれの言葉で似た感想を、それぞれの胸に抱くのだった。
「2号機、残弾数0…4号機、活動限界時間…ともに戦闘継続不能、母艦損耗率40%突破…、くッ!!」
大画面に次々と浮かんでは消える悪戦苦闘。目の前の現実を拒否するように、シホは制帽の庇を掴み、グッと顔へと引き下げる。
「これはもう、『限界』、ですなあ。」
はっはっはっはっは。他人事のように呑気に笑う、傍らに立つ銀髪紳士。イソジニール少佐の声が、余計に心をささくれ立たせる。
「わかっています!!!!」
少佐の顔を見ないまま、怒気を隠さずシホが叫ぶ。珍しい彼女の荒れた大声、その振動を伝えるように、豊かな胸が大きく揺れて、五十路の少佐をほくそ笑ませる。
「皆さん、撤退です!オバマに帰還してください、強襲作戦は失敗しました!!!」
ハルカたちの、遥かに頭上。漆黒の天宙に真面目なシホの、悲痛な叫びが響き渡った。




