第1話 出立の日 (3) オバマ、星の海へ ②
打ち寄せる白い波涛。午后の日射しが砕ける水の粒子を照らす。
港に停泊中の外宇宙探査艦プレジデント・オバマ。黒い小山のようなその鉄塊の前に、どやどやと人だかりが出来ている。
オバマの甲板上には白・青・黄色の3機のロボット。それぞれが冗談のように機体サイズの馬鹿デカいモップを持ち、冗談のような動きで甲板の清掃を行っている。コミカルなpaiの卵型のデザインも相まって。その光景はおとぎ話か、まるで古い漫画映画のワン・シーンが如き様相を呈していた。
本来、オバマに搭載されたこれらの機体は。国際太陽系外宇宙探査機構の最高機密として、少なくともオバマが本来の戦場
「何と戦うんです?」
…職場である太陽系外宇宙に出るまでは絶対に秘匿しておくべき存在であったのだが。
2週間ほど前の不意の迎撃戦、その際の無駄に派手な活躍によって見事に衆目に晒され、今や話題の最前線。関係各国、各機関への対応に追われるシホとイソジニール少佐をよそに、もうこうなったら積極的に使用っちまえぃ!!というツバサの「己様権限」が発動。艦長判断のもと、外宇宙探査艦プレジデント・オバマの新兵器
「何と戦うんです?」
…新型宇宙探査用ポッドとして大々的に公開され。今話題の最新型ロボットを一目見ようと港には連日ヒマな人たちが集まり、その期待応えるためのデモンストレーションとして、かつ、新人搭乗者の技能習得プログラムの一環として。このように甲板の清掃などの雑用に用いられるようになった次第である。
甲板の上に並んだpaiたちは、その不器用そうな腕をリズムよく動かしせっせとモップがけを行っている。オバマの甲板上には黒く焦げたライン、すなわち、2週間前の戦闘でハルカの1号機がぶっぱなした必殺技の跡が未だ消えずに遺っており。「とりあえず、あれを消してください。」というイソジニール少佐のさっくりとした指示のもと、「消えんのかよコレ」と文句を垂れつつモップを動かす3号機のタツミ。黙々と作業する2号機のアキノ。そして当事者である1号機のハルカは、大真面目な顔で先ほどからずっと同じ動きを繰り返している。
「引いて!押す!引いて!押す!」
合賃。合賃。合賃。座席の両サイドから生えた操縦レバーを掴み、両方同時に引いて、押す、引いて、押す。口から出ている言葉の通り、繰り返される単調な動き。その単純な前後運動に合わせ、1号機の両腕が前後に動き、抱えたモップを前後に動かす。今のところハルカが唯一習得している機体の操縦動作である。
画面の中では黒いひよこが、例によってヘラヘラヘラと下品な笑みを浮かべつつ、ハルカの声に合わせて腰をへこへこ振っているが。当のハルカは目にもくれない。それは、この作業が自分のぶっぱなしたビームの後始末…という責任感もないではなかったが。
初めて習った機体の操縦。初めて自分の意思で動かす機体。paiが自分の操縦で動いていることがハルカには嬉しく、単純に。
ハルカは、この地味な作業が楽しかった。
おぉお…。
港に集まった比較的暇な群衆の山。その内から、どよめきに似た声が上がる。オバマの甲板、その格納庫から、緑色の巨大な機体がゆっくりと姿を現していた。
巨大な四肢に本体の埋まったアンバランスな4号機。今日の装備は特製の甲板清掃仕様。両肩から伸びた棹の先から洗浄液を散布し、巨大な両足首の下では十数個の円形のモップが唸りを上げて回転している。
「スッゲ。またとんでもねえモン造りやがったなァ…。」
感心半分、呆れ半分の感想を漏らすタツミ。巨大な4号機はゆっくりと、甲板を外周から廻り始めた。
「…なんでこっちに来ないんですか?4号機。」
アキノの眼鏡が冷たく光る。
「ああ、アレな?シャイなんだよゴリラの野郎。若い女が苦手なんだ。」
「はあ。」
なんのこともなく言い放つタツミ。素っ気ない返事を返すアキノ。二人の会話が聴こえたらしく、4号機は隅っこに立ち止まってモジモジしている。
アチャー、とタツミは頭を抱え、アキノは黙々と掃除を続ける。
「引いて!押す!引いて!押す!」
ハルカの元気な掛け声だけが、オバマの甲板に明るく響いていた。
「…むぅ。」
黒い小山のように聳える外宇宙探査艦プレジデント・オバマ。その船体からさらに、バベルの塔のように伸びた船橋。甲板で作業を続ける4機のpaiを見下ろす三人の人影、ツバサ、シホイソジニール少佐。この艦のトップ3(スリー)である。
「…まさか、『彼』が起動るとは…。と、言うところ…、ですかな。」
