第1話 出立の日 (3) オバマ、星の海へ ①
3行でわかるあらすじ。
「ああ。あれはゴリラだ。」
「ね。このお歌の続き…知ってる?」
「ぁん…ダメぇ…いやぁん…。」
薄暗い2号機の操縦席。儚と光る画面の光を白く眼鏡に反射させ、黙々とアキノはキーボードを叩き続けている。
開け放った機体頭頂部の搭乗口から先ほどから覗いているタツミが、さもさも感心したように「はー」「ほへー」等とその手慣れた様子にいちいち感嘆の溜息を漏らす。
「…何か。」
楽しげな様子で自分の作業を眺めているタツミに、心底疎ましそうなアキノが視線を画面から動かさずに尋ねた。
「あぁ…いや、さ?」
あからさまに邪険に扱われている事は気にしないのか、はたまた気づいていないのか。タツミはあくまで無邪気に、「んー」と、「何か」アキノに用があったのかを思いだそうと空を見上げる。開放された第一格納庫の天窓から、午前の陽射しが射し込んでいる。
「paiは一応、OMNKOの最高機密ってやつなんだがな…?」
タツミから出てきたセリフは初めてこのアキノに出会った時と同じである。無断でpaiを乗り回し、初見の筈なのに普通に操縦して普通に戦闘して、挙げ句に普通に勝っちまいやがった。どんな奴が出てくるのかと思えば制服姿の普通の女子高生。さすがに予想外、突拍子もない事態の発生に思わず口から出たセリフではあるが。それはその時から今までずっと、基本的に能天気なタツミさえ疑問として引っ掛かっていた部分でもあった。とはいえ、そこは細かい事は気にしない性分のタツミのこと。「まあ、生きてりゃそんなこともあるかな。」と割と適当に納得して忘れかけていたのだが。
昨日、同じくド新人で普通に普通の女子高生のハルカが、普通にpaiを操縦出来ず、普通に墜落していったのを目の当たりにし。その後シホにかなり厳しく怒られた事もあり、「あれ?じゃあもう1人のアイツはなんで普通に操縦出来てんだ?」と、再び疑念を抱くに至った。タツミがこの無愛想な眼鏡の美少女に興味を持って寄って来るのは、そういった経緯があるのである。決して、いかにも生真面目そうなアキノにちょっかいを出したくて出したくて仕方ないのではない。
「…paiの製造をメインに請け負っている日本のAKINO重工。会長の秋野名月は私の祖父です。」
寡荼寡荼寡荼と乾いた音を起てるキーボード。アキノはあくまでも画面から視線を切らずに冷ややかに応える。
「そうですか…。」
事務的な冷たいアキノの態度に、何故か敬語になるタツミ。黙々と作業を続けるアキノを「はー」とか「ほへー」と眺めつつ、それでもアキノの返答に合点はいったのか。
「…コイツぁ、とんだ即戦力が入ってきたモンだぜ…。」
呟きつつ。タツミはどうやってこの無愛想な眼鏡にちょっかいを出したものか、そわそわしながら見守っている。
「いよーぅ!やっとるかね諸君!真面目に働いとるかね!んンー?」
白い陽の光が目映い外部出入口から、シホに連れられたツバサがザッハッハッハッハと豪快に笑いながら帰ってきた。何か良いことでもあったのか、非常に上機嫌な様子である。
「…いよーぅ!やっとるかね諸君!じゃねーよ。お前こそ朝礼と朝のゼラチン運動だけで今日は仕事モード終了なのか?」
なのか?と呆れたように、タツミはツバサの身なりを見回す。麦わら帽子をかぶったツバサは紺の甚平を楽に着こなし、片手にはアイスキャンディー。シホに持たせたコンビニ袋が浜風にカサカサと揺れている。
「オゥ、うし太郎。相変わらずテメーは上司であるこの己様に対して愚かな口のきき方だな。だが己様は『メリメリくん』がもう一本当たっていま非常に機嫌がいい、3ポイントやろう。シホちん、うし太郎君に3ポイントあげてください。」
ツバサに促され、シホがコンビニ袋をタツミの前に拡げる。
「アリガトよ。ていうか『ウシトラゥ』な。あと、それは名字だ。」
シホに「何味ですか?」と差し出されたアイスキャンディーを「ン、オレンジ。さんきゅ。」と受け取るタツミ。その訂正なぞ聞く耳を持たず、ツバサは「げえ!オレンジを選びやがったなうし太郎!」と大仰なリアクションでのけぞっててみせる。
「…なんだよ?」
面倒臭そうに尋ねるタツミ。
