第2話 暮しゅうしています。 (1) ファースト・ステップ ②
「…結局。何と戦うんです?」
一同の視線が口を開いたアキノに集まる。そもそも何の話をしていたのか。スッカリわからなくなっていた一同は、この聡明な眼鏡美少女の一言により、「おぉ」と本来の目的をようやく思い出した。非常にグッジョブであり、しかも巨乳だ。
「…デカマラー教授が天才的だったのはその革新的な理論の中で、宇宙の時間・空間の概念、位置関係の捉え方のみならず。もっともっと包括的に物事を捉える視点を持っていらした事だ。」
ツバサはアキノの質問には答えず。フフンと笑って先程からの話を進める。
「我々が俗に言う地獄・極楽、そういう死後の世界であるとか。最近流行りのトラックに跳ねられると転生できちゃう異世界であるとか、異次元であるとか。はたまた、平行世界とかいう類いのもの。更には過去の世界、未来の世界に到るまで。そういった我々がボンワリと心の内に認識し、なんとなく『あるんじゃないのかな?』と共有の無意識のうちにその存在を感じているもの。それらの正体こそが、極めて薄いアパートの壁。それを隔ててすぐ隣に存在している『他の宇宙』、『他の世界』。それなんじゃないかとデカマラー教授は考えた。だが、折り悪く時は19世紀。旧来の宗教的倫理観がまだまだ根強く残る一方で、産業革命による科学万能主義、人類至上主義による超自然的、非科学的なるものの徹底的な排除が既に始まっていた、人類が最も窮屈な考え方を強いられていた時代。教授の理論はあまりにも自由奔放すぎ、衝撃的すぎ、荒唐無稽にすぎた。当然の如く教授は学会や宗教団体、時の施政者、権力者、PTAの皆さん。とにかく各方面から批判を浴び、徹底的に否定された。『この陸蒸気の走る時代にそんな、非科学的な!』『神の教えに反している!聖書にはそんなこと書いていないぞ!』『言うに事欠いてハゲとはなんだ、許さん!だいたい貴様もハゲてるじゃないか!!』『なにがスゴイ=デカマラーざますこの猥褻物野郎!教育に良くないざます!改名するざます!!』『あんまり薄い壁とか安いアパートとか言うな!怒られたらどうするんだ!!』『ええい文字数の無駄だ!やめろ!やめろ!!』…と、まあ。こんな感じにデカマラー教授はフルでボッコのみっくみくに叩かれまして。哀れ教授は頭のおかしい人として、歴史の闇に葬り去られた。」
ツバサは意味ありげに視線を落とし、演出上のタメを作る。ペン太くんがポッチとボタンを押し、次の画面へと切り替える。
パパパパーン!大音響で鳴り響くファンファーレ。タツミ、ハルカ、アキノ。何故かツバサまで、画面の前に集まった一同はビックと肩をすくませる。
「しかぁーし!タイム・ハズ・カム!時は21世紀、月面の裏側の遺跡から発掘された謎の円環遺物、『π』。その無限とも言えるエネルギー源を得たことで、人類の歴史は新たなる一歩を踏み出し。壮大な宇宙開発時代に突入していく事になる!」
ツバサがバァンと平手で画面を叩く。画面に次々と映し出されていく宇宙開発時代の映像。鳴り続ける軽快な行進曲。
「早ぇー話、発見かっちまったんだよ!教授の言っていた、それまでの地球人が不可能だと思い込んじまってた…薄いアパートの壁を突破できる、その方法がなァ!!」
ツバサは異様なハイテンションで憑かれたように捲し立てる。その迫力にはさすがのアキノも口を挟むことができず、息を飲んでその胸を膨らませている。
「学会、財界、法曹界。『π』の発見により世の中はそりゃもう、360度ひっくり返って元通りになるくらいの大騒ぎとなった。そりゃそうだ!200年も前に頭のおかしい教授の妄想だと否定され尽くされた理論が、まさかの大正解。逆転満塁ホームランがピッチャーの股間に直撃してスリーアウト、ストラックバッターアゥ!ゲームセット!したようなモンじゃねーか、ごめんなさいしたのかお前ら!?ゴールデンボールにボール直撃させて、すいまインノウ…なんでもない!とにかく!失意のまま死んでいったデカマラー教授は200年の永きを経てようやくその理論の正しさを認められ、人類科学史上の偉人として、ようやくその権威と名声を取り戻した。取り戻したんだ…。」
ツバサの頬をスゥと、一筋の涙が流れる。
「認められたんだ。ようやく、ようやく。ようやく認められたんだ…。」
えぐっ、えぐっ、と肩を震わせ、その言葉を繰り返すツバサ。その様子から「何か」を察したハルカが、そっとツバサの肩に手をかける。
「艦長…。その、デカマラー教授って…ひょっとして…。」
おバカな名前を口にする美少女女子高生。しかし、その表情は大真面目だ。
「ああ。ドイツの生んだ悪魔の科学者、スゴイ=デカマラー教授。この己様の…たった1人の父親だ。」
鎮と静まり返る艦内。しんみりとした空気が一同を包む。タツミが気まずそうに視線を逸らし、ハルカは無意識のうちに震えるツバサを抱き締めていた。
「…その科学者は、200年前の人じゃなかったんですか?」
「てへぺろ。」
アキノの冷静な一言。ツバサはハルカの胸に押し当てていた顔を上げ、ニヤーと悪い笑みを浮かべた。
「…それで、結局。何と戦うんです?」
