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SECT.4 戦女神フレイア

 ひょい、と下から表情を覗き込むと、アレイさんは、それでも何かを考えているみたいだった。

 どうしたんだろう? いつもなら、すっぱりと断ってしまいそうなものなのに。

「……考えてみよう」

「うえっ?!」

 思わず変な声が出た。

 なだめるように、アレイさんの大きな手がおれの頭を撫でていった。

 きっと何か考えがあるんだろう、だとしたら黙ってた方がいい。

「本当ですか?」

 承諾したわけではないけれど、アレイさんが一蹴しなかったことで、モーリはぱっと顔を輝かせた。

 するとアレイさんは、いつものように無愛想な顔をしておれを見下ろした。

「おい、くそガキ」

「ガキって言うな」

「お前はここに残って詳しい話を聞いて来い。俺は先に戻る」

「えーっ? それはひどいよ、アレイさん!」

 思わず言い返したのに、アレイさんはまるで聞こえていないかのようにすたすたと去っていく。

 モーリが慌てて後を追い、アレイさんに話しかけているのが見えた。

 そんな二人の後姿を見送りつつ頬をふくらましたおれを見て、ルゥナーがくすくすと笑う。

「じゃあ、私がこのテントの中を案内しましょうか、戦女神(フレイア)?」

「フレイア……?」

「ええ、次の演目で重要な役目を負った王族の一人よ。『戦女神』フレイア――戦では全軍の先頭に立つ勇猛な剣士、そして、すべての男性を虜にしたとされる美しい女性なの」

「へえー、きっときれいなヒトだったんだろうね!」

「ええ、そうね。ケルトでは最も愛される王族の一人よ」

 戦女神とも呼ばれる、万人を虜にしてやまない、絶対に揺るがぬ精神を持つ美しい女性――おれは、そんな人を一人だけ知っている。

「もし貴方がよければ、フレイアを演じる事になると思うわ」

「おれがそのフレイア? 似合わないよ、そんなの」

 それが似合う女性は、もうこの世にいない。

「ふふ、でもきっとモーリはそのつもりよ。ウォルジェンガ、と言ったかしら。彼にはフレイアの兄、豊穣神フレイを当てる気だわ」

「そのフレイ、っていうのもその……『王族』の一人なの?」

「ええ、今から200年前、ケルトの革命があったのだけれど、その時に多大な貢献をした少女リオート=シス=アディーンに助力したとされるのが、その豊穣神フレイと戦女神フレイアの兄妹だったと言われているわ」

 ルゥナーはおれを伴って歩きながら、ゆっくりと話してくれた。

「今回の演目は、その革命少女リオートを主人公にした、革命の物語なのよ」

「じゃあ、ルゥナーがそのリオートを演じるんだね」

「ええ、そうよ」

 にこりと笑ったルゥナーは、可愛らしいけれど、どこかに芯の通った強さを持つ魅力的な女性だ。

「こんなに可愛らしい戦女神フレイアなら大歓迎だわ、グレイス。私からもお願い。一緒に、舞台に出てみない?」

 舞台。

 鮮やかに、煌びやかに、美しく、灯すように。

 さっきのルゥナーみたいに、おれもあんな風に踊れるかな?

「うん、おれも、やってみたい」

 にこっと笑ってそう言うと、ルゥナーは本当に華綻ぶように微笑わらった。

 あれれ、アレイさんは『考えてみる』って言ったのに、もしかしてこれは、おれが勝手に引き受けちゃったことになって、後で怒られちゃったりするのかな?

 ま、いいか。

 アレイさんは、おれがやりたいようにやっても、ため息をついたりいくらかお説教したりするだけで、ぜったいに『おれを見捨てたりはしない』――それは、彼の誓いだから。

 おれはその誓いを信じているし、彼がその誓いを破ることなんてないだろう。

「行きましょう、グレイス。案内してあげるわ!」

 ルゥナーがおれの手をとって、ひく。

 うん、ま、アレイさんには後で謝ればいいか。

「でもさ、おれに出来るの? 踊りも歌も、ぜんぜんやったことないよ?」

 そういえばそうだ。なんでモーリはおれたちに声をかけたんだろう。全く芝居なんて経験ないのに、どうして誘おうと思ったんだろう。

 どうして、と、ルゥナーに聞くと、彼女は少し首を傾げ、でも、すぐに答えてくれた。

「きっと、モーリには貴方たちがフレイアとフレイに見えたのよ」

「……?」

 その言葉の意味が分からずに眉を寄せると、彼女は笑いながら続けた。

「私にも最初、そう見えたんだから」

 やっぱり分かんない。

「豊穣神フレイと戦女神フレイア――彼らは王族。人間ではない存在なの。それは見た目でもあるし、演技でもある。でも、それより何より、持っている魂がとっても重要なの」

「魂?」

「そう。そこにいるだけで視線を集めてしまう存在感、何者にも屈しない、凛とした空気を背負っている。貴方たちには、他の人にはない何かがあるのよ。私はぜんぜん武道に詳しくないから分からないけれど、きっと強いんでしょう?」

