第2話 暮しゅうしています。 (2) 店長・こま鳥あきおの災難 ②
一方。
「寒っっっっっむ!!!!」
話題の第1小隊・隊長であるタツミ・ウシトラゥはその頃。白き氷の惑星ペンタゴンの寒風にその肌を吹かれ、ハックセンョと大きなくさめをひとつ。凍る空気にその身体を震わせていた。
朝の駅前広場には好奇心旺盛な鳥人たちが次々と集まり、通勤電車に乗るのもそっちのけでこの見慣れない、やたら布面積の少ないけったいなチアガール衣装に身を包んだ美少女3人組を取り囲み。意外に器用な嘴で丈の短いスカートを引っ張ってみたり、冷気に晒された白い太ももを突っついてみたり。思い思いに実にうらやましけしからん行動をとり続けている。
「やぁッ!!」
悲鳴を上げスカートを押さえ、逃げ惑うハルカ。対照的に黙々と、機械的にビラを配り続ける眼鏡のアキノ。二人の間で隊長であるタツミはというと、朝の冷気に震えつつ。「早く帰りてー」という態度を先程から全身でわかりやすく表現している。
「隊長どのぉ…。」
どういうわけか鳥人たちにすっかり気に入られてしまい、追い掛け回され玩具にされているハルカが、情けない涙声で助けを求めるが。当のタツミは知らんとばかり。
「寒みーの苦手なんだよ、うーぃ、寒ッむ!」
あらぬ方向を向いて呟き、そのよく引き締まった身体を縮める。事実、南国生まれの健康的な褐色の肌を持つ彼女は寒さには弱いのであろうが。おざなりに「はーい、暮しゅうしていまーす。暮しゅうしていまーす。」とビラを配る手つきからは、既にやる気が微塵にも感じられない。
ハルカは今度は同僚であるアキノの方に、助けを求める視線を向けるが。気づいているのかいないのか、眼鏡で巨乳の彼女は「宜しくお願いします。宜しくお願いします。」と鳥人一人一人に頭を下げては馬鹿丁寧に、ふざけた文面のビラを手渡す作業を止めようとしない。
「真面目ですね…。」
呆れ半分に上司のタツミが、何故か丁寧語で声を掛ける。
「配り終わってさえしまえば艦に帰る口実ができますから。」
自慢の眼鏡を冷気に白く曇らせ、表情の読めない顔でアキノは不愛想に応える。眼鏡で巨乳のアキノの配るビラに今度は興味を持ったのか。鳥人たちは行儀良く並び、一人一人順番にビラを受け取っている。彼らは次第に列をなし、既に駅舎近くまで伸びた行列はちょっとしたイベントの様相を呈し始めてきていた。
半裸に近いセクシーチアガール衣装でビラを配る巨乳眼鏡も黒髪美少女と、彼女の前に群れ成して並ぶ鳥人たち。端から見ればなんとも犯罪チックな光景ではあるが。
「宜しくお願いします。宜しくお願いします。」と頭を下げる仕草に応じて覗く胸元。短いスカートと短い上衣が上下に離れて露出する背中。ビラを手渡す動きで開く脇。なんともデンジャラスなアキノの動きはそれとは逆に、常に不思議な気品を纏っており。いやらしさと美しさがギリギリのところでせめぎあう絶微妙なバランスを保ち、すんでのところで芸術的表現の域に収まっている。
鳥人たちに相変わらず無防備な若干太めの脚をつつかれながら。ハルカはそんな同僚のエロマンティックな姿にポーッと魅入られてしまい、何故だか高まる胸の鼓動を抑えきれない。
「…何か?」
訝しげな顔で睨み返してくるアキノの声に、我に返ったハルカは慌てて視線を逸らす。
「(ツバサちゃんがあんなヘンな事言うから…!!なんだか意識しちゃうよぉ…!)」
バツが悪そうにそっぽを向いたハルカは、頭に焼き付くアキノのあられもない姿を消し去るようにぶんぶんと頭を振り、わざとらしく「お願いします、お願いします。」と大声を上げ、ビラ配りの単純作業に集中しようと努力する。
「(…なに赤くなってんだコイツ。)」
