第1話 出立の日 (1) 盆と正月 ③
船窓を解放し、明るい朝の陽射しに照らされた第一格納庫は、今日も慌ただしく活気に充ちている。走り回る作業員たちを鉄骨の足場から見下ろしつつ。手摺に身を預けた褐色の美女が、ポケェーと空を見上げている。よく日に焼けた健康的な肌。上腕二頭筋の盛り上がった腕を惜し気もなく露出させ。無造作にベルトを緩めた制服のズボンの隙間から、白い下着がチラリと覗く。よく引き締まり6つに割れた腹筋。上半身に唯一纏ったタンクトップが、大きく膨らんだ胸にぎゅうと谷間を造り出している。
「お。」
その豊満なバストを揺らし。護運、護運という振動が近づいて来る。褐色の美女の前を、移動台に載った青い2号機。次いで、白い1号機が通りすぎていく。
ニィーと吊り上がる口角。褐色の美女は手元に掛けていた制服の上着を掴むと、実に身軽に手摺を飛び越え、格納庫の床へと降りていった。
移動台が所定の棚に到着し、画根と止まる。
<おー、着いたかぁ。>
単調な移動にすっかり退屈して寝ていた黒いひよこが目を覚ましフルフルと頭を左右に振ってみせる。
「(こういうところはかわいいのに…。)」
なにやら、非常に残念な気分に襲われるハルカ。知ってか知らずか。黒いひよこはいつもの能天気な調子で喋り狂う。
<ナァナァナァ、ハルカちゃん!ハルカちゃん!ハルカちゃんてばハルカちゃん!今日はせっかくの二人の再会ですしぃー?こんなボロ艦ブッ壊しちゃってさあ、お仕事なんか二人で脱走て、どっかいこうぜハルカちゃん!俺様あそこいきたい、としまえん!それとも海?山?火星?なんならホテ…。>
ハルカは無言でプチッとモニターのスイッチを切る。
「おーい!こっちだこっち!」
とりあえず登場口を開け、機体の頭上からキョロキョロとあたりを見回していたハルカを、よく通る明るい声が後ろから呼ぶ。振り返ったたハルカは声の主の見覚えのある姿を認め、「あ。」と小さく声を上げる。
声の元には二人の人影。八重歯を光らせ、なにやら嬉しそうに手を振っている褐色の女性、そしてイソジニールに少佐。『ヒミツの第2☆格納庫』に先ほどまでいたはずが、いつの間にか先回りして迎えている少佐に、ハルカは「(んんー?)」と一瞬考え込む。
「おーい!早く降りてこいよ!待たせんなー!」
いかにも楽しげにハルカを急かす女性の呼び掛け。
「あ、すいませーん!!」
ハルカは急ぎ鉄骨の足場に移り、鉄階段を駆け降りる。
二人の前にハルカが駆け寄った時には、既に反対側から歩いてきたアキノも合流していた。またしても自分の到着を待たせてしまった形になり、少々気まずい気分のハルカに、褐色の女性が「よ!」と気さくに話しかける。
「アンタとはこの前も会ったよな。タツミ・ウシトラゥだ。3号機の搭乗者やってる。」
褐色の女性。タツミは親指で背後の虎縞の機体を指してみせる。
「カッコイイだろ?改造機だぜ!」
自慢気に大きく盛り上がった胸を張るタツミ。しかし黄色と黒のストライプに彩られた機体は、どう見ても建築重機にしか見えない。やたらフレンドリーなタツミの様子と、どうも常人とは異なるらしいタツミのセンス。ハルカは二重の意味で反応に困っている。
「あー。緊張してんのか?ま、一応私が第1小隊の隊長…ってことになるらしーんで、ヨロシク頼むわ。」
ハルカの反応を好意的に解釈したらしいタツミは、上機嫌でばしばしとハルカの肩を叩く。
「よろしくお願いします。」と普通に対応するアキノ、「た、隊長さん!?」と固まるハルカ。二人の反応は両極端である。
「…で、アンタらは?」
タツミに促され、ハルカは慌てて名乗りを上げる。
「あ!すいません!!私、春日奏歌です!!」
「秋野美月です。」
ぶんと勢いよく頭を下げるハルカの横で、素っ気なくアキノが続く。タツミは「おー。」とそれに応える。
「あ、それで、その…ウシ…トラ?」
言いずらそうに小声になるハルカ。タツミは「あー。」と思案顔で上に目を遣る。
「日本人には発音しづれーかぁ。えー、たしかあれだ、日本じゃ『ジューニシト』?ってんだろ。艦長が言ってた。ウシ、トラ、ウー、タツ、ミー…ってやつな。それで覚えてくれや。」