「オレンジを選びましたね?そこの貴女。オレンジを選んだ貴女の今日の運勢は…。」
ツバサはもったいぶって間を開ける。
「なんだよ?」
仕方なく促すタツミ。
「チリ人です。」
「スリランカ人だぞ。」
ビッシと自分を指差すツバサに、タツミは淡々と訂正を入れた。
最適化。彼女たち、外宇宙探査艦プレジデント・オバマの乗組員が本日の午前中にメインとして行う作業である。
彼女らの機体、paiはその性質上、各操縦者の専用機とならざるを得ないのであるが。
当然ながらその操縦適性、習熟度、身体能力、性格。スリーサイズに至るまで大きく個人ごとに差異があり、それに合わせた調整、必要とあればpai自体の改修が本格的な運用の前には必須となる。
日本のAKINO重工が開発したというpaiには環境学習型の疑似人格AI搭載されており、操縦者とのコミュニケーションをとることで経験値が蓄積され、最適な機体に
仕上がっていく。言わば、使えば使うほど完成に近づいていく機体、それがpaiの特性のひとつとなっており。実際にその作業の完了しているタツミの3号機は殴る潰すの近接格闘戦に、案外と器用なゴリラの4号機は様々なオプション換装による後方支援に、それぞれ特化した機体として完成している。
今回、新人操縦者である女子高生2人を迎えるにあたり、本来であれば真っ先にやらねばならない作業。しかしながら女子高生2人が2人とも、どういうわけか初見でpaiを普通に乗りこなし、普通に戦闘して普通に勝ってしまったため。「ま、後でも良いかな?」という空気になりつつあった矢先に、昨日のハルカ操縦による1号機の墜落事故が発生。「やっぱ必要じゃん!!」という流れになり、現在この場面に至っているわけである。
「…と、いう訳でして。皆さんご記憶のこととは思いますが、はじめから私は、お二人にはまず機体の最適化を…と言っておりまして。まあ、皆さんご記憶のことと思いますが、艦長をはじめこの艦ではとにかく、日本の諺で言うところの『並ぶならヤメロ!』という方針
「習うより慣れろ、ですか?」
…が支配的でしてね。皆さんご記憶のこととは思いますが、私だけはまずは機体の最適化を…と主張しておったのですが。ま、しかしこの作業さえちゃんと終わってしまえば、例えば本来想定されていない格闘戦を勝手に行って予備パーツのない貴重な超精密高性能試作型マニュピレーターを叩き壊してみたり、あまつさえ叩き壊したそれをゴミのように投擲して修理不能なレベルまで破壊したり、必要もないのに必殺技をぶっぱなして回収できたはずの敵機のサンプルを消滅させたり、オバマの甲板を焦がしたり。そういうふざけた戦闘挙動
「何と戦うんです?」
…をとるようなことがなくなり、安心して搭乗して頂けるようになるという事です。」
銀髪のダンディ、イソジニール少佐が例によって長々と垂れる嫌味を基本的に聞き流し、かつ要所要所で的確なツッコミをいれつつ、アキノは黙々と2号機のメイン・ウェポン。速射機関銃の射撃時における微妙な照準値のズレに細かな修正を加えている。配属2日めの小娘に冷たくあしらわれつつも、けっこう偉い人であるイソジニール少佐は何故かニコニコと実に嬉しそうにしている。
「ま。問題は1号機なわけですが。」
少佐の言葉と視線に釣られ、2号機の前に集まった一同は向かいに立つ白い1号機を見上げる。ペンギンたちがよほど真面目に磨いたのか。海水に長時間浸かってついてしまった染みは綺麗に洗い落とされ、もとの輝くような純白に戻っているが。
件のもぎ取られた右前腕だけは戻しようがなく、仕方なく取り付けられた2号機の予備パーツ、一回り太い青色の腕が取り付けられている。
一同の注目の集まる1号機、その操縦席の中。忙と白く光る画面を前に、ハルカはむー、と顔をしかめている。
元々ハルカはこのテの機械が得意な方ではないのだが、問題はそこではない。画面にチカチカと映し出された文字列を読み、ハルカは心底ウンザリとした顔をする。
<Q 23.あなたの本日のパンツは何色ですか?>
「ひよこさん!?」
この作業が始まってから小一時間ほど。ハルカは画面に表示されるこのテの実にくだらない質問。
<Q 3.あなたの弱点はなんですか?性的な意味で。>
だの、
<Q 12.あなたの性欲の萌芽は何がきっかけだったか教えてください。>
