第3話 夢花火 (1) サムライの星へ ③
パディデビビボン♪ビボビバデン♪
外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その第1格納庫の片隅にぶん投げられたそのままに、放置され続けるコンビエンスストア。「ヘブンダイブン・プレジデントオバマ出張店」の店内に、聞き覚えのあるチャイムが響く。はるけき宇宙のその彼方、太陽系をさらに越え、異なる宇宙の旅の中でも。「ヘブンダイブン」チェーン特有の入店を報らせるチャイム音は、今日も変わらず鳴り続けている。
いつもなら。いつもであれば、これと同時に、「いらっしゃいませこんちはー。」と、定型文のそのままの。やる気があるのか愛想がないのか、判別がどうもつきづらい、廻恵生のはんなりとした声が重なるのだが。どうしたことか、今日の店内の様子は森閑。足の一歩を踏み入れた、ハルカは少々訝しむ。
「あの…めぐりんさん?」
店の奥。おにぎりの棚の前に茫と立ち、品出しの手すらも動かぬめぐりん。その姿を認めたハルカは彼女の異様な雰囲気に、遠慮しがちに声呼び掛ける。
「え!?あ!す、すいません!!」
慌てた様子で振り向くめぐりん、店内に。客のいることすら認識の外、抱えたおにぎりをぼとぼとと、次々床に落としていく。おろおろ慌てふためく彼女の、豊かな胸が左右に揺れる。
「え!?あ!ごめんなさい!!」
その反応に逆に驚き、声掛けたハルカも慌てて謝る。ぶんと頭を下げるハルカの、残念ながら胸は揺れない。
カブトムシ軍団を奥の手のオバマ・ケアーで辛くも退け、闇の宇宙に今一度、身を潜めたるプレジデント・オバマ。幹部たちは作戦会議、今後の進路を練り直し。格納庫では整備班、ペンギンたちがペタペタペタと、大忙しで働き回る。
オバマ必殺の雷撃に巻き込まれ、先ほどまでノビていたハルカは。タコ教授の診察のあと、とりあえず異常ナシと判断され、今はようやく自由時間。アイスでも買おうかとなんとなく入ったコンビニで、このハプニングに遭遇である。今日のハルカは厄日であろうか。
床に散らばったおにぎりを、ひとつ、ひとつと集めるめぐりん。黙って見ていられない何かを感じ、ハルカも無言でそれに手を貸す。二人っきりのコンビニの、二人っきりのおにぎり拾い。二人の心情とは裏腹に、店内には明るいCMソング。脳天気にも流れ続ける。
「すいません、手伝わせちゃって。」
棚にようやく並んだおにぎり。レジに戻っためぐりんに、ようやくいつもの調子が戻る。手慣れたレジ打ち、200円。内心の動揺は残っていても、日常レベルまで習熟された人間の技術というものは、そうそう揺るぎはしないもので。レジ打ち、読み取り、袋詰め。作業の手順をそつなくこなす。豊かな胸が上下に揺れる。
「あの…めぐりんさん、何かあったんですか?」
アイスの袋を受け取りながら、聞きづらそうにハルカが尋ねる。ハルカにとって「めぐりんさん」はプレジデント・オバマの乗組員としては後輩であるが。彼女の中ではコンビニの、年上の親切な店員さん。個人的な付き合いは薄いものの、毎日目にする顔見知り。どうみても尋常ではないめぐりんの様子、放っておけないものがあり。「(失礼かな?)」とは思いつつも、黙って帰ることもできない。とにかく一声かけてみる、様子見に放った一言であった。
「あ…。」
ハッとしたようにめぐりんは、自分の目元に指をやる。泣いていないことを確認し、安心したように笑顔をつくり、それがたちまち憂いに歪む。
「…私って。この艦に必要なんでしょうか…。」
ぼそ、ぼそ、と溢れる言葉。女子高生のハルカは30代前後であるめぐりんの一回り以上年下であるが。この丁寧語は「それほど親しくない相手」の全てに対する、めぐりんの普遍的な口調である。
発言の意図がよくわからずに、思わず首を傾げるハルカ。そうだろう。彼女には何故コンビニが格納庫にあって、コンビニの店員さんがこの艦に乗っているのか、いまのところよくわかっていない。「必要ですか?」ときかれても、「はあ。」とでもしか答えられぬのだ。
「…ごめんなさい。さっきの戦闘の時…私、『艦長さん』に怒られちゃって…。」
先ほどの戦闘。めぐりんにとっては「初めての戦闘」というわけではなかったが。めぐりんの知る限り、無防備なオバマが直接的にあれほど敵の攻撃に晒され続けたのは初の経験であった。自分が戦場にいて、自分の命が危険に晒されるという実感。仕事といえばコンビニの品出しとレジ打ちだと思って生きてきためぐりんにとって、それは考えるだに過酷な状況であった。
責めるべきは本来、彼女をそんな席に座らせた『艦長さん』なのだが。さらに言えば、それはめぐりんの思う『艦長さん』ではなく、『艦長さん』が全部悪いのであるが。根が真面目なのだろうめぐりんは、そこに自分の責任を感じ、落ち込んでしまっているようなのだ。
「…皆さん、すごいですよね…私より全然年下なのに、しっかりしてて、怖がらずに戦って、自分の仕事をちゃんとこなして…私なんか、全然何もできなくて…。」
俯いたままでブツブツと。めぐりんの口から自嘲が漏れる。
「私なんか、本当はいなくていいんじゃないかって。」
「そんなことないですよ!!」
被せるようにハルカが叫ぶ。意図せず飛んだ強い否定に、めぐりんが思わず目を上げる。
「あ…ごめんなさい。でも、私だって…その…ロボット、全然ちゃんと動かせないし。いつもひよこさんにやってもらって、隊長どのやアキノちゃんに助けてもらって…私だって、全然できてないです!!戦うのだって怖いです!!でも、めぐりんさんはすごいと思います、一人でずっと店番してて、レジも間違えずに打てて、おにぎりもちゃんと並べられて…こんなの、私一人じゃ絶対できないです!!」
見つめるハルカの真っ直ぐな瞳。めぐりんの言う「仕事」とは、コンビニの店員としてのそれではなく、この艦の通信手としてのソレなのであるが。もはや否定できる空気にはなく。
「自信、持ってください!!」
しっかりハルカに握られた両手を、微妙な笑顔で握り返すしかない。
『あー、オホン。アハン。アッ…ダメえ…。』
突如艦内に響く阿呆な嬌声。
「非常召集!?」
振り向くハルカと、「え、今のそうなの?」という顔のめぐりん。彼女は今少しこの艦で経験を積み、この艦の常識に馴れる必要がある。
『ンこらァハルカァー、あとめぐりん。4時からミーティングだっつったよなァ?なにそんなところでちちくりあってんだ。己様の指示を無視するとかすごい度胸、末代まで語り継がれるよ?ていうかさっさと来い。』
頭上のスピーカーから響く馬鹿な音声。この艦の謎の幼女艦長、ツバサの舐め腐った肉声である。ハルカとめぐりんは顔を見合せ、「そんな予定でしたっけ?」と無言のままに言葉を交わす。
「あと3秒で来なかったらコンブの刑な。いーち。ひゃーく。」
理不尽すぎるカウント・アップ。先ずはハルカがダッと駆け出し、次いでめぐりんがその背中を追う。走りながらにめぐりんは。
結局、「自分のせいで」オバマの最強兵器のひとつにハルカを巻き込み、危険な目に遭わせてしまったことについて。
謝れなかったと目線を落とした。