いかにも面白くないといった様子で声を漏らしたツバサの背中に、傍からイソジニール少佐が声をかけた。その銀色の瞳は先ほどまで眺めていたシホの胸元から視線を外し、その冷たい眼光を4機のpaiの中の1機。純白の1号機へと注いでいる。
「…あまりにもタイミングの良すぎる外敵の襲来。1号機の起動と無関係…とは、思えませんが…?」
心なしか。ツバサを挑発しているかのような少佐の口調。ツバサの眉間に深い縦皺が刻まれる。
「…おい、ボラギノール。」
普段より一段声調の下がったドスの効いた声でツバサが返す。
「…私のことをお呼びでしたら。私はけっこう偉い国際太陽系外宇宙探査機構の監査役、オホーツク軍少佐のイソジニール少佐ですが。親しみを込めてイソジニールさんと呼んで頂いても…。」
「うるせえ。」
普段通りのらりくらりと流そうとする少佐の言葉を遮り、振り返ったツバサが少佐を下から睨見上げる。
ふむ?と目線を合わせる少佐。突然の一触即発の雰囲気に、シホは訳もわからずオロオロとしている。
「…いいか?クソヒゲ。命が惜しかったらこの己様に向かって二度とそういう、持って回ったような意味ありげな言い方で口を利くんじゃねェ。いかにも私が実は黒幕です、裏で糸を引いています。終盤で裏切ってラスボスになりますよ~ほーらほらほら、みたいな顔しやがって。そんなにこの己様が邪魔か?この己様の首級がそんなに欲しいか?んンー?」
グーッと背伸びをして精一杯、厳しい表情を少佐に近づけるツバサ。
「(やれやれ…困りましたなあ…。)」
助けを求めるように少佐が視線を外したその先で。シホの柔らかいバストが、呼吸に合わせて大きく膨らんでいた。
<ナアナアナア、ハルカちゃん。つまんねえ!!>
1号機の操縦席の中。画面の中の黒いひよこがハルカに向かって話しかける。
<つまんねえ!つまんねえ!つまんねえ!ハルカちゃん引いて!押す!引いて!押す!ばっかり言って、ぜんぜんかまってくれないし!つまんねえ!つまんねえ!つっっっまんねえ!!>
我慢の限界を迎えたのか、ひっくり返ってパタパタと脚を振る黒いひよこ。ハルカは機体が操縦通りに動くのがよほど面白いのか。まるで意にも介さず、夢中で引いて!押す!を繰り返し、足下の床は既にピカピカを通り越してテカテカ、ツヤツヤに磨り減ってきている。
<お。>
ひっくり返ったままの黒いひよこの視界の端を、もいもいもいもいーと音を立てて清掃車。もとい、無駄に巨大な4号機がゆっくりと通り過ぎた。何を思い付いたのか。黒いひよこのくちばしがにィーッと裂け、歪んだ嗤いを浮かばせる。
<ねえねえハルカちゃん。ちょっと操縦貸して?>
ひょいっ、と跳ね起きた黒いひよこが、貸して?と可愛らしく小首を傾げる。「?」と思わず反応してしまったハルカは、言われるままに操縦棹を離す。
<へッへ!>
臥筋!間接が鳴り、1号機の右腕が上がる。先日の戦闘でもぎ取られ、2号機の予備パーツを移植された右前腕。純白の1号機の中で唯一青に塗られたその部分が、4号機に向けて突き出されている。
「…ひよこさん?」
その意図するところはわからないまでも、これまでの経験でロクな目に遭わないないパターンであることを察したハルカが黒いひよこの真意を尋ねる。
<あぁ、なんでもないなんでもない。いやね?えろタコ坊主のくっつけた新兵器ってのサァ。あの鬱陶しい4号機にちょっと、試射してみようかと思って。>
平然ととんでもない事を言い出す黒いひよこ。画面中央に映る4号機にターゲットマークが重なり、<LOCK ON!>の表示が浮かぶ。
「ダメだよ!!!」
ハルカは慌てて操縦棹を奪った。引いて!の動きにあわせ、機体が我懴と右腕を下ろす。
<大丈夫だって!あの4号機頑丈そうだし!ていうかゴリラとか意味わかんないし、ぶっちゃけいらなくね?俺様の美少女戦隊に下品なゴリラとか不要じゃね?間違えて押しちゃいますた!ごめんなちい!ってハルカちゃんが言えば許してもらえるべ。ここらで訓練中の不幸な事故で引退してもらってサァ、かわりに美少女入れようよ美少女、巨乳のやつ!!>
「…電源切るよ?」
黒いひよこはなおもヘラヘラうだうだとくだらないことを喋り続けていたが。ハルカの声色から、どうやら本気で怒っているらしいことを察し、<ちぇー。ノリ悪いの。>とまた仰向けにひっくり返ってしまった。
再び、引いて!押す!をはじめたハルカを横目に。
<(あーあ。また敵でも攻めてこねーかな。)>
画面の中の黒いひよこは、平面の世界にいる自分には見上げることのできない無限の天宙。その深淵から来る者たちへ、ボンワリとした想いを馳せていた。




