第2話 暮しゅうしています。 (1) ファースト・ステップ ①
3行でわかるあらすじ。
「…paiの製造をメインに請け負っている日本のAKINO重工。会長の秋野名月は私の祖父です。」
「引いて!押す!引いて!押す!」
「メインブースター点火ァ!プレジデント・オバマ、発…ッ、進ッ!!」
宇宙の旅は続く。
昇降機の両扉が開き、外宇宙探査艦プレジデント・オバマ。その戦橋、管制室にハルカが姿を現す。画面を背にツバサ、イソジニール少佐。向かい合う形のタツミ、アキノ、ゴリラ。教授・リーと機関長のペン太くんの姿も見える。プレジデント・オバマの乗組員、その主だった面々が既に集合していた。
「戻りました…。」
一斉に振り返った一同の視線を受け、若干気まずそうにハルカは言う。
「あぁ、気にしなくて良いですよ、遅刻じゃありませんから。我々は既に12分ほど待ちましたが。」
ニコニコと笑う銀髪のダンディ。イソジニール少佐が懐からじゃらりと懐中時計を取り出してみせる。
「オゥ。実家と連絡ついたかぁー?」
少佐のいつもの嫌味を遮るように、タツミが気さくに声をかけた。
「あ、はい!さすがに宇宙行ってくる、って言ったらお母さん、声が裏返ってましたけど…。」
「お母さん」との光線電話のやり取りを思い出し、僅かに苦笑を浮かべるハルカ。相手が「隊長どの」であることにハッと気がつき、ビッシィー!と「きをつけ」をする。
「…で、あります!!」
軍人口調で言い直すハルカの前で、昇降機の両扉がウィーンと閉まる。
「…いいから早く降りろ。」
そのまま階下に降りていく昇降機を前に、タツミはあちゃー、と頭を抱えた。
「…アキノさんは、ご実家の方に連絡は済んだのですか?」
ニコニコと穏やかな声で訪ねるイソジニール少佐。その声色とは逆に、細めた目の中の銀色の瞳は冷たい眼光を放っており。これが何か意図するところのある質問であることをそれとなく窺わせ、隣に立つツバサが面白くなさそうに軽く舌打ちする。
「…AKINO重工はすべて把握していますので。」
少佐の意図を知ってか知らずか。アキノはいつも通り、眼鏡を光らせ素っ気なく答えるが。そのタイミングで昇降機の両扉がウィーンと開き、「…すいません…。」と気まずそうなハルカが顔を見せる。話の流れはそこで打ち切られた。
「…と、言うわけで、だ。」
主要メンバーの全員が揃い、ツバサが状況の説明を始める。
「前回、ノリで『全速前進!』って言ってみたら。真に受けたシホちんがマジでフルパワー出しちゃって、大気圏離脱ぎった本艦は現在、亜光速で単艦、太陽系の果てに向かって宛てもなくスッとんでいるわけだが。」
さらりととんでもない事を言い出すツバサ。タツミ、そしてハルカがそれぞれ、「何ィ!?」「えぇーっ!?」とバラエティー番組のようなリアクションをとる。
「…外宇宙に出るのはハルカさんとアキノさん。お二人の研修過程が全て終了してから…少なくとも数ヶ月は先の予定だったのですが。」
困りましたなあ、とわざとらしく首を捻りつつ少佐が言う。その言葉は間違いなく艦長であるツバサへの当て付けであるが。少佐の捻った首の目線の先にあるのは、タツミのタンクトップから覗く深い胸の谷間である。
「ま、なっちまったモンは仕方ねーべ?研修はおいおい、実地でやっていくさ。都合良く実戦訓練も出来た事だしな、日本のコトワザで言うところの、『並ぶならヤメロ!』ってやつだ。」
ザッハッハッハッハ、とツバサが笑う。この謎多き幼女艦長。現在オバマの置かれている明らかに想定外の状況にあっても、あくまで日本の諺で言うところの「習うより慣れろ」。その実戦主義の精神は揺らぐことがないようである。
