第2話 暮しゅうしています。 (2) 店長 ・こま鳥あきおの災難 ①
3行でわかるあらすじ。
「…結局。何と戦うんです?」
「ああ。ドイツの生んだ悪魔の科学者、スゴイ=デカマラー教授。この己様の…たった1人の父親だ。」
「ペンギンしかいねえ…。」
朝。携帯端末のアラームで目を覚まし。血圧の上がらないボンワリとした頭で、「んー」と真っ先に考えることは、いつも同じ。
「仕事いきたくないなあ。」
次に考えるのは、「もう少し寝てたいなあ。」朝、目が覚めてしばらくは、この2つだけが頭を廻る。
「仕事いきたくないなあ。」「もう少し寝てたいなあ。」ぶつぶつと声に出して呟きながら。寝ているわけにもいかないので、起きるそぶりでまた眠る。
5分間の余裕をみて設定されているアラーム。それを無視して5分後に起きるようになったのは、いったいいつからだったろう。
そもそも最初はさらに5分間の、余裕をみていたのではなかったか。近頃は逆に、5分後のさらに5分後にようやく起きる、それが習慣になりつつある。
「この星に夜明けが来なければいいのに。」
そう思えるほど若くもなく、人生に悲観しているわけでもなく。
「むしろ目覚めなければ良かったのに。」
そう思っても、目覚めた以上は起きねばならず。
ただ、繰り返す毎日に厭いているだけ。かといって。何かを変える勇気のあるわけでもなく。寝惚けた眼で携帯端末の画面を覗き、とりあえず充電が完了している事実に安堵する。
5分毎に繰り返すアラーム。5分前、起床時刻ジャストナウ、5分後。無駄に3度鳴らす労力を今朝も携帯端末さんに申し訳ないと思いつつ。積極的にアラームの設定時刻を変える程人生に対して前向きでもなく。己が人生を軽くあきらめ、仕方なく起きてシャワーを浴びる。
血圧の上がらないボンワリとした頭を叩く、微妙にぬるいシャワーの雨音。この、白い惑星の気候がそうさせるのか、はたまた単に安アパートの水回りが悪いのか。シャワーの温度はいつでもぬるい。
火傷するような。赤く燃ゆる危険な熱さもなく。
風邪をひくような。青に凍てつく冷たさもなく。
中途半端に安全な雨が、セミロングのブラウンの髪、滑らかに覗く白いうなじ、大きく膨らむ双胸の隆起。全身を軽く叩き続ける。
意味もなく。ぬるま湯の雨のなかで立ち尽くす時間、人生でおそらくいちばん無駄な時間に考えることは、いつも同じ。
「仕事いきたくないなあ。」
何度めかのそれを呟いて。廻萌生のその日の朝は、特に新しい事が始まるという予感もなく。何かが変わるというような気配もなく。ただ、いつもの通りに始まった。
「やあシホちん。おはようございます、おはやいですね。昨晩はお楽しみでありましたなあ。」
白い氷の浮島に囲まれ、港に浮かぶ黒い巨山。外宇宙探査艦プレジデント・オバマ、その戦橋。珍しく早起きの幼女艦長・ツバサが、モーニングのコーヒーを片手に艦長席にふんぞり返り。エレベーターで昇ってきた金髪碧眼ボインの美女、アールグレイ・シホンティを出迎える。
ツバサの言葉には例によってたいした意味なぞ在りはしないが。この真面目な艦長代理は自分が過労に倒れて知らぬ間に、オバマが停泊していたことに若干の気後れを感じているのか。
「すいません…。」と言葉少なに謝意を述べ、制帽の庇をグイと引き下げる。その庇に隠れた額には、「冷え冷えシート」が横一文字にベッタリと貼り付けられている。
「イイってことよ。己様とシホちんの仲じゃねーの。」
カンラカンラとツバサが笑う。そもそも、シホが倒れた原因の8割以上はこのツバサにあるのであるが。そんなことはもう忘れたのか、元より気にしていないのか。モーニングのコーヒーを口に含むと、「うーん、ガンダム。」なぞとのたまい、艦載モニターの流す本日の運勢に「あ、己様大吉だ。」と、実にいい気なものである。
