第1話 出立の日 (2) 深夜の独唱 ①
3行でわかるあらすじ。
「こーいうの。日本のコトワザで、『盆と正月がイッペンにやって来た』って言うんだぜ。」
「何と戦うんですか?」
「1号機!いきます!…ぱっ、ぱいすらいど!!」
夏の終わりの青い空。白く輝く正午の太陽。その向こう。
天宙の上空より、軌隕と高い音を立て。黄色と黒、虎縞模様の機体が滑り降りてくる。
外宇宙探査艦プレジデント・オバマ。先日の戦闘で1号機の放った必殺技の焦げ跡がまだ痛々しく斜めの線を描いている、その広い甲板へ。タツミの3号機、次いで、アキノの青い2号機が着艦する。
「お。第2小隊がお出迎えかよ。」
正面には。2人の帰りを待ち構えていたかのように、くすんだ緑色の巨大な機体が立ちはだかっている。巨大な脚、巨大な腕。両肩からはクレーンの棹が長く伸びている、およそ、人型を外した外見の機体デザイン。しかしながらよく視ると、巨大な四肢のユニットに埋もれるようにして機体中央に鎮座する核。それはタツミたちの機体と同じ、卵型の機体である。
「おーぅ!「艦長」ー!」
3号機の頭頂の搭乗口からひょこりと顔を出したタツミが嬉しそうに手を振る。その視線の先、緑色の機体の足下には三人の人影。金髪碧眼の美しい女性。痩身、長身の白衣を着た男性。そして、イソジニール少佐。
「おーぅ!「艦長」ー!…じゃ、ないですよ!タツミさん!!」
金髪の女性。アールグレイ・シホンティは、もぅ!と眉をしかめ、その柔らかな頬と豊満な胸を膨らませる。最高機密であるpaiの使用。発射台の使用。日本国制空圏内での飛行。どれもこれも全て、事前申請の上艦長直接の指示がなければ許可されない超重点管理事項である。paiの管理運用は各、搭乗者にある程度任されているとはいえ、いち搭乗者の独断、というよりは思いつきで突発的に行って良いものではない。
関係各機関への連絡と状況説明に追われたらしく、タツミを見上げるシホの表情はすこぶるご機嫌斜めの膨れっ面である。
「悪ぃ悪ぃ!なんかテンションあがっちまってさあ!次からちゃんと申請書出すからよ!ま、でもアレだ、「艦長」が電話の一本でも入れりゃ、お偉方なんざ皆デレデレで許してくれんだろ?」
だろ?と悪戯っぽく首を傾げて見せるタツミ。対するシホは、「なに言ってるんですか!!」と真っ赤になって怒っているが。彼女が関係各機関のお偉い方々に必要以上に人気があるのは事実であり、タツミの言葉は概ね図星である。それを知るイソジニール少佐は二人のやり取りを眺めながら、ハッハッハッハッハと嬉しそうに目を細めている。
「まあ…しかし、アレだ。問題はアレな…。」
タツミは気まずそうに目をそらし、海上に視線を投げる。つられるように、シホ、アキノ、イソジニール少佐。白衣の男性と緑色の機体に至るまで、その場にいる全員が海の方へと目を遣った。きらきらと太陽の光を受けて輝く水面。ちゃぷんちゃぷんと振れる波間に、ハルカの乗る純白の1号機がぷかぷかと浮かんでいた。
「まさかなー。発射台射出で最高点まで昇ってそのまま、なに一つ操作せずに垂直に墜ちていく奴、初めて見たわ。さすがに予想外過ぎたぜ…。」
引きつった笑みを顔に浮かべ、タツミは作業を眺めている。甲板の端に移動した、緑色の巨大な機体。その肩から伸びたクレーンが、殻殻殻と音を立てて鎖を巻き上げ。雨に濡れた子犬のようにしょんぼりとうなだれた1号機を、海面から引きずり上げていた。戊唾戊唾戊唾と。ずぶ濡れの機体から、これでもかと海水が滴り落ちる。
「新人に着任初日から、無茶させすぎです!」
もぅっ、と。シホが隣で頬を膨らませる。
「だってさあ…。この前フツーに戦ってたじゃん。フツーに操縦れると思うじゃん、なあ?」
けっこうガチで怒っているらしいシホに厳しい口調で責められ、なあ?とタツミは後ろめたそうにアキノに同意を求める。
「paiは最高機密じゃなかったんですか。」
アキノは眼鏡を白く光らせ、頼るような目で自分を見ているタツミに冷たく答える。
「そうですよ!一般人がpaiの操作を知っている訳がないですし、初見でpaiを乗りこなせる訳がないじゃないですか!!」
プンプンと怒るシホが言葉を重ねる。単純なタツミは叱られてしょんぼりとしてしまうが、シホの言葉に大きな矛盾があることには気づかないのだろうか。その矛盾の張本人は後ろでつまらなそうに眼鏡を光らせている。
「π動力を積んだ機動兵器の存在や、まして操作方法を一般人が知るはずがありませんからなぁ…。」