そんなハルカを眺めるタツミが、ハックセンョと何回目かの、遠慮ない大きなくさめを吐いた。
郊外の駅から都心に向かう通勤電車に今朝も揺られ。廻恵生が思うことはいつもと同じ。
「仕事行きたくないなあ。」
たいして興味も惹かれない電車の中吊り広告に目を遣りつつ、何回目かのそれを呟く。
思えば彼女の今までの人生。あたかも今のこの状況に同じく、何かやりたいことがあるわけでもなく、何か楽しいことのあるわけでもなく。やりたくないことからも逃げ出せないまま、結局はいつも「やるしかないこと」という結果に向かい、流されるままに生きてきた。やりたくない、やりたくないと、心の内では呟いていても、それを行動に移すことはせず。いつの間にか「やりたくないこと」はいつも「やるしかないこと」にすり替わり、それを続けることで過ぎていく日々。幼い頃からそうだった。
そんな自分の人生を、それでも変えてみようと思ったのが18歳。高校3年の夏である。卒業後の進路を決めるという「やりたくないこと」がいつの間にか「やるしかないこと」に変わって、いよいよ決断を迫られていた頃。偶然見かけたのがペンタゴン星間大学の募集要項。地球からはるけき宇宙のまた彼方、人類が初めて出会った地球外知的生命体の住む氷の惑星。宇宙時代を切り拓いた、人類の新たなフロンティアの第一歩を刻んだ白く美しい星。そこで具体的に何をやりたい、何を目指してそこに行きたい、そんな希望はなに一つなかったものの。ここに行けば何かが変わる、流されるまま生きてきた、自分に転機が訪れる。根拠もなしにそう信じ込んで、胸を焦がして心惹かれた。
その結果。
特に学びたい目的があって入ったわけではない大学での生活は、別段興味を惹かれるものもなく。何かやりたいことがあるわけでもなく、何か楽しいことのあるわけでもなく。場所と境遇を大きく変えても、そんな自分の人生は同じ。夢の大学生活はいつしか「やりたくないこと」に変わっていき、「大学行きたくないなあ。」そうぼやきつつ電車に揺られ、「やるしかないこと」をこなしていく日々。そうしている間に時だけは過ぎ、大学を無事卒業した今になっても毎朝同じ電車に揺られ、同じくぼやき続ける自分。自分は死ぬまでこうなのではないか、そういった焦りが半分、諦めが半分に混じった気持ちが。溜息を吐いて空になった胸を空気の替わりに充たしていく。
なんとはなしに、廻恵生は車内を見渡す。狭い車内に行儀よく並んだ、背の低い人鳥…鳥人の群れ。地球人よりはるかに進んだ科学技術を持つ彼らは、本来は通勤電車に毎朝乗るという習慣を持っていなかったが。好奇心旺盛な彼らは入植してきた地球人の持ち込んだ、不思議な細長い乗り物に興味を持ち。長い時の流れた今でも、面白がって乗り続けている。
朝のラッシュアワーにおいてさえ、なにかとせわしい地球人と異なり。席を奪い合うこともせず、無駄に押し合うこともせず、整然と背筋を伸ばして同じ方向を向いて立っている彼らの姿は本質的に、自分たちとは異なる生き物なのだと彼女は思う。高い倫理観と集団意識を持ち、争う事を知らない彼らは。それ故に、惑星外からきた彼女にとっては入り込めない、高い壁のある集団にその眼には映った。
ペンタゴン星の第一都市、オハコンバンシティ。学生時代と変わらない、都心の駅に降りた彼女は。常日頃乗客でごった返しているはずのホームの、閑散とした様子に足を止める。
「(電車止まってるのかな…、事故?)」
首を捻りつつ改札を出れば、駅前広場に伸びる行列。わさわさと集まる鳥人たちの、文字通り黒山の人だかり。
「(なんだろう…?)」