「どーせペンギンどもの補給作業が終わるまで、己様たち上流階級はたいしてやることもねえですし?なんならシホちんももうちょいゆっくり、休んでてくれても良いのぞよ?良いのぞよ?己様とここでゆっくりマッタリ、こころゆくまでモーニングのコーヒーブレイク。もとい、モーニングのお紅茶タイムを楽しみませう。アールグレイ・シホン・ティー。言ってみただけ。おいヒゲ、シホちんにお紅茶もってこい、リバプールのやつな。20秒以内。」
ザッハッハッハッハ。肩を竦めたアメリカンジェスチャーで笑いつつ、ツバサは有無を言わせぬ勢いで話を進める。これが巨乳眼鏡のアキノであれば、自慢の眼鏡を知性の光で輝かせ。逐一容赦なく口を挟んでお断りするという初志を貫徹するところであるが。
この真面目な艦長代理はことのほか、ツバサに対してだけは強く出られないところがあるようで。要所要所で遠慮しようとその美しい薔薇の花弁のような唇を開きかけるが、断るタイミングを掴めずにまた、黙ってその美しい薔薇の花弁のような唇を閉じる。そうこうしている間にカラカラカラと、ティーセットのワゴンを押してダンディーなイソジニール少佐が戦橋に姿をみせてしまった。シホは状況的に、完全にこのツバサの作った強引な流れから抜け出す事ができなくなってしまう。
「オゥ、ヒゲ。早かったな。ご苦労。」
ツバサは本日の運勢が大吉であったためか。今朝はそこそこ機嫌がいいらしく、ノリでリバプールまでパシらされた可哀想なイソジニール少佐へ珍しく労いの言葉を掛けている。
煮ても焼いても食えなそうな少佐が素直にこのペンタゴン星からはるけき宇宙の彼方、太陽系第三惑星地球はイングランドのリバプールまで行ってきたとは、とても考えられない事ではあるが。
この戦橋に昇ってくるための唯一の手段であるエレベーターがまるで動いた気配のないうちに、この場に少佐の居る不自然。果たしてツバサはそこに気づいているのだろうか。
「お待たせ致しました。アールグレイ・シホン・ティーでございます。」
ダンディなイソジニール少佐は淡々と、そつのない手つきで紅茶茶碗にお紅茶を注ぐ。国際太陽系外宇宙探査機構の制服をビッシと着こなした少佐はこのテの所作が非常に様になっており、教養と身分の高さをそこはかとなく感じさせる。
「あ!す、すいません!私やります!」
オホーツク軍少佐にして国際太陽系外宇宙探査機構の監査役という、このオバマの乗員の中でもけっこう偉い人であるところのイソジニール少佐が茶坊主に甘んじている理不尽な姿に、ツバサは慌てて駆け寄ろうとする。一歩ごとに胸の左右の膨らみが交互に大きくバウンドし、少佐が眩しそうに眼を細くする。
「いーからシホちんは座って座って、病み上がりなんだからサ?」
ツバサは軽くウィンクし、向かいのソファーをシホに薦める。オバマの戦橋中央、コントロールエリア。戦闘時はツバサとシホ、ふたりの座席である艦長席と指揮官席、2階建ての2つのシートがウィーンと生えてくる例のスペースであるが。平時は替わりに艦長席と、簡素な応接セットが設置されている。
周囲をいかにもなモニターやボタン、レバーなど、SFチックなガジェットに囲まれた真ん中に置かれた応接セット。丸テーブルの上にティーポット、湯気を立てる紅茶茶碗。どこか貴族然としたノーブルな物腰のシホが座っていることもあって、まるでそこだけが中世の世界から切り取られ、時代に取り残された空間であるかのような錯覚を与える。
「いつもうるせー第1小隊も、今は外出てていねーからよ。久々に女子二人っきりでのんびりしようじゃないの。というワケなのでヒゲは消えろ。」
丸テーブルに頬杖を突き。上目遣いにシホを見上げるツバサは、なにやら嬉しそうに先ほどからニヤニヤしている。さりげなく酷い扱いをされている少佐が非常に不憫である。
「は、はぁ…。」
上官であるツバサの薦め、無下に断ることもできないシホは、戸惑いつつも紅茶茶碗に手を伸ばすが。ふと気づいたようにその手を止め、向かい合うツバサへと問いかける。
