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SECT.1 国境都市リンボ

 夕刻、西に傾いた太陽が朱色を呈し、暗灰色の石が積まれてできた城壁を仄かに色付ける。国境都市リンボとその周辺地域を治めるパリエース家の屋敷が城壁から見え隠れし、独特の形の影をあけの空に映し出した。

 接しているのが他国との交流をほとんど持たない民主主義国リュケイオンとはいえ、ここも国境であることに変わりない。

 ディアブル大陸唯一の民主主義国であるリュケイオンは、王制をしいている他の国との交流が少ない。特に戦争となると全く干渉はなく、国際問題にもほとんど口出しをしない。4年前に集結したグリモワール王国とセフィロト国の戦争の際も動じる事はなかった。北の大国ケルトは食糧支援を、隣国クトゥルフは難民の受け入れを主に援助したというのに。

 逆にいえば、そのお陰でリュケイオンはいくつもの戦争を回避してきたともいえる。

 最もリュケイオンが不干渉主義とはいえ、他の国教都市の例にもれず、古くからこの地を治めるパリエース家は軍備に優れ、国家騎士団とは別にかなりの規模の軍事組織を有しているというもっぱらの噂なのだが。

 余所者を拒むこの高い城壁もその一環と言って差し支えないだろう。



 さらに時を経て、月の明かり以外何もなくなった頃、二人で城壁に近付いた。見張りには悟られないよう、闇が手伝ってくれる。

 近くで見ると国境都市を守る城壁の高さが実感できた。それも、きっちりと組まれていて足場はほとんど見当たらない。これを登る事は不可能だろう――普通の人間ならば。

「どうやって越えるの?」

「……飛ぶ(・・)より仕方あるまい」

「だよね」

 ひょい、と肩を竦める。

 ずっと羽織っていた丈夫なフード付きマントを脱ぎ、短衣とショートパンツというラフな格好になる。両腰には一本ずつショートソードを括っていたが、それはそのまま。

 準備運動とばかりに大きく伸びをして、腰に手を当てる。

「んじゃ、行こうか」

「絶対に見つかるなよ」

 念を押したアレイさんに分かってるよ、と言い返してから、先ほどまで担いでいた荷物とマントを胸に抱きかかえた。

 そして。

「ルシファ」

 目を閉じて、美しい悪魔の名を呼んだ。

 額が焼けるように熱くなり、背に大きく一対の翼が広がって、全身に加護がいきわたる。暗闇だった周囲の景色がはっきりと見えるようになり、聴覚が、触角がみるみる鋭敏になっていった。

 魔界の王、リュシフェルの召喚。

 額には黒々としたリュシフェルの紋章が浮かび上がっているはずだ。

 そのまま翼を広げ、漆黒の空へと飛び立った。


 城壁を難なく飛び越え、静まり返った夜の城下街に降り立つことが出来た。

 ふわり、と音もなく着地すると、背に広げていた大きな一対の翼を折りたたんで、全身を包んでいた加護をほどく。すると先ほどまで感じていた額の熱さが消失した。同時に、加護によって最大限に開かれていた感覚や身体能力も収束していく。

 先ほど召喚した悪魔が魔界に帰ったことを確認し、きょろきょろとあたりを見渡した。人目につかぬよう裏道に降り立ったのだ。誰にも見られてはいないはずだ。

 舗装されていない裏道から城壁と同じ暗灰色の石畳が敷き詰められた道に出ると、迫る様にして両側に家が立ち並んでいる。のっぺりとした壁に窓がついただけのシンプルな住居はこれまでとそれほど変わりなかった。ただ、ここが国境都市であるからだろう、これまでの街より店や宿が多い。

 いかに隣国リュケイオンが周囲との交流をほとんど持たないと言っても、接しているこの街には多くの人が訪れ、多くの交易品が集まるのだろう。

 それほど大きな街とは言えないが、その分エネルギーがぎゅっと詰め込まれたような街だった。

 いったいどんな店があって、どんな人が暮らしているんだろう? 探検するのが楽しみだ――思わず頬が緩む。

「うまく入れたね」

 後を追ってアレイさんが上空から降りてきた。

 その背に閃かせているのは――純白の翼。

 地に足が着いた瞬間、その翼は背から消失した。マントを取り去った彼は黒衣を纏っている。装備は少ないが、腰には長剣を携えていた。

 そしてその両手には大量の荷物を抱えている。

「全く、少しは荷物を持て!」

 アレイさんはもともとそんなに愛想が良くない顔なのに、さらに眉間に皺が寄っている。

「ごめんって」

 ちゃんと謝ったのに、ますます眉間の皺が増えた。

「待て、くそガキ。街の散策をする前に宿をとるぞ。宿に入るのがあまり遅いと怪しまれるからな」

「はあい」

 探検しようと思ったのに……そんな安易な考えはアレイさんには見抜かれていたか。

 まあいいや、探検するのはまた明日でも。



 少しずつ意識が浮上する。

 瞼を閉じていても刺すような光が差し込んできた。

「カーテン閉めるの忘れた……」

 喉の奥から絞り出すような声が漏れる。20歳少々の女性が出すにしては掠れ過ぎているが、まあ寝起きだから仕方ない。もともと声はそんなに高い方ではないのだ。

「ねえ、アレイさん、カーテン閉めてよう……」

 隣のベッドにいる筈の彼に声をかけたが、返事がない。

 もう剣の稽古に行ってしまったんだろうか? 彼は毎日の早朝稽古を絶対に欠かさないから。

 仕方がないのでもぞもぞとベッドから這い出して服を着る。ゆるい若草色の短衣に膝上のスパッツ。両腰にはショートソードを下げた。

 一番動きやすい服なのだが、これもまた22歳の女性がする格好ではないとよく言われる。

 ふっと見ると鏡が目に入った。大きな黒瞳、鼻と唇がバランス良く配置された顔は賛美の対象ではあるらしい。

 でも、おれなんかよりアレイさんの方がずっと綺麗だと思うけどね――もっと笑えばいいのに。

 いつも眉間に皺が寄っている旅の連れを思い出して、くすりと微笑んだ。

「お腹すいたっ! アレイさん探して、朝ご飯にしよう」

 履き慣れたショートブーツに両足を突っ込んで、部屋を後にした。

 そして、階段の踊り場にある窓から外を見ると、宿の裏庭で黒髪の男性が剣を振っているのが見えた。力強く流れるような剣技は、彼の師匠から継承したもの。毎日続けた型は、体に馴染んでまるで美しい舞いのようだ。すらりと引き締まった長身と彼の愛剣は一体となり、見る者の目を惹きつける。

「アレイさん! 朝ご飯にしようよ!」

 窓からそう叫ぶと、彼