第2話 暮しゅうしています。 (3) オバマの天宙塾 ④
青の惑星地球より、遥けき宇宙の彼方、白い氷のペンタゴン。
それより時空と次元の壁を超え、銀河、宇宙、銀河を跨ぎ、距離と時間の概念の更に奥遠く。
無機質な鉄に覆われた機械惑星、アンティノラの地は暗黒に浮かぶ。
その、円筒形の機関が林立する最奥。我らが母星、地球で言うところのカソリック教会の礼拝堂を思わせる建物が建つ。響き渡るパイプ・オルガンめいた音色が屋根のステンドグラスを震わせ、七色の透過光が降り注ぐその下。
サイドトライ・セップス。
ダブルフロント・バイ・セップス。
モストマスキュラー。
筋骨隆々。思い思いのポーズを取った、筋肉モリモリマッチョマンの変態の彫像が並ぶ祭壇。
アンティノラ。その名前の示す通り、此処は地獄の最奥その、一歩手前の地であろうか。
綺羅綺羅綺羅と。キン肉像に降り注ぐ陽光、その中に荘厳と構える玉座。御前に一様に片膝を着き、七騎の騎士が跪いて控える。
「例の…地球、という星。我らが送り込んだ無人兵器。退けたそうだな。」
玉座に座する人影から厳かに声が掛かる。綺羅綺羅と眩しい陽光の中、その顔貌は判別できないが。そこそこの年配の男性であると思われる口調、声色、それを発する口元の銀色の髭だけは僅かに見ることが出来るようだ。
「畏れながら…皇帝陛下。」
玉座の御前に控える七星騎士が一人。七人の筆頭格である赤騎士デスカインが口を開く。
「敗れたのは所詮、人格もまだ目覚めぬ下級騎士ども。仮初めの機械の肉体を闘争本能のみで動かす彼らが敗れたとて、銀河を力と美で支配する超帝国。美帝国皇帝たる陛下のお気になさる程の事ではございません。」
豪放磊落を絵に描いたような豪傑。赤騎士デスカインは赤いマントに覆われた巨体を揺らす。
「これはこれは。我ら銀河を美と力で支配する超帝国。美帝国最強の七星騎士、その筆頭たる赤騎士デスカイン殿とも思えぬ御言葉。いよいよモウロクなされたか。」
クックック、と。嫌味な笑いが一角から上がる。筋骨隆々の逞しい肉体を持つ一同の中にあって、唯一痩身長身の男。紫のマントに身を包んだ紫勲騎士。オカッパ頭のヒルカ将軍である。
「いかにたかが無人兵器どもとはいえ。この銀河を美と力で支配する超帝国。美帝国の歴史にあって、我らが侵攻を妨げた者は存在しない。此度の事が如何に重大な事態であるか、理解出来ぬ貴公でもありますまい?」
ニヤニヤニヤと。片眼鏡を光らせ紫勲騎士、ヒルカ将軍は赤騎士デスカインの失言を責める。慇懃無礼な物言い、赤騎士デスカインは怒っても良い場面であるが。武骨な彼は「むぅ。」と一言、唸るだけで黙ってしまう。
「へえ。」
二人の会話を遮るように、七人の一角から陽気な明るい声が上がる。
「そんなに強ぇ奴らがいるってんなら。この俺が一丁、お手合わせと願いてえなあ?」
いなせな着流しに青いマントを羽織った若者。七星騎士が赤騎士デスカインに継ぐ序列第二位、青騎士ヘルダインが立ち上がり、ぶん、と脇に携えた槍を振る。
「控えろ馬鹿者!!陛下の御前なる!!」
七人の一角から上がる怒声に青騎士ヘルダインがウヘッと肩を竦める。七星騎士が第二位である青騎士ヘルダインを一喝出来る胆力を持つのは誰であろう、灰色のマントを翻す老骨の騎士、灰剛騎士ディスクリードである。
「…クリ爺には敵わねえからなあ?」
青騎士ヘルダインは大袈裟に眉をへの字に曲げへいへいと元の姿勢に戻る。
「まったく…最近の若い者は…。」
「クリだかGスポットだか知らねえがよう!!」
お決まりのいつものお説教を始めようとした灰剛騎士ディスクリードを遮り、七人の一角からイライラと声を上げた者がいる。天を突いて逆立った金髪。着崩れた革鎧。地球で言うところのパンク・バンドのようなメイクを施した一目で解る危険人物、凌緑騎士サラマンダイブである。
「ヤるんだろ!?なあ、なあ、ヤるんだろ!?グッチゃグッチゃの、メッチゃメッチゃにぶちのめしてぶっ潰して、ぶっ殺し尽くしていいんだろなあ!!はやくヤらせろ、ヤらせろ!!ヤらせろってんだよオ!!!」