「第1小隊…いったい、どこに行かれたんですか?」
シホの疑問はもっともである。オバマのコントロールシステム、その中核を成す5号機の搭乗者であるシホが倒れていたこの状況。4号機を残しているとはいえ、身動きもままならない母艦をほったらかして戦力の要の第1小隊が揃って艦を離れるなど、普通ならば考えられない事だからだ。まして、彼女たち国際太陽系外宇宙探査機構の当面の敵はまさしく神出鬼没。今この瞬間に突然の襲撃を受けることさえ、十二分にあり得る状況なのだ。シホの大きく膨らんだその胸のうちに、猛烈に嫌な予感が込み上げてくる。
「あぁ…イヤ、さァ、ちょっち。補給に寄ったついでに、こう…ブリッジクルー?的なものを集めてみようかなー、なんて。ほら、内気で地味だけどさりげなくボインのオペレーターちゃんとか…的なテキサス。」
しまったー、という顔でしどろもどろに説明をするツバサ。その口から紡がれる言葉のひとつひとつが耳に入る毎に、目の前に座すシホの怒りのボルテージが上昇していく。どうもシホの地雷を踏んだらしい事を察知したツバサは、爆発させないよう言葉を選びつつ、そーっと地雷の上から足を外そうという無駄な努力を試みるが。ピクピキと痙攣するシホのこめかみを見て早々に諦めたらしく、逃げの一手を打つに至る。
「…って。そこのヒゲに命令されてやりました。」
「艦長ッッッッ!!」
シホがその胸を大きく揺らし、勢いよく立ち上がる。お紅茶セットがガシャンと硬質の音を立てたのは彼女が丸テーブルを両手で叩いたからであり、揺れる乳房が当たった訳ではない。
「必要ありません!!この艦に…ブリッジクルーなんて…!!」
透き通るように色の白い頬を紅潮させ、シホが珍しく声を荒らげる。第1小隊を外出させたのは確かに不用意ではあったが、いつものシホであれば「もぅっ!」と頬を膨らませて終わりになる場面。ここまで食ってかかるのは何か、彼女の側に譲れない、特段の理由があるという事である。ツバサとイソジニール少佐、この艦の責任者二人は「むぅ」という顔で艦長代理であるシホに向かい合う。
「なァ…シホちん。この艦は確かに、シホちん1人いれば動かせる、そーいうふざけたシステムの艦だ。普通の艦で言うところの、ブリッジクルー?なんざ要らねえ、必要ねえ。シホちんがそう言うならそれが正しいんだろうし、実際そうなんだろうさ?でもさぁ。1人でなんでも出来るっていうのと、1人で出来るからってなんでもかんでも1人で背負い込むってのは…似てるようでけっこう違うと、己様そう思うンだ?なぁ。」
ツバサは幼い子供を宥めるような口調でシホに語りかける。促されるようにソファに座り直すシホ。丸テーブルを挟んで、ふざけた身なりの必要以上にロリロリしい幼女艦長と金髪グラマーな妙齢の美女。見た目の上では間違いなく児童と成人の二人であるが。彼女らは時おり、このようにどちらが大人でどちらが子どもなのか。あたかも外見上の年齢が逆転しているかのような関係性を見せる事がある。シホはまるで駄々をこねるように、納得いかないという表情を未だツバサに見せ続けている。
「シホちんさ。世の中には、出来る奴と出来ない奴ってのがいてさ。ま、己様とか、そこのヒゲとか。シホちんとかはその、出来る側の人間なワケよ。出来る奴ってのは基本的になんでも1人で出来ちまうから、人の助けを必要としない。無駄なものは無駄なものとして、さっくりあっさり切り捨てちまう。でもさぁ。それがもし本当に正しいンなら世の中、とっくに出来る奴ばかりになって、無駄なことなんか何一つない世界になってるはずだよね?ところがどうよ。実際世の中は1人じゃなんにも出来ないアホどもが当たり前のようなつらして生きてるし、無駄なこととか、どうでもいいことに満ち溢れているだろ。なんでだと思う?」