アキノが眼鏡を白く光らせる。この質問は既に3度目であり。さすがに集まったメンバーにも、いい加減にしろよという空気が流れてきている。
「おk,おk。まあそう急かすな巨乳眼鏡。おいおい話すからよ?人間、寛容の心が大切ぞよ?」
そんな空気なぞ知ったことかと言わんばかり。ぞよ?と首を傾げるツバサ。巨乳眼鏡呼ばわりされたアキノは、納得いかなげにむぅと眉をしかめる。その隣に同じ顔で並ぶハルカとタツミ。この謎多き幼女艦長は実に順調に、彼女の部下である美少女たちを敵に回しつつある。
「そんなこんなで地球人類は華々しい宇宙開拓の時代を迎え、太陽系外宇宙という新たなフロンティアへと進出していったワケだ。それまでの限界を超えた隣にいたのはペンギンだの、タコだの。ふざけた外見をした連中ではあったが。幸いなことに地球人類よりよっぽど進んだ科学文明と社会構造を持った異星人は、ひょっこり屋根裏、壁の中から顔を出してきた隣人を、同じ安アパートの住人として暖かく迎え容れてくれた。『渡る世間にお兄ちゃん。』いつの世も、たとえ太陽系ぶっちぎった外宇宙においても、妹属性の力は絶対だということだな。このロリコン野郎。」
ツバサは意味もなく教授・リーの脛を蹴る。人間大のタコである彼の触手に脛という部分があるのであろうか?それはわからないが。艦内にまた1人、ツバサの敵が生まれた事は間違いないようだ。
「しかしだがbut。世の中はそんなに甘くないし、この宇宙はピーターパンが空飛ぶネバーランドじゃあなかった。なめくじアパートの同じ屋根の下に住んでるからって、みんながみんな、仲良くおはようございますと挨拶を交わして生活できるワケじゃねえ。こっちの挨拶をガン無視するヤツもいるし、夜中にトイレに起きただけでうるせえぞ!と壁をドンドンやる奴もいる。まして、勝手に壁やら天井やらブチ破って、若いふたりが毎晩毎晩、にゃんにゃんチュッチュとおっぱじめたら。自分の部屋を勝手気ままに、ウロウロちょろちょろ歩かれたら。そりゃまあ、いい気分じゃない奴だっているワケだ。わかるよな?」
一同を見渡すツバサ。その眼差しからは先程までのふざけた雰囲気が消え、話がいよいよ本題。ここに集められた自分たちが、この艦が。「何と戦う」のか、その核心に触れることを伝えている。緊張した空気が走る。
「そういった、同じアパートに住む神経質なうるせぇ隣人。それこそが、先日から地球人にちょっかい出していやがるふざけた連中、OMNKOの戦う相手、その正体だ。先にちょっかい出したのは地球人類だとか、とりあえずごめんなさいした方がいいんじゃないか、とか。そんな理屈は何も知らねえ、聴こえねえ。連中は実際に地球を攻撃してきやがったし、現実問題として地球と連中は既に交戦状態にある。その事になんの違いもありゃしねえ。ヤられたくなきゃ、ヤるしかねえんだ。わかるか?戦争なんだよ、戦争。おっぱじまってんだ!既にな!」
再び。ツバサがバァンと画面を叩く。息を飲む一同。嫌が応にも今この状況、個人の意見や感情が考慮されるものではないと理解せざるを得ない。
「この艦の任務は強襲独立遊撃…よーするに、鉄砲玉だ。敵地のド真ん中に突っ込んでって、なるたけド派手に暴れて、敵の戦線引っ掻きまわして。地球側の準備が整うまでの時間稼ぎと、後発でやって来る本隊の為の露払い。ま、ひらたく言えば、死んでこい、って事だ。むろん己様に死ぬ気はねえがな。」
クックックックック。ツバサは実に楽しそうに笑う。愕然とした表情のハルカ。彼女には正直、ツバサの話は3割程しか伝わっていないが。それでも、自分がとんでもない状況へ足を踏み入れてしまったということは理解できている。
「…雇用契約書には、そのような業務内容は記されていませんでしたが。」
眼鏡を白く光らせるアキノ。うんうんうんと、ハルカが首を上下し同様に抗議の意思を示す。
「わざと書きませんでしたが。何か?」
フフン。不敵に嗤って見せるツバサ。こうもはっきり開き直られては、アキノにも返す言葉はない。ギッと眼鏡の奥の瞳で睨みつけるのみである。
「まー、なんだ。このへんの事情はもうちょい、ゆっくり。半年くらいの研修を設けて説明してくつもりだったのよ。だが。予想以上にヤッコさんたちが早い段階で攻めてきちまった、てーのと。予定外に早くこの艦が、太陽系外に飛び出しちまった、てー想定外が重なってだな?いきなり酷な現実を突き付ける羽目になって、新人の意思の確認も取れず、有無を言わせぬ状況になった。その事についてはカワイソーだと同情はしてるし、悪い事をしたかなぁ、と多少の良心の呵責も感じちゃぁいる。だが。だからってこの、現実に亜光速で太陽系の端っこスッとんでる状況。どうしようもねえべ?もう、降りられねえんだよ。望む、望まないに関わらず。paiに乗っちまったあの日あの時あの瞬間に、お前らの人生はその道を選んだ。やるしかねえんだ、覚悟決めろ。」
ツバサは冷たく背中を向ける。すがるような眼をタツミ、続いてイソジニール少佐、教授・リーにも向けるハルカ。だがその誰もが、すまなそうに首を振るだけである。
「そんな…。」
ハルカが呟く消えそうな声、それを最後に。賑やかだった戦橋は、重い沈黙に包まれていった。