不思議に思いながらも、「やりたくないこと」「やるしかないこと」の待つ職場へ、流されるまま彼女の足は向かっていく。この惑星に来てから、否もとい。彼女のこの世に産まれてから一度もなかった、「いつもとは違う」朝の光景。何かの変わる前触れは、無自覚の内に廻恵生の人生に。足音もなく訪れていた。
「やあ。メグリちゃん。おはよう。お疲れ様。」
疲れた顔…というよりは。憔悴しきった顔の店長が今日も彼女を出迎える。血走った目を縁取る隈、べったりと頭に張り付いた天然パーマの入った髪。全体的に見ればやや肥満気味の体に対し、何故だかそこだけ痩せこけた頬。世紀末的な外見に対し、明るいパステルカラーの制服と。胸に光る「店長・こま鳥あきお」と書かれた名札が、逆に彼の置かれている悲惨な境遇を表しているようにさえ感じる。
ペンタゴン星にただ一軒だけ存在するコンビニエンスストア・ヘブンダイブン。ヘブンにだいぶん近い状態の店長のおられるここが、廻恵生の職場である。いつも通り、いつもの時間。夜勤に疲れた店長に替わり、これから彼女がレジを務める。
学生時代、週に2日、3時間の約束で始めたアルバイトが次第次第に3日、4日とシフトを増やし、週5日になったのが大学3年生の夏。ぼちぼちで3年前の夏に同じく、卒業後の進路を考える事が「やるしかないこと」になりつつあったところに先手を打たれた。
「メグリちゃん、来年もう4年生だよね?卒業後の進路とかもう決まった?」と。
血走った眼でにこやかに語りかけてくる店長に、「嫌です。」「ていうか、廻は名字です。」と冷たく断るタイミングを逃し。店長に薦められるまま、卒業後はパートタイムのアルバイトからフルタイムに変わり。週6日のシフトとなった現在では、店長と2人でこの店を切り盛りしている。
勤め始めた頃は明るく朗らかだった店長が、次第次第に荒んでいき。制服を豊かに盛り上げる彼女のバストを時折餓えたケモノの様な鋭い瞳で睨むようになっても。それでも辞めずに今まで来たのは、「何かが変わるかもしれない。」そう儚い希望を抱き、単身この惑星に店を開いたと語る店長の、その境遇に共感するものを感じていたから。そして。なにより彼女は人生において、「やりたくないこと」は「やるしかないこと」に、いつの間にか置き換わっていることを、誰よりよく知っていたからである。
氷の白き惑星、ペンタゴン。地球人よりはるかに高度な科学技術を持つ鳥人たちにとって、元来コンビニエンスストアとは実はそこまで必要な施設ではない。しかし好奇心旺盛な彼らは地球人の始めた見慣れない店舗に非常に高い関心を持ち、開店して数年の経過した今でも、面白がって買い物に来る。
一人が何か違うことを始めると全員がそれに倣うという困った彼らの本能的な習性が、幸いしたのか災いしたのか。この惑星唯一のコンビニエンスストアであるヘブンダイブンはアルバイト従業員一人の給料を十二分に払える程度には繁盛しており、二人しかいない店員はそれなりに忙しく働いていたが。地球の本社から課されるノルマは年々容赦なく吊り上がっていき、それに応じて店長の外見も、明らかにそれとわかるくらいに草臥れ果てていった。
当然その過程で現住生物であるペンタゴン星人を店員に雇う案も試みられたのだが、困ったことに彼らをレジに立たせると、客まで一緒にレジ打ちを始めてしまう。レジ打ちのためにレジに並ぶ鳥人たちの姿は店長の心を絶望に砕くには十分すぎる光景であった。
「いやあ、本当助かるよ。メグリちゃんがいなかったらこのお店、とっくに回らなくなっちゃってるもんなあ。」
血走った眼で彼女の胸を凝視しつつ、店長はいつもの世辞を述べる。店長の生活空間である店のバックヤードへ引っ込んでいく丸い背中を見送りながら。今日もいつもと変わらぬ1日の過ぎていくことに、廻恵生は溜息を吐いた。