なんでだと思う?と首を傾げ。ツバサはジッとシホを見つめる。シホに答える言葉はないが。その様子はまるで、母親に咎められる娘のように、バツの悪い落ち着かない様子である。
「必要だからだよ。己様たち、出来る人間の側からみれば、なんでそんなことをしたがるのか意味がわからない、まったく無意味に思えることでも。それが必要だからこそ、世の中に胃までものこってやがるんだ。出来る側の人間がこんなものは無意味だ、必要ないんだと何度も何度も、切り捨てようとしたにも関わらず、な。いいかシホちん。出来る側の人間ってやつは実際、1人でなんでもかんでも出来ちまう。でもな。どんなに出来る奴だって、1人で出来る事には必ず限界ってモンが訪れるんだ。無駄だと思って切り捨てていたものが、巡り巡って助けになることだってある。世の中あんがい丸く出来てるんだぜ?だから。なんでもかんでもテメー1人で、ブッ倒れるまで背負い込もうとするなんてのは今後は止めろ。艦長命令な、コレ。」
若干厳しさを加えた口調でツバサはシホに言い切って見せる。これだけ聴いている分にはとても良いことを言っているようだが。そのシホが過労で倒れた原因を作ったのはそもそも、ツバサがノリで発した命令ではなかっただろうか。素直なシホはそこに気づかず、シュンとしょげかえって俯いている。
「…あぁ、悪ぃ。なんか、厳しいこと言っちまったけどさァ。詰まるところ己様、シホちんのことがけっこう心配なんよ。真面目過ぎるトコあるからさあ、シホちん。艦長の己様が休めと言ってるんだから、休めるときはちゃんと休もうぜ?さ、さ、気にせず飲みなよそれ。冷めるよ?」
普段の軽い口調に戻ったツバサは今度はしきりにお紅茶を薦める。
「は、はぁ…。」
シホは戸惑いを見せながらも、今度は紅茶茶碗をその口に運ぶ。
「…しかし、ブリッジクルー…。この惑星で、見つかるものなのでしょうか…。」
口に含んだお紅茶の余韻を味わいつつ。シホは素直な疑問を声に出す。なるほどこのペンタゴン星。鳥人で溢れるこの星で、ツバサの求める人員が確保出来るとは考え難い。
「だからさ。そこだよ、そこ。」
ツバサはいかにもシホらしい問いに、困ったような苦笑を見せる。
「言ったろ?無駄な事を無駄だと切り捨ててるだけじゃ、いつか必ず限界がくる。見つかんなきゃ見つかんないで別にいいんだよ、ぶっちゃけ、もともと必要ねーわけだしな。大切なのは結成されたばかりの第1小隊が、一見不可能に思える無茶な任務に直面した時。何を考え、部隊としてどう動くのか?ソコんところを己様は見たいんだ。別に無茶振りされて困る新人を見て楽しもうという趣向ではないんだぞ。楽しみじゃないか、第1小隊がどんな答えを出し、何を得て戻ってくるのか。そういう経験のひとつひとつが、巡り巡って彼らの力にだねえ…。」
ツバサは長々くどくどと、もっともらしい言葉を並べ続けるが。その言葉の端々から、どうも本音が見え隠れしているような気がするのは気のせいだろうか。向かい合うシホは真面目な顔で聴いてはいるが、若干釈然としない表情なのも無理からぬことであろう。
「…わかりました。ブリッジクルーの件は了承致します。それで、その…さっきから気になっているんですが。なんで艦長はチアガールの服を着てるんですか?」
小一時間続いたツバサの説教の後。ようやく折れたシホが今朝一番に思った疑問を口に出す。真面目くさって艦長席に座っているツバサは、何故か肌もあらわなセクシーチアガールルックである。
「…シホちんの分もあるよ?」
「着ません!!」
思わず再び立ち上がるシホ。が、どうした訳か。ぐらりと身体のバランスを崩し、その場にどうと倒れてしまう。
「おや…お紅茶のつもりが、間違えて強めのブランデーを淹れてしまったようですなあ。」
「…ったく。病み上がりは大人しく寝てろっつーのな。」
ぐったりとノビたシホの前で。
ツバサとイソジニール少佐。
この艦の責任者二人がニヤリと笑った。