「そんなわけで。予定よりはチと早いんだが、本艦はこれより、本来の作戦行動に…」
「何と戦うんです?」
気持ちよく喋っているツバサを遮り。アキノが冷たく言葉を挟む。
「(おい…!)」
小声でアキノを小突くタツミ。さすがにミーティングにおいて艦長にとるべき態度ではないが。この眼鏡の美少女は、まったく悪びれるところがない。しかも巨乳である。
「…ほぅ。新人の分際で己様の説明に口を挟むとはいい度胸だ。だが度胸のある新人は嫌じゃないぞ、3ポイントやろう。ペン太くん、アキノさんに3ポイントあげてください。」
鳥人がぺたぺたとアキノに歩み寄り、「3ポイント」と書かれたメダルを渡す。
「ありがとうございます。」
アキノは淡々と上着のポケットにメダルを仕舞う。
「…で、だ。まー、お前らもとっくに察しちゃいるんだろうし。特にそこの眼鏡はよく知ってそうだからもう、ぶっちゃけちまうんだけどな?…このオバマ、外宇宙探査艦なぞと銘打っちゃいるが。その実は、バリバリの強襲戦闘巡洋艦。ポンコツの老朽艦に見せかけて、中身は最新鋭の武装とテクノロジーのカタマリ。地球圏でも五指に入る超戦力の選抜独立戦闘部隊、それが己様たち、国際太陽系外宇宙探査機構の正体なのだ。スゲーだろ。」
フフン?いかにも自慢げに。スゲーだろ?と手を広げたツバサが背後の画面を指し示す。画面にはオバマの各所に施された武装。両舷に並ぶ連装砲、魚雷管、弾道ミサイルサイロ、宇宙機雷ポッド。そして艦首4門の特装砲。それらの武装でハリネズミように鎧われたオバマが、軽快なマーチをBGMに映し出されている。
「何と戦うんです?」
アキノが冷たくもう一度、先ほどと同じ質問を返す。アーハン?とアメリカ人のように両肩をすぼめるツバサ。OKOK、ツバサは促されるまま説明を続ける。
「…では、こっからは中学校の理科のおさらいな。お前らも19世紀ドイツの生んだ悪魔の科学者。スゴイ=デカマラー教授の提唱したレオパレス21理論は理解してると思うが…?」
一同を見渡すツバサ。少佐が隣で残念そうに首を横に振る。あ?と眉をしかめるその視線が、はい!わかりません!という主張を全身で表現しているハルカを捉える。
「…そうか。その程度も理解せずにOMNKOに入隊ってくるとはなかなかいい度胸だ。3ポイントやろう。まあ、いい。己様は優しいから、まずはそこからわかりやすく説明してやる。ペン太くん、アシスタントお願いします。」
諦めたように眉間を押さえるツバサ。ぺたぺたぺたと前に出た鳥人が、ポッチと画面を切り替える。
「あー、マイクテス、マイクテス。うふん、あはん、ソコはだめェ…。なんだ。宇宙…、そう、宇宙ってやつはだな?人類が地球が宇宙に浮いてる星の1つだって気付いて以降。長い間、太陽があって、地球があって、太陽系があって、銀河系があって。この図みてーに横に、横に、果てしなくズーッと拡がっていく。そういうモンだと思われてたワケなんだが。」
ツバサが画面を指し示す。鳥人の機関長、ペン太くんの指揮棒が指し示す画面には、「太陽」「地球」等とおざなりにマジックで書かれた手書きの図面が乱雑に広がっている。