だの、
<Q.18 あなたの必殺技はなんですか?>
だの、多分にセクハラを孕んだクエスチョンズに解答を強要されているのである。
「ひよこさん、お願いだから真面目にやってよ!これ、お仕事なんだから、ね?意地悪しないで…。」
最適化。この作業がどのような意味を持つものなのか。イソジニール少佐のやたらクドクドと嫌味を交えた説明を聴いても、実のところハルカにはサッパリ理解できなかった。
しかしながら、少佐が言葉の端々に乗せて自分に向けてくる若干の殺意のこもった眼差しから。どうやら自分と、この1号機にこそ必要な作業であるらしい…というくらいにはハルカにも伝わっている。勤務2日めにしてようやく始まった仕事らしい仕事。ハルカはそれなりにやる気を持ってこの作業に臨んだのだが…。
「おーいハルカァ!差し入れきてんぞー?はやく終わしてアイス食えー!」
「そーだぞハルカァ!己様のご好意を溶かしやがったらぶっ殺すからなー!!」
向かい合う2号機の足元から、タツミが、ツバサが。アイスキャンディーをガチガチ噛りつつ暢気な煽りを入れる。「隊長どの」、「艦長どの」。偉い人二人から急かされ、ハルカはぴぃっ!と飛び上がる。
<ほらほら、煽られてるぞーハルカちゃん。どーすんだ?どーすんだ?先に進むにはクエスチョンに答えるしかないなあ。>
クックックックック。さもさも楽しそうに画面の中の黒いひよこが笑う。
「…もぅ!!」
仕方なくハルカはキーボードを叩き、「本日のパンツの色」を入力する。
<イヤッホォウ!白パンキター!!>
唐突に馬鹿な叫びを上げる黒ひよこ。
<いやぁやっぱり、制服JKのパンツは白パンじゃなくちゃいけませんなあ!さすが俺のハルカちゃん!よくわかってる!よくわかってる!!>
大声でハルカの「本日のパンツの色」について喚き続ける黒いひよこを、ハルカは「(ちょっひよこさん!?やめて!やめてよ!!)」と真っ赤になって止めにかかる。
「…もぅ!!いいから次の質問!次の質問は!?」
イライラと黒いひよこを促すハルカ。画面にタタタタタタタと、新たな文字が打ち込まれていく。
<Q 24.先ほどの解答の証拠を見せなさい。>
示された次の質問。ガン!と、ハルカが画面に拳を撃ち込む鈍い音が機体を揺らした。
「…ハルカさん。大丈夫ですか?うまく進みませんか?」
1号機頭頂の搭乗口の外から、心配そうにタコが顔を覗かせる。片眼鏡を掛けた白衣のタコ。外宇宙探査艦プレジデント・オバマの技術責任者、教授・リーであるが。彼にとってもこの1号機のなめくさった挙動はいささか想定外であるらしい。ハルカが「にゃー!?」「ムキーッ!!」と叫びを上げる度に、こうして操縦席を覗いてくる。
「あ…」
大丈夫です、と言おうとして気まずそうな表情を見せるハルカ。その前では、昨日から数えて既に3発めになるハルカパンチの打撃痕が増えた画面が、チカチカ薄く揺れている。
「…あまり画面を叩かないでくださいね?」
紳士的な口調でハルカに注意するタコ。その声は無駄に美声である。
<ウルセーぞ腐れタコ星人野郎。触手クセー息がかかるから話しかけんな。>
すいません…、と謝ろうとしたハルカは、突然画面から発せられた自分の声にギョッとする。
「ち、違います!!今の、私じゃなくて!!ちょっひよこさん!?私の声でヘンなこと言わないでよ!!」
あわあわあわと慌てるハルカ。ハッハッハッハッハ。黒いひよこはさもさも楽しそうに笑っている。
「…コイツぁ、とんだ即戦力が入ってきたモンだぜ…。」
呆れたように呟くタツミ。傍らではシホが頭を抱えている。
「ま。それでもまだ、正月ぁマシだ。問題はむしろ、盆の方な。」
ツバサは意味ありげな様子で、アゴでアキノの2号機を指してみせた。
「なんだそりゃ?」
首を捻りつつ、大きくアイスキャンディーを齧るタツミ。その前歯にガッチと違和感が走る。
「?」
反射的に自分の齧ったアイスキャンディーの棒を確認するタツミ。アイスの棒は彫りの深い女性の頭部を容貌どっており、おでこの部分におざなりにマジックで「アニータ」と書かれている。
「(手の込んだ真似しやがって…!!)」
タツミの視線を受け、目の前に立つツバサの背中がニヤっと嗤った。