ハァハァハァと荒い息を吐き、物騒な台詞を涎とともに吐き垂らす凌緑騎士、サラマンダイブ。灰剛騎士ディスクリードの顔が見る見るうちに紅潮していく。騎士とはとても思えぬサラマンダイブの物言いは勿論。「エッチな言葉」を平然と言い放った事も、この老騎士が血圧を上げる原因の1つとなったようだ。
「このたわけが!!今日という今日は貴様なぞ、この儂の手で粛正してくれるわ!そこに直れい!!」
「あぁ!?なんか用か死に損ない!!お前からヤるってかァ?ヤ、ヤ、ヤるってか…ヤるってかァ!?ヤっちゃっていいのかオイ!?アァーン!?」
「おいおいおいおい…クリ爺無理すんな。サラマンダイブもそのへんにしとけ。ヘーカのゴゼンなるぞー?」
「…フン。このクソ脳筋ども。」
「聴こえたぞオカッパゴルァ!!テメーもヤるかァ!?アァー!?」
先程までの荘厳とした雰囲気は一変し、思い思いに怒声を上げ、罵声を浴びせあう七星騎士たち。玉座に座する本来彼らが最上位の敬意を示すべき対象、銀河を美と力で支配する超帝国、美帝国の偉大なる皇帝陛下の存在すら既にスッカリ忘れて騒ぎ続ける彼らを、いよいよ七星騎士筆頭である赤騎士デスカインが諌めようとしたその時。
「ハー!」
七人の一角から、奇声を発した者がいる。場を収めようとしていた赤騎士デスカイン、青騎士ヘルダインの上位騎士二人は勿論のこと。チクチクと嫌味を発する紫勲騎士ヒルカ将軍、掴み合いを始める寸前だった灰剛騎士ディスクリード、凌緑騎士サラマンダイブに至るまで。この場に集う全員の注目が奇声を発した、変な騎士に集まっていく。
「アブナイト。キヅイタアナタガセキニンシャ、ヨシ。」
8月の安全標語を指差呼称で確認しているのは変な騎士。ヤシの木のようなチョンマゲを頭に生やし、ひまわり色のマントを纏い。何故かサンバ衣装のような派手なブラジャーを着け、ハワイアンな腰簑、おまけにはだし。ひまわり色騎士ピッツアマルゲリータ、変な騎士である。一同は何事もなかったかのように元の姿勢に戻る。
「それでは各々方。この件については不肖、暗黒騎士。ダークネス・黒崎にお任せ頂くという事で、宜しいか。」
微風にそよぐ風鈴のような。涼やかな声が礼拝堂の座席を隔てた後方、入り口付近のの扉から上がる。出し抜かれた形となった六人の騎士たちはハッと顔を上げ、暗黒騎士。ダークネス・黒崎と名乗った男を振り仰ぎ見る。漆黒のマントに漆黒の鎧。同じく黒く長く伸びた髪の中から、整った造作の顔立ちが覗く。まるで中世ファンタジーの世界から抜け出てきたかのような美男子。彼こそが七星騎士が最後の一人、暗黒騎士ダークネス・黒崎である。
七星騎士たちの集う祭壇から彼の立つ扉までは大分距離のあるように見えるが。それぞれが銀河を美と力で支配する超帝国、美帝国に名高き腕前を持つ彼らに気づかれぬ間にここまで移動してなお平然としている暗黒騎士ダークネス・黒崎が技量、それだけでも只者では無いことが察せられる。
「おいおい…先に名乗りを上げたのは俺だぜ?獲物の横取りとは頂けねえなあ。」
青騎士ヘルダインが口をヘの字に曲げてみせる。
「やれやれ…貴様のような若輩者が何を先走っておるのやら。返り討ちに遭いベソをかいて帰って来るのが関の山ぞ?ですよなあ、ディスクリード殿。」
クックック、と嫌な笑いを溢しながら。紫勲騎士ヒルカ将軍が媚びるように灰剛騎士ディスクリードに同意を求める。
「黒崎は俺と同期だぜ?オッサン将軍どの。」
ハハン、と肩を竦める青騎士ヘルダイン。自分より上位の序列二位、青騎士ヘルダインの揶揄する言葉には言葉を返せず、オカッパ頭の紫勲騎士ヒルカ将軍はぐぬぬと苦虫を噛み潰す。
「我が剣は疾風。何方にも留め置く事は叶いませぬ、然れば。」
無風の筈の室内に、瞬に轟と、風が吹く。
「待て黒崎、勝手な真似は…!」
灰剛騎士ディスクリードが思わず掛けた言葉の言い終わらぬ間に忽然と、礼拝堂から暗黒騎士ダークネス・黒崎の姿は消え。夏の日の風鈴を揺らすような涼やかな風がただ、入り口の扉を静かに閉じていくのだった。
「(暗黒騎士ダークネス・黒崎。正しく疾き風が如く…か。)」
七星騎士が筆頭。赤騎士デスカインが僅かに微笑む。そんな彼らを銀色の瞳で見下ろしつつ、玉座に座する銀河を美と力で支配する超帝国、美帝国の偉大なる皇帝陛下その御方は。
「(喋らせろよ。)」
ひとり、心の中で呟くのであった。