「ん……まあ、それなりに」

 腰に差した二本のショートソードをマントの上から撫で、確認する。

「美しいのよ、グレイスも、ウォルジェンガさんも。その正体がいったい何かは分からないけれど、そこに在るだけで人の心を揺さぶる存在なの」

 ルゥナーは真剣で、とてもおれをからかっているようには見えなかった。

 でも、そんな風に言われるとすごくくすぐったい。

「おれはそんなにすごくないよ」

「ふふ、私は思った通りに言っただけよ。きっと二人とも、舞台に映えるわ」

「そうなのかなあ? アレイさんはともかく、おれはきっと違うよ」

 そう言うと、ルゥナーは首をかしげた。

「グレイスはウォルジェンガさんのことを『アレイ』って呼ぶのね」

「あ、うん。アレイって、ウォルの……ウォルジェンガの昔の名前なんだ。ちょっとわけがあって名前が変わっちゃったの。でも、詳しくは言えないんだ」

「そうよね、グレイスだって戦争を乗り越えたんだもの、たくさんのことがあったわよね……ごめんなさい」

「大丈夫だよ、気にしないで」

 おれとアレイさんの大罪の証を残しているのは、悪魔の紋章以外にはもうこの名前だけだった。

 ラック=グリフィス、そしてアレイスター=クロウリー。この名でセフィロト国全土に指名手配されている。おれがグレイシャー=ロータス、アレイさんがウォルジェンガ=ロータスを名乗るのにはそういう理由があったのだ。

 そこで、ふと周りを見渡すと、いつの間にかテントの外まで出ていた。

 あれ、いつの間に。

 と思ってきょろきょろすると、少し離れたところで剣を交える二人の姿が目に入った。

 さっきまで舞台で剣舞を披露していた二人だ。どうやら、舞いだけでなく剣術そのものの心得もあったらしい。

「ね、ルゥナー、あの二人の所に行ってみたいな」

 いいわよ、と笑ったルゥナーの手を引いて、打ち合う二人の青年の元へと駆けた。



 近寄って行くと、二人は剣を納めてルゥナーに向かって頭を下げた。

「二人とも、今日も元気ね。仲よくしてる?」

「ルゥナー嬢、オレっちとこいつと一緒にしないでっていつも言ってるじゃん!」

「……全くだ」

 二人は即刻言い返してきた。

「こいつよりオレっちの方が百倍、上達してるもんねっ」

 金髪に黒のニット帽をかぶった方の青年が腰に手を当て、隣に佇む紺色の髪の青年を指す。

 ストレートの藍色髪で右目を隠したもう一人の青年は、特に表情も見せずちらりと睨んだだけだった。眠そうにしているのは気のせいだと思うが、なぜだか眩しそうに少し目を細めていた。

 二人とも舞台衣装と思われる紅の衣に身を包んでいた。

「相変わらずね、フェリス。シドも、言い返していいのよ?」

「馬鹿に返す言葉はない」

 黒髪の方――おそらく、シドは愛想の欠片もなくぼそりと言い放った。

 それを聞いた金髪黒ニットのフェリスは、間髪入れずに言い返した。

「言っとくけど、それオレっちの台詞だからねー?!」

「ほら、二人とも、喧嘩しない。モーリが連れて来た『戦女神フレイア』を紹介するわ」

 ルゥナーの言葉で、二人の視線が一斉にこちらに降ってきた。

 それを見てにこりと笑いかける。

「はじめまして、グレイシャー=ロータスです。よろしくお願いします!」

「かーわいぃじゃん。オレっち、フェリス。今回はたぶん、革命少女リオートが恋慕した将軍、サヴァール=ヴァイナーをやると思うよ!」

 ネコみたいなセルリアンの瞳は、笑うときゅっと目じりが上がって、ホントに人懐こいネコみたいだった。

「フェリスか。よろしくね! おれの事はグレイスって呼んで。それと、えーと、シド? だっけ。よろしく!」

 まるでアレイさんのみたいにさらさらの髪を少し揺らして、シドも会釈した。

 二人とも、歳は20歳前後だろう。

 さっき見ていた限りで、剣を扱う事にはかなり慣れているようだった。剣舞だけでなく、普段から剣術の稽古をしているはずだ。

「ねえ、フェリス、シド。せっかくだからさ、稽古、一緒にしていい?」

 そう言いながら、ばさり、とマントを取り去った。

「えっ、グレイス、剣使えるの? 危ないよ?」

「だいじょうぶ、少なくとも、おれは戦争前・・・から剣を振ってるよ」

 両腰のショートソードをすらりと抜いて構えて見せると、二人は声を失った。

「だっておれは、『戦女神フレイア』なんだぜ?」



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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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