どうにも怪しげな日本の知識を披露するタツミ。その情報源が気になったハルカは、「艦長さん…って、日本の人なんですか?」と質問を返す。タツミは再び、「あー。」と上を向いて考え込む。
「どうだった…かなあ?たしか艦長、己様はニンジャの子孫だとか、アイアムサムラーイとか、ドンストップミーナウとか言ってた気がするけど。あー、でもそういや、インド人だから今日はヨガのアサナがどうたら言ってたような…?」
どうにも歯切れの悪いタツミの言葉。ハルカの頭の中で珍妙な「艦長さん」のイメージが形成されていき、情報の伝達に混乱が生じる。
「ま、私ァ堅苦しーの苦手だからよ。なんなら『タツミ』でもいーぜ?な、ハルカちゃんに、アキノちゃん。アンタらも『ハルカ』と『アキノ』…それで、別にいーよな?」
よな?と首を傾げるタツミ。思考の混乱からようやく戻ってきたハルカは怪訝な様子で顔を覗き込んでいる目の前でのタツミに気付き、1拍遅れてビッシーィ!と気をつけの姿勢になる。
「了解であります!隊長どの!!」
ふんすと鼻息荒く敬礼するハルカ。
「…まあ。アンタがそれでいいなら別にそれでもいいけどよ?」
ま、いいか、と流すタツミ。
「(秋野は苗字なんですが)。」
アキノは1人、心の中で冷静にツッコミを入れていた。
「…えー、お話は済みましたか?ちなみに私はオホーツク国軍少佐で当機構の監査役という、けっこう偉い人ですが。なんでしたら、親しみを込めて『イソジニールさん』と呼んで頂いてもけっこうです。えー、お二人にはこれから機体の最適化を…」
「おいオッサン!コイツら借りていーか?」
例によってとぼけた調子で口を開いたイソジニール少佐。どうあっても女子高生二人から「イソジニールさん」と呼んで頂きたかったらしい少佐は、割り込んできたタツミに「むう。」と難しい顔をしてみせる。オッサンと呼ばれたのも少々、少佐はお気に召さないようだ。
「私はけっこう偉いイソジニール少佐ですが。えー、お二人にはこれから機体の最適化を…。」
「せっかく揃ったんだしよ!3人で編隊飛行んでみてーんだよ!いいよな!な!」
元より。タツミには少佐の意見を聴く気などない。「ほら、行こーぜ!!」と、女子高生二人の手をグイグイ引っ張ってサッサと行ってしまう。
「こーいうのはよ!数こなして、とにかく慣れさせんのがイチバン速えーだろ?日本のコトワザで言うとこの、『並ぶならヤメロ!』ってやつだ!艦長が言ってたぜ!」
実に嬉しそうにはしゃぐタツミ。この脳味噌が筋肉で出来ている類いの女性と、頭脳明晰、冷静冷徹が服を着ているようなイソジニール少佐。まるで対極の二人が新人の教育方針という、意外なところで意見の一致を得たことに苦笑しつつ。少佐はやれやれと諦めの溜め息を吐く。
「…paiと発射台の使用申請書、事後で良いので出しておいて下さい。あと、私はけっこう偉いイソジニール少佐です。」
「了解!」
タツミが元気よく右手を挙げる。
今日1日。女子高生二人と行動できるはずだった予定を突発的に変更されてしまい、微妙に憮然とした表情ながらも。
予定にない突発的な『pai』の使用、並びに日本国の防空圏内での飛行訓練。美貌の「艦長」にこれから申請しなければいけなくなったイソジニール少佐は、「そういうのは困ります!」とぷんすか怒る「艦長」の顔を思い浮かべ。
ちょっとだけ、嬉しそうに微笑むのであった。
「3号機!出撃るぜ!パイスライドォ!」
威勢の良いタツミの声がサイドのモニターから叫び、暴温と発射台の轟音が響くのが、1号機の薄暗く狭い操縦席の中のハルカの耳に聴こえる。
青白く光る正面のモニター。浮かぶ円形のゲージは、どういう訳かパーセンテージがまるで上がらない。
「(あれ…?あれ…?この前もさっきもこれ、すぐ100%になったのに…。どうやるんだっけ…?)」
画面に浮かぶ<NOW LOADING….>の文字。黒い毛玉のように丸まった例のひよこがクルクルと回っている。
「ねえ、ひよこさん、ひよこさん。どうしちゃったの?起きてよ、ねえ。」
ハルカは画面を揺すったり、ボタン連打してみたりするがまるで効果はない。黒い毛玉は知ったことかとクルクル回り続けている。どうやら。先ほどハルカに強制的に電源を切られ、ヘソを曲げてしまったらしい。
