序章 忘られぬ青春の日々 (2) 天宙より来たる
3行でわかるあらすじ。
「無重力状態って、本当に体浮くんですかッ!?」
「総員、戦闘配置!諸君、これは訓練ではない。総員、戦闘配置!繰り返す、諸君、これは訓練ではない!」
「3号機、出撃るぜ!パイスライドォ!!」
「それら」が「タツミ」の前に出現れたのは、3号機の出撃から正確に12秒後。まったくもって「艦長」の予測通りのタイミングであった。「艦長」の杓子定規さに、「タツミ」は苦笑を禁じ得ない。
不快害虫を思わせる無機質な外敵。男勝りな「タツミ」でさえ、「うげ」と思わず嫌悪感を感じずにはいられないデザインの「それら」は。3号機の姿を認めるや否や、一切の容赦なく彼らに与えられた「仕事」を、まさしく機械的に開始した。
肩…。その部分を、「肩」と言うのは正しいのだろうか。「それら」の頭部と思われる部分の両脇。彼らがその見た目通り、地球人のよく知る昆虫であるのなら、それは確かに「肩」であろう、その部分。肩から突き出た砲頭が、愚吽と重い唸りを上げる。
3体の敵機から、3号機へと一斉に浴びせられる銃弾。明らかな戦闘意志の表明、敵対的行動。「それら」と「タツミ」はお互いに一切警告を行うことなく、一合から戦闘に突入していた。
ガトリングガン。バルカン砲。地球人ならばそう呼称する兵器によく似た砲身が回転しながら火を吹き、遠慮のない攻撃を加えている。しかし。3号機にそれを回避しようという意思はまるで観られない、それどころか。まるで意に介さず、真っ直ぐに全速力で「それら」へと突っ込んで行っているようにさえ見える。
「なンだァ?そりゃ!?」
「タツミ」の大きく吊り上がった口角が裂け、犬歯が覗く。同時に「タツミ」は両掌の操縦棹を前方に押し込み、更に一段、速度を上げる。
3号機の前面は、右腕の巨大な盾で覆われていた。卵型の機体の8割以上を防御する巨大な盾。それが、襲いくる敵機の銃弾の全てを跳ね返している。琴、金、缶。軽い金属音が密閉された機体の内部まで響いている。数瞬の後。3号機は敵機の目前にまで既に接近っていた。
遇流裏。3号機がゆっくりと回転する。先ほどの直線移動が嘘のような。とても戦闘機動とは思えないほど鈍重な、緩慢な動き。古典な舞踏を思わせる回転とともに。卵型の機体側面から、折り畳まれていた2本ずつの手足が解けるように姿を現す。
寸胴と言える胴体に反して、あまりにも頼りない。「それで良いのか?」と思わず不安になるような細く短い手足。その右腕には腕の細さに明らかに不釣り合いな、機体の全長程もある巨大な盾が装着けられている。
否。
「それ」は、「盾」ではなかった。
緩慢な機体の回転が180度を迎えたところで、背面4つの加速器が火を噴く。急加速する回転。その勢いのままに、右腕に取り付けられた超重量の鉄塊が唸りをあげ斜め下に振り下ろされる。
バック・ハンド・ブロー。
そう。
3号機の右腕に装着けられている「それ」は、機体の全長程もある巨大な「右拳」であった。
壊錯。
軽い金属音を立て、「敵機」が叩き潰される。
一撃、撲殺。
木端微塵になった「それ」は。まるでティッシュ箱で叩かれた不快害虫のように、液体を垂らしながら力なく撃墜ちていった。
「次だ!」
3号機が巨大な右拳を振り上げ、残る2機へと迫る。
憤と気流を裂き振り回される右拳。それを掻い潜り、「敵機」が3号機に最接近する。
ギチギチと嫌悪感を催す異音を立て、「敵機」の触脚が3号機を捕らえた。上下、左右。四方八方から伸びた触脚は、3号機をガッチリと抱擁する。
「ほー?」
感心したような声を「タツミ」が上げる。その脇を、残る1機がすり抜けて行く。
「アホが。」
「タツミ」が犬歯を剥いた。不恰好な機体の短い腕が、細長い触脚を閂にとらえる。
瞬間。加速機が火を噴き、3号機の上下が反転する。勢い余ってスッポ抜けた「敵機」が、見事に頭から残る1機に激突していく。
「抜かせる訳ねえだろ。」