「それはまあ、『ひとつの宇宙』の捉え方として、決して間違っちゃあいねえんだが。19世紀になって、ドイツのスゴイ=デカマラー教授っちゅう偉いセンセイがだな。宇宙っつーのはこう、昔のRPGのマップみたいに、タテヨコにどんどん広がってくモンじゃなくて。もっとこう、小ぢんまりと。アンドロメダだ、アルファケンタウリだ、バルタン星だ、ナメック星だ。押し合いへし合い、そういう小さな世界どうしがぎゅうぎゅうに密集して出来てるモンなんじゃないのか?と考えたんだ。センセイはだな、そんなに果てしなく広くて、果てしなく遠いはずの宇宙のあちこちが、だ。実際のところ、現実の問題としてどいつもこいつも地球から観測出来て、お互いになんらかの影響を与えあってる、うん。あれ?なんかおかしくね?間違ってんじゃね?と、そのこと自体に単純な疑問を持ったんだな。光の速さでウン百万年、そのくらい遠くの遠くのまた遠くにあの星はあるんだ。どのハゲもそう言うけど、実際地球から見えてんじゃん!遠くねえじゃん!なめんなハゲ!って理屈だな。そこで教授は、それまでの宇宙論の時間と空間、距離の概念を根底からブッ壊しかねない仮説を立てた。」
ツバサが促し、ペン太くんがポッチと画面を切り替える。次の画面ではまた歪んだ明らかに手書きの線で、アパートの間取り図らしきものが描かれている。
「例えばの話。このアパートの2階の角部屋、1番奥の205号室にハルカちゃんが住んでいます。かわいい元気な女の子です。一方、1階の1番奥の部屋。105号室には眼鏡が住んでいます。生意気な巨乳でツンデレです。」
ツバサは画面の間取り図に、どうやらハルカとアキノのつもりらしい似顔絵を書き加えていく。どちらにも若干の悪意が感じられるディフォルメがされているのは単にツバサの性格のあらわれであろう。いま説明されている理論とはおそらく関係ないものと思われる。
「205号室のハルカちゃんは同じアパートに巨乳ツンデレ眼鏡が住んでいると知って、悶々とした日々を送っていましたが。ある日ついにムラムラが我慢の限界を向かえ、眼鏡を襲いに行ってしまいました。アホのハルカは105号室の前までくると、ドアーを乱打しつつ、しだかせなさい!しだかせなさい!と素直に想いを伝えます。眼鏡は帰れと冷たく言いますが、ソコはツンデレ眼鏡のこと、ホントはしだかれたいのです。」
ツバサの息は次第にハァハァと荒くなり、その右手はなにもない空間をワキワキともみしだいている。
「ぬっフッフ、ツンデレ眼鏡。イヤよイヤよも好きのうち。鬼のいぬまに福はうち、お前の弁当幕の内。上の眼鏡ではそう言っても、下の眼鏡の方はどうじゃ?あぁ!おやめくださいおやめください!おやめくださいご無体な!おのれまだ申すかこのツンデレ眼鏡、このドアーノブをひねればどうじゃ、どうじゃ、ああ!このドアーの冷たい金属の質感がたまらない!この淫らな金属ドアーめ、こうしてくれるわこうしてくれるわ!あっ、あっ、あっ、あっダメぇ!ダメぇ、ダメぇ、え…………………………、エックスタシィー!フォーッ!」
遂に「何か」に達してしまったツバサがビクンビクンと身体を震わせる。戦橋に集まったオバマの一同は冷たい目でツバサを見ている。気まずい数秒の沈黙が流れる。
「…ごめん。なんの話だっけ?」
だっけ?と。自分に注目が集まっていることを心底不思議そうに首を傾げるツバサ。皆がツッコむ気力すら起きない中、ハルカだけが「(なんか…納得いかないんですけど!?)」と、微妙に不満を抱いている様子である。
「あぁ、思い出した思い出した。20世紀SFX最大の巨匠。ウンコ=シタイナー監督の隠れた名作、ときめきのダイワハウスについてだったな。」
既に完全に間違っているが。それを指摘する者は皆無である。そもそも現時点で、ツバサの高度すぎる説明についていけている者はいない。
「…で、だ。205号室のハルカちゃんが、105号室の眼鏡を襲いに行きたいこの場合。まず、205号室の玄関から出て、2階の廊下をてってこ歩いて、逆の端のここ。一番手前の201号室の前から外付けのお粗末な鉄階段をカンカン降りて、んでまた、1階の廊下をてってこ歩いて。1番奥の眼鏡の部屋まで歩いてくのに、こんだけの時間と距離の隔たりがあるワケだな。」