<再起動ニハパスワードヲ入力スル必要がアリマス。パスワードヲ入力シテクダサイ。>
わざとらしい物真似の機械音声で黒い毛玉が言う。「(パスワード?)」と首を捻るハルカは<パスワードのヒント>と書かれた小画面に気がつき、とりあえずそれを開いてみる。
<秘密の質問;あなたのスリーサイズ。>
機械的に表示されるメッセージ。
「ひよこさん!?」
叫ぶハルカをよそに、黒い毛玉が<ハッハッハッハッハ。>と楽しそうに笑う。
「そのあたりの事は実際に乗って頂く方が理解が速いでしょう。」
イソジニール少佐の言葉の通り。ハルカはpaiの扱いの難しさについて、急速かつ正確に理解を深めていた。
「2号機、出ます!パイスライド!」
サイドのモニターから聴こえてくるアキノの声。ハルカはおろおろと焦った様子を見せる。
<ほらほらどーすんだ?次はお前の番だぞい?>
クックックックック、と笑い声を上げ、黒い毛玉はハルカを煽る。
「もう!!」
ハルカは仕方なく乱暴にキーボードを叩き、「パスワード」を入力していく。
突如、けたたましく鳴る警告音。真っ赤な画面に特大の<ERROR!>の表示。ハルカはビクッと背筋を反らす。
<サバヲ読マズニ入力シテクダサイ。>
黒い毛玉の機械音声。顔を真っ赤にしたハルカは全力のパンチを画面に叩き込んだ。
<ハッハッハッハッハ。人間素直がイチバン!これからも長い付き合いになるんだからさ、お互いウソはナシにしようぜハルカちゃん!>
ヒビの入ったモニターの中。ハッハッハッハッハと黒いひよこが笑っている。ようやく100%になった正面のゲージ。移動台に劫運、劫運と機体ごと運ばれながら。
「(なんか…納得いかない!!)」
結局、正確なスリー・サイズを入力してしまったハルカは、釈然としない表情をしている。
額梱。移動台が止まり、昇降機が1号機を引き上げる。ゆっくりと開いていく頭上の出撃口。せり上がる発射台。やがてその先端に、ハルカの1号機は設置される。
「1号機、発射準備完了です!」
側面のモニターから丁寧な女性の声が知らせる。
<オゥ、準備オッケーみたいだぜ、ハルカちん。>
黒いひよこはハルカを促すが。当のハルカはなにやらきょろきょろ、挙動不審な様子であたりを見回している。
<おい。俺様は待たされるのが嫌いだ。さっさとやれ。>
黒いひよこが凄みを効かせた声色で言う。
「あ、あのね…その…。」
ハルカは言いづらそうに、もじもじと口を開く。
<なんだよ。ションベンか?漏らせ!!>
イライラと荒い声を上げる黒いひよこ。「違うよ!!」即座に返答しつつ。ハルカは消えそうな声で言葉を続ける。
「やっぱり、その…、あれ。言わなくちゃいけない決まり?…なのかなぁ…?と思って…。」
<あぁ!?>
黒いひよこの怒声がハルカを遮る。ビクッと背筋を反らしたハルカが、若干後ろめたそうに目を逸らす。
<俺様は今、けっこう機嫌が悪い。ふざけた事言ってっと、座席ごと強制排出してサイドニアまで吹っ飛ばすぞ。>
本気とも冗談ともつかない黒いひよこの台詞。追い討ちをかけるように、側面のモニターが「1号機!何かトラブルですか?1号機!」と呼び掛けてくる。
「…もう!!」
意を決したハルカは、迷いを振り切るようにぶんぶんと左右に頭を振り、半ば焼けクソ気味に叫んだ。
「1号機!いきます!…ぱっ、ぱいすらいど!!」
轟音。求無!という発射のGがハルカの全身を襲った。
夏の終わりの青空を昇る純白の砲弾。計器の電子音が急激な高度の上昇を伝え続けている。
身体を強張らせ固く目を閉じていたハルカは、<ハルカ、おいハルカ。>と呼び掛ける黒いひよこの声に、おそるおそるその目を開く。
<1号機!いきます!…ぱっ、ぱいすらいど!!>
スピーカーから大音響で流れる自分の声。<REPLAY>と右上に表示された正面モニターの中の自身が、真顔で馬鹿な台詞を叫んでいる。
「ひよこさん!?」
ガバッと顔をあげ、咎め立てるようハルカが叫ぶ。
<ハッハッハッハッハ。次は頑張れ。>
黒いひよこが呑気に笑っている、その向こう。
画面の奥に映し出されている光景を瞳に捉え、ハッと息を飲んだハルカの身体が一瞬に固まる。
眼下に波うつ白き雲海。抜けるような蒼の輝き。
無限の天宙が、美少女の前にどこまでも拡がっていた。