3号機が駄目押しの一撃を容赦なく振り下ろす。2体の「それら」はどちらがどちらかも判別らないほど粉々になり、文字通り地上へと叩き落とされる。
「良好。4号機の出番はねえぜ!」
狭いコックピットの中。「タツミ」はパッシとガッツ・ポーズを決める。
墜ちていく「敵機」。その、かろうじて残っている残骸を、突然の光条が撃ち抜いた。貫通した光条が、遥か地上に停泊中のオバマに的中する。
閃光、一瞬の後に、爆煙。
「なっ…!?」
「タツミ」は光条の降ってきた方角。反対側の天宙を見上げる。
光条の主たち。向かいの空より降ってきた「それら」は、隕石が如く真っ直ぐに、オバマを目掛け急降下していく。
「おいおい…ビームが降るなんて、天気予報じゃ言ってなかったぜ!?」
地上戦の可能性もある。「タツミ」は杓子定規な「艦長」の、もう1つの予測が正確に的中したことにギリリと歯噛みした。
騒騒とざわめく群衆。「本日の見学会にお集まりの皆さま」を前に、銀髪のイソジニール少佐は先ほどから難しい顔を続けている。
けたたましくやたらとしつこい艦内放送がようやく止まり、次いで飛行甲板のせり上がる揺れと重低音。歴戦のイソジニール少佐でなくともこれが異常事態の中にあることははっきりと把握できる状況ではある。しかしその後、急にしんと静まり返った艦内は逆に、状況の悪さを現しているようで一同の不安を一層に掻き立てるのであった。
外宇宙探査艦。プレジデント・オバマの機関部を案内していたイソジニール少佐は、艦内放送の時点で見学会中止の判断を下し。見学者である一般人の一同をここ、居住ブロックのロビーへと先導、避難を完了させたのであるが。非常に困った事に、20人いなくてはならないはずの見学者が、2人ほど足りない。これは相当にまずい事態である。
否、否。イソジニール少佐にはその二人が、どこではぐれたどの二人であるか、はっきりと把握できていた。機関部の見学に入った瞬間、目をキラキラと輝かせ、静止する言葉よりも速く駆け出した件の少女。名簿によると、遥日…ハルカ、と言ったか。さらに名簿によると、バストは71、貧乳である。名簿に目を落としていたイソジ少佐は名簿の作成者である「あの方」の顔を思い浮かべ、思わず溜め息をついた。
「ハルカ」は何が面白いのか、なんでもない壁や、なんでもない手すりを興味津々と撫で回していたが。
「…という訳です。ここまでで何か、ご質問のある方は…。」
という少佐の言葉に耳ざとく反応し、元気一閃。
「宇宙人のひとって、タコみたいな感じなんですかッ!?」
と質問し、歴戦のイソジニール少佐に諦めの気持ちを抱かせる。
「えー、ここから先は。当艦の機関長であり、地球との友好惑星であるペンタゴン星からプロジェクトに参加している、ペンタ君に説明をバトンタッチ致します。ペンタ君、よろしくお願いしますね。」
すっかり嫌になってしまった五十路後半の少佐は、同行していた「ペンタ君」に見学会をブン投げ、ひとりパイプをふかしに行ってしまった。
「ご紹介おめでとうございます。ペンタゴン星から来ました、ペンタクンです。当艦の機関長を務めています。趣味はさかなです。」
人鳥…いや、ここは鳥人と言うべきか。我々のよく知る鳥類に似た姿をもつ異星人の「ペンタ君」が、よたよたと一同の前に歩み出る。流暢な日本語を操る「ペンタ君」は丁寧な挨拶を済ませると、「本日の見学会にお集まりの皆さま」を機関部の奥へと先導していった。
そこで、この騒ぎである。
ビコーン、ビコーンという警報のあと、しつこく繰り返される艦内放送。イソジニール少佐は放送の主、「あの方」の顔を思い浮かべ溜め息をつく。
ヤレヤレと呟き、とりあえず吸いかけのパイプをふかしてからようやく喫煙所のベンチから腰を上げ、イソジ少佐は決して慌てず騒がず機関ブロックへと歩いて戻る。イソジニール少佐が不真面目なのではない。「艦内の廊下ははしらない。」それが、古い船乗りの常識なのだ。
見学者の避難を終え、点呼をとった際。まず、「ハルカ」の返事がなかった事に、少佐は心の中で「(あ…やっぱり?)」と思った。