ハッハッハッハッハ。イソジニール少佐がわざとらしくとぼけた笑い声を上げる。当然ながらその眼は笑っておらず、冷たい眼光はアキノに注がれている。聡明なシホが突っ掛かるような少佐の言い回しに違和感を覚えたところで、今度はクレーンの鎖を伸ばす殻殻殻殻という音が鳴り響き。この会話は核心に触れる事なく中断されてしまう。
我謝。いささか乱暴に、一同の前に1号機が降ろされた。純白に輝いていた機体は、海水に浸かっていた跡がみすぼらしくまだらに付いてしまっている。
うなだれたように前屈して座っている1号機。その頭頂部の搭乗口がパッカと開き、気まずそうにハルカが顔を出した。
「ごめんなさい…。」
ハルカとタツミはほぼ同時にしょんぼりと謝るのだった。
迎運、迎運と移動台が音を立て。
白い機体が運ばれていく。
<ハルカちゃん、ハルカちゃんてばハルカちゃん。顔がこわいぞよ?ゴメンねぴょん。機嫌なおしてちょんまげ。>
白く光るモニターの前。ムッスーとふてくされたハルカはそっぽを向いている。高度一万メートル上空からの自由落下。こうして身体に物理的なダメージがなかったとはいえ、本来ならば確実に8回は死んで生き返ってまた死ねるレベルの状況である。ハルカが不機嫌になるのも致し方ない。
ヒビの入った画面の中では黒いひよこが、さすがにやりすぎたと思ったのか。先ほどから珍しく、殊勝に謝り続けている。
<ハルカちゃん、まじ俺様ちょっと調子に乗ってやりすぎちゃった。ゴメンねぴょん。ゴメンねぴょん。>
言葉は相変わらずふざけているが。見た目だけは可愛らしいこの黒いひよこがこうして、一生懸命に繰り返し謝っている姿。チラリと画面に目をやったハルカは、「(そろそろ許してあげてもいいかな…?)」と心を動かされ始めている。
<おしっこ漏らしてノビてた事は俺様とハルカちゃんだけのヒミツにするから。どうにか許して欲しいぴょん。>
白く光るモニターに、本日2発目のハルカパンチが叩き込まれ。ヒビの入るメッキという音が狭いコックピットの中に鈍く響いた。
我梱。ハルカの1号機が所定のハンガーに固定される。釈然としない表情で降りてきたハルカを、プレジデント・オバマの一同が出迎える。
「ハルカさん!身体は大丈夫ですか!?タツミさんが無茶をさせて、本当にすいません!」
ハルカに駆け寄り、真っ先に声を掛けてきたのは金髪碧眼の美女。アールグレイ・シホンティである。
薄く紅潮した真っ白い肌。ゆったりと波打つバスト。ハルカは「(わ…すっごいキレーな人…!)」と、返答することも忘れ、ボンワリ彼女に見惚れている。
「だからゴメンって、「艦長」。ハルカもゴメンな?悪かった悪かった!」
シホの後ろのタツミが、申し訳なさそうにガリガリと頭を掻く。実際の身長はイギリス人であるシホの方が高いのだが。前屈みにハルカを覗き込んでいるシホと、背筋を伸ばして気まずそうに目を逸らしているタツミ。必要以上に女性らしいシホ、筋骨隆々のタツミ、体型の差も相まって、二人の身長は逆転して見える。
「艦長さん!?」
タツミの言葉に、ハルカがぴょんと跳ね上がる。どうもこの美少女。「偉い人」にはとことん弱いタイプのようである。
「アールグレイ・シホンティです。よろしくお願いしますね、ハルカさん。」
にっこりと微笑み、手を差し伸べるシホ。おずおずと恐縮しながらその手を握ったハルカは、不思議そうにじぃーっと彼女の顔を見つめている。
「あの…どうかしましたか?」
真顔でまじまじと自分を注視しているハルカに、若干困惑した顔のシホが尋ねる。
「…インドのニンジャの方なんですよね?」
あくまで真顔のハルカの問いに。
「はい?」と笑顔をひきつらせて聴き返すシホ。
クックックックックと声を殺して笑うタツミ。
アキノはひとり、眼鏡を白く光らせていた。
「なんにしても。paiに乗っていたとは言え、高度一万メートルから墜落したわけですから。一度、ハルカさんは医務室で検査を受けて頂いた方がよろしいかと。」
微妙な雰囲気に包まれた女性陣の輪の外から、知的な男性の声が投げ掛けられる。聞き慣れない第6の声の持ち主の方へ視線を向けたハルカは、そこに立っている存在を視認しぎょっと固まる。お馴染みのイソジニール少佐の隣に立つ、同じく長身の身体に白衣を纏った人影。先ほどからずっとそこに立っていた異形の存在に、ハルカはようやく気がついた。
左右の袖から3本ずつ、うねうねと伸びた触手。白衣の下には地肌の透き通った薄紫色が覗き、全裸であることがわかる。その首にネクタイを締め、人間と同じく伸びた2本の脚(…?)にキチンと紺のハイソックスを履いているのは何かの冗談なのだろうか。白衣を羽織って片眼鏡を掛けた人間大のタコが、そこには真面目くさって立っている。
