第1話 出立の日 (1) 盆と正月 ②
ヒミツの第2☆格納庫。薄暗い電灯の明かりの下、ひっそりと鎮まりかえる庫内に。白い1号機と青い2号機。2体の『pai』が向かい合わせに立っている。
素朴な鉄骨の足場からその光景を見下ろしたハルカは、今さらのように「ほぇー。」と感嘆の吐息を漏らす。
「えー、お二人ともこれは既によくご存知かとは思いますが。」
イソジニール少佐が例によって、例の一言を置いてから話し始める。まず一撃の牽制を入れる。それが少佐の会話のスタイルであるようである。
「(しつこい!!)」
ハルカは先ほど床に強かにぶつけ、まだ赤く跡の残る額に眉をむー、としかめる。
「こちらが当機構の誇る最新型の人型機動兵…、おっと、宇宙探査用作業ポッド、でしたかね。であるところの『pai』、その試作1号機、そして2号機です。」
わざわざ1度言い間違えてみせるのは、先ほどの失言を指摘してきたアキノに対する当て付けなのだろうか。当のアキノは涼しい顔で説明を聴いている。
「従来、『π』動力はその生み出すエネルギーの大きさから、例えばこのオバマのような外宇宙への航行を目的とした艦等に用いられてきたのですが。発送の転換、と言いますか、コロンブスの卵、と言いますか。実はこのたび、プロジェクトとして我々のチームはこのような小型の機動へ…宇宙探査用作業ポッドに動力として、試験的に「π」を用いてみようじゃないか?という流れになっておりまして。先行して建造されたのがこの、試作型2体となります。」
イソジニール少佐はニコニコと説明を続けるが、アキノを見るその眼は冷たく、笑っていない。まして。少佐の説明をろくに聴かずにさっきからそわそわ、キョロキョロしているハルカを見るその眼に関しては別な意味で笑っておらず、既に殺意がこもり始めている。
「無限とも言える『π』のエネルギーをたった一機の機動兵器…宇宙探査用作業ポッドの動力として使用する。それが何を意味するか…?出力、速度、航続距離、作戦行動可能範囲。従来の兵器の概念を根底からひっくり返し、戦闘というものの常識を完全に破壊しかねない。それほどのスペックをこれらの『pai』は秘めておりまして…。」
「何と戦うんですか?」
少佐の説明を遮るアキノ。イソジニール少佐は「ふむ。」と一拍、思案顔で間を置くが。
「…ゆえに、当機構の最高機密として扱われていたのですが。先日の戦闘にて、ご存知の通り、ちょっとした想定外が起こりまして。外部の人間にその存在を知られてしまいました。」
予定していた嫌味に繋ぐ事が1番効果的な反撃になると判断し、とりあえずはアキノの言葉を無視して説明を続ける。少佐の期待した通りアキノはそれ以上追及することはせず、グッと唇を結び少佐をぐぬぬ睨み付けている。ハルカは既に二人の話についていけていない。
「…まあ、そんな訳でして。こうなった以上はもう開き直って、大っぴらにコイツを使っちまおうぜ!という当艦責任者の方針もあり、今後は積極的にこれらを運用していくことにあいなったのですが、ここで少々困った問題。先ほど申しました通り、この『pai』はそれはそれは強力で、ブッとんだ性能の兵器、あー、いえ、宇宙探査用作業ポッドなのですが。やはり少々欠点というか、問題がありまして。」
少佐は案外根に持つタイプのようであり、しつこく「宇宙探査用作業ポッド」と言い直している。
「『π』動力機の特徴、というか、特性、と言いますか。実は『π』には1基につき1人の専属の操作員を必要とするという欠点がありまして。ソコがまあ、『π』の発見から今日に至るまで、『π』動力が一般に普及していない理由でもあるんですが。理解りやすく申し上げますと、専属の操作員以外が動かそうとすると、『機嫌を損ねてしまう』、最悪、機能不全に陥りそのまま2度と機動しない、なんてこともあるそうでして。」
ようやく話の核心に近づいてきたのか。イソジニール少佐の眼光は次第に鋭くなってきている。空気の変化を感じたハルカ、アキノの二人は気圧されたように真顔で少佐の話に聴き入る。
「…この度。お二人に当艦の搭乗員として着任して頂いた、最大の理由はつまり、そういう事です。お二人にはそれぞれこの1号機と、2号機。専属の操作員…操作員を務めて頂くことになります。」
相変わらず少佐は人当たりの良い笑顔のままだが、その言葉には有無を言わせぬ迫力がある。その冷たい灰色の眼光は、「(そうでもなければとっくに貴女達は秘密裏に始末されてますけどね。)」と言外に語っている。
「ま、論より証拠。そのあたりの事は実際に乗って頂く方が理解が速いでしょう。おっと。お二人とも既に先日、『pai』には搭乗されていたんでしたね。ではとりあえずの説明はこのくらいにして、早速ですがお仕事の方をお願いしましょう。」
イソジニール少佐は最後まで、美少女二人への嫌味を混ぜるのを忘れなかった。
<イヤッホゥイ!ハルカちゃんてばお久!ナニ?ナニ?やっぱり俺様ちゃんの事が忘れられなくて、戻って来てくれちゃって、くれちゃってくれちゃってくれちゃって、くれちゃってくれちゃってくれちゃってくれちゃった系?>
護運、護運と揺れる1号機。移動台に載せられ運ばれている卵型の機体の操縦席。ハルカはモニターに映る黒いひよこのやたらとハイテンションな挨拶を受け、はぁあぁと大きな溜め息を吐く。黒いひよこは気にもせず、<ちにゃー、ちにゃー。>と2週間ぶりの再会を全力で喜んでいる。
「お引っ越し、だって。」
ハルカはとりあえず、イソジニール少佐に与えられた今回の用件を伝える。ハルカの乗る1号機と、アキノの乗る2号機。本来試作機であるこの2体は『実戦』に投入されることはなく、『ヒミツの第2☆格納庫』の中で埃を被り続ける運命にあったのだが。ハルカとアキノ。二人の搭乗者得たことにより、実働機体として運用されることになり、それに伴いメインの格納庫である『第一格納庫』へと移動することになった。新人搭乗者二人にまず与えられた「お仕事」とは、つまりそれである。
「…あのね。私、このロボットのパイスライダー…ってやつになった。」
『paiを駆る者』。聞き慣れない言葉であるが。イソジニール少佐によると、「あくまでもpaiの搭乗者だからpai's riderであって特にいやらしい意味はありませんよ。」なのだそうな。多少不審に思いつつも、ハルカはその言葉を口にする。
<キター(・∀・)-!!>
黒いひよこが歓喜の叫びを上げる。
<いやぁー、ヨカッタヨカッタ!これで俺様も、この前のハルカちゃんじゃなきゃヤダ!チェインジ!イエスウィーキャン!と駄々をこね続けた甲斐があったってモンです。小早川です。>
ウンウンと頷く黒いひよこ。ハルカは「実際に乗って頂く方が理解が速いでしょう。」というイソジニール少佐の言葉を思い出し。
「(はぁ…こういうコトかあ)。」と、再び大きな溜め息を吐いた。
軌道の上を、護運、護運と運ばれていく2機のロボット。その背後で、殻殻殻殻と『ヒミツの第2☆格納庫』のシャッターが閉ざされてゆく。その隙間、射し込む外部の光に照らされた格納庫の最奥。灰色の機体と漆黒の機体、2機のpaiが取り残されたように立ち尽くしている。やがてシャッターは完全に閉ざされ、我傘という音響と共に『ヒミツの第2☆格納庫』は元通りの闇に閉ざされていった。