そして、もう1人。
名簿によると、秋野…「アキノ」さん、か。さらに名簿によると、バスト88の巨乳らしいが。その、「アキノ」の返事もなかった。少佐は一同の中に確かにいたはずの、いまここにいないもう1人の少女。「ハルカ」と同じ制服を着ていた眼鏡の美少女の姿を思い浮かべる。
アチャー。少佐は頭を抱える。
「見学者…民間人の安全確保を第一優先!」。それが、「艦長」から出ていた指示であったからだ。
「(いやはや…困りましたなあ。これでは。「艦長」からお叱りの言葉を頂戴するのは免れませんぞ。)」
困った顔をしてみせる五十路の少佐。その顔は、何故か微妙に嬉しそうであった。
気がついた時。
「ハルカ」は「本日の見学会にお集まりの皆さま」の一団からは大分離れ、ひとり。機関部の入り口付近に取り残されていた。
なんの変哲もない壁。なんの変哲もない手すり。だが。地味な灰色に塗装されたそれらが「宇宙艦の内部である」事に心をときめかせた「ハルカ」は、飽きもせずに眺め回し、撫で回し、このボルトの武骨さがたまらない!このドアノブの角度が素晴らしい!といちいち夢中になっていたのである。
「(あれ?あれ?)」
キョロキョロと周囲を見回す「ハルカ」。その視線が、彼女と同じ制服を着た後ろ姿を捉える。
「(あっ!待って!!)」
「ハルカ」は慌てて、見覚えのある後ろ姿追いかけていった。
ツカツカと。制靴の足音も高く足早に進んでいく背中。その、まったく悪びれる事のない自信に溢れるピン張った背中には、「ハルカ」にはよく覚えがあった。
秋野美月。「ハルカ」のクラスメートであり、学級委員長。学校でもトップクラスの秀才であり、さりげなく巨乳。クラスの男子からも人気は高いが、どことなく人を寄せ付けない冷徹さがあり。事実、「ハルカ」も今まで数える程しか会話した事がない。「ハルカ」の中では、むしろ「委員長」という固有名詞で彼女の事は記憶されていた。
「ハルカ」は前を足早に進んでいく「委員長」の背中を、遅れじと追いかけていく。「委員長」はまるで我が家でもあるかのように、複雑な宇宙艦の内部を奥へ奥へと進んでいく。
やがて「ハルカ」の前方に、「ヒミツの第2☆格納庫」という必要以上に目立つ表示のかかった入口が現れた。「己様以外立ち入り禁止!!」と貼り紙された入口を、前を歩く「委員長」はお構いなしに潜って行ってしまう。
「(え…いいの…かな?)」
戸惑いつつ。後ろを追う「ハルカ」はその背中に付いていく他に選択肢がない。
「(あれ…?「委員長」、どっちに行ったんだろう…?)」
戸惑った数歩分の遅れが、「ハルカ」に「委員長」の姿を見失わせてしまった。ハルカは「ヒミツの第2☆格納庫」の中を、キョロキョロと左右に見回す。
「(あっ…!!)」
「ハルカ」の視界の中に、異様な物体が目についた。「ハルカ」の頭からは追うべき「委員長」の事が一瞬で抜け落ち、非常に興味を惹く「物体」へと彼女を駆け寄らせる。
干、干、干と。金属の足場を駆ける靴音が響く。
「(すごい…!ロボットだぁ…!!)」
簡易な足場手すりから、身を乗り出して「ハルカ」は「物体」を眺める。四方を足場に囲まれたなかに、ロボット、としか言い様のないシルエットの「物体」は、静かに真っ直ぐに突っ立っていた。
古典的なロボットを思わせる卵型の機体。ずんぐりむっくりの胴体に、アンバランスな細長い手足。童話の卵人間のようにも。巨大なひよこのようにも見える真っ白い機体。「ほぇー。」と感嘆の吐息を漏らし、「ハルカ」は思わず「物体」へと手を伸ばす。
ビコーン、ビコーン。
突然、けたたましく鳴る警報。手すりから身を乗り出していた「ハルカ」は、ビクッと身体を跳ね上がらせる。
「あっ!!」
バランスを崩した「ハルカ」の身体は手すりを乗り越え、眼下の「物体」へと落下していった。
「物体」の搭乗口と「ハルカ」の頭がぶつかりあった時。星が瞬き、「ハルカ」の意識は途絶えた。