「宇宙人の人だ!!」
ハルカは見たままの感想を叫ぶ。
「オクタゴン星から国際太陽系外宇宙探査機構に参加しています。教授・リーです。みなさんの機体の整備と技術開発、並びに当艦の船医を担当しています。」
いかにも変態チックなルックスに相反して意外にも紳士的なタコ。声も無駄に美声である。ハルカは差し出された3本の触手を前に、「(どれと握手すればいいんだろう…?)」と困惑している。
<あ!コラくそエロタコ!俺様のハルカちゃんに汚ねえ触手で触んなや!!タコ臭くなるだろ!!>
ハルカの背後の1号機、そのコックピットから。黒いひよこがけたたましい叫び声を上げる。
<タコテメーあれだろ!医務室でハルカちゃんにここにはとても書けないようなあれこれいやらしい検査をして、身体の隅々まで調べ尽くしたり、おしっこパンツ→NEWパンツに換装したりする気だろ!!許さねえ!俺様も連れてけ!!せめてビデオに撮れ!!>
紳士的なタコとはまるで対照的に、こちらのひよこはまるで品がない。
「なあ、1号機…なんだってあんなAI積んでんだ?」
呆れたような顔でタツミが尋ねる。
「paiの開発は日本のAKINO重工がメインだと聴いています。特に1号機はインターフェースまわりの試作型ということで、女性にも親しみ易いよう。試験的にあのような人格が導入されたようです。」
タコはあくまで紳士的に、真面目くさって答える。無駄に美声である。
「はぁ…。なんか、逆効果じゃねえか?なあ…。」
隣に立つシホに同意を求めるタツミの前で、「ひよこさん!?」と真っ赤になったハルカがプンプン怒っている。
「そういうのは昔から、日本人の得意分野ですからなあ…。」
ハッハッハッハッハ、と呑気に笑うイソジニール少佐がちらりとアキノに視線を投げる。それを受けてアキノは、むぅと眉をしかめ、あからさまな不快感を現している。
それぞれに楽しく盛り上がっている一同の前を、豪穏、豪穏と音を立て、深緑色の巨大な機体が通りすぎていく。一同は話を中断し、何とはなしにその後ろ姿を目で追いかける。
「…あの、大きいの…?」
先程、自分の1号機を引き揚げた緑の機体。ハルカが呟くように質問する。
「ああ。あれはゴリラだ。4号機な。私らとは別枠、後方支援の第2小隊だ。」
タツミが答える。
「ゴリラ…。」
格納庫の奥へ運ばれていく4号機を見送りながら、ハルカが呟く。巨大な四肢に埋もれた機体。なるほど、それはゴリラのようなシルエットにも見える。ふと、そこで気がついたようにハルカが疑問を口に出した。
「こういうのって、普通は隊長どのが1号機なんじゃないんでありますか?」
微妙に間違っている敬語で上官に話しかけてくるハルカ。「(私に対してはもうそれで固定なのかよ。)」と苦笑を漏らすタツミに替わって、ここでもタコが適切な説明を行う。
「先程も言いました通り、ハルカさんの1号機は主にインターフェースまわりを調整するために作られた試作機でして。そこから量産を視野に入れて機体システムの試験のために作られたのがアキノさんの2号機。実質的な制式量産型の一機めが、タツミさんの乗る3号機ということになります。本来、1号機と2号機は予備機体として第2格納庫に保管されるはずだったのですが…。」
「我々の予想外のトラブルが若干あり、お二人の機体として運用される事と相成った訳です。ま、その辺の経緯はよくご存知かと思いますが。」
とぼけた口調でどこか違う方を向きつつ、タコの言葉を引き継ぐイソジニール少佐。眼鏡の下のアキノの瞳が、少佐をキッと睨みつける。少佐は何故か微妙に嬉しそうである。
「ちなみにあの4号機は、『π』動力に頼らずにpaiと同等レベルの機体性能を追及した場合、どうなるかというテストを兼ねた機体でして。結果、あのような巨大な機体サイズに…。」
ふと。格納庫の奥から近づいてくる気配を感じ、タコが説明を中断する。一同の視線がのしのしと揺れながらゆっくり向かってくる黒い頭に集まる。ナックルウォーク。長い前肢を利用した、大型の類人猿に独特の歩行方法。
「あ…あの、あれって…。」
顔を引きつらせたハルカがタツミを振り返る。
「ああ。あれはゴリラだ。」
タツミはさも当然の事であるかのように。4号機から降りてこちらに歩いてくる搭乗者の、言われなくても一目でわかるその姿を、そのまま現す固有名詞を口に出した。