画面に映されている間取り図に、ツバサがペンタブレットで赤いラインを引いていく。同時に経過時間と歩いた距離が、画面右下にカウントされていく。
「えー、距離にして、約20、時間にして60弱。アホのハルカちゃんが性欲剥き出し、はだかで走っていった設定ですから。実際はもう少しばかり速くなりますか…、ね。とにかく。ハルカちゃんと巨乳眼鏡、愛し合う二人が現在どれだけ離れているのか?と考えるとき、従来通りの時間と距離の感覚。それまでの宇宙論の常識の範囲で考えた場合、これが正しい解…ということになる、の・だ・が。この図を見てもう1つ…、実はもっともっと簡単に、手っ取り早く二人が出会える方法があるんだが…、それに気がついた奴はいるか?…えー、ペン太くん。」
ツバサに促され、ペン太くんがポッチと画面を切り替える。画面に映されていたアパートの間取り図。その、各部屋を仕切っていた枠線が消え、1つの大きな長方形になる。
「こーいうことだな。205号室にいたハルカと、105号室にいた眼鏡。こーやって二人を隔てていた0.03ミリの薄っっっすい壁…この場合は床、天井、か。それさえ取っ払っちまえば、どうだ。時間にして、0。距離にして、0。移動の必要すらなく、二人は実は最初から、既に同じ部屋の中にいる。若い情熱あふるる無軌道なふたりが、既に同じ部屋の中。け、け、けしからん!けしからんけしからん!実にけしからん!1度会ったらトモダチで、毎日会ったらブラザーだから、既にふたりはトモダチ以上の恋人以上。同棲っちゅーか、むしろ同性!?このままでは、同性婚で同姓に…ってやかましいわ!とにかく。こうなっちまえば若い二人は邪魔するものなく、暇さえあればニャンニャンちゅっちゅ。イヤじゃあーりませんかの新婚さん!ってワケだ。わかるか?」
わかるか?とツバサは一同を見回す。皆はわからん!という顔でツバサを見ている。ウンウンウンと満足そうに頷くツバサ。皆の気持ちは伝わらないようだ。
「…つまりこれが、19世紀ドイツの生んだ悪魔の科学者。スゴイ=デカマラー博士が提唱したところのレオパレス21理論による宇宙の基本的な捉え方だな。それまで、宇宙のあっちこっち。アンドロメダだ、アルファケンタウリだ、遥か遠いと考えられていたそれらの場所は。実は時間の隔たりや距離の隔たり、そういった地球人が越えられないと思い込んでいる壁で仕切られているだけであって、本当は上下左右、すぐ隣にくっつき合っている。そしてもし、その壁を越えられる手段さえあるなら。ナメック星だろうがバルタン星だろうが、アストラギウス銀河の最涯てまで。移動の必要すらなく、既に同じひとつの宇宙のなかにある。…ま、これは1番単純な例であって、実際はもっとルービックキューブっちゅうか、分子模型っちゅうか、発泡スチロールに飛び込んだネコさんみてーに立体的・多面的に複雑怪奇にくっつきあい、絡み合いしてごっちゃごっちゃに引っ付き合っているワケなんだが。とりあえずのところ、ここまではハルカちゃんも理解できたかにゃ?」
できたかにゃ?と小首を傾げるツバサ。しかし、当の本人であるハルカはどういうわけか、ムッスーとふくれて明後日の方向を向いている。
「…ハルカちゃん?」
「私、そんな変なことしませんでありますのだ!!」
ツーンと突っぱねてあっちを向いてしまうハルカ。ツバサは宇宙のしくみについて今まで長々と説明していた時間と、数ページがまったくの無駄になったことを認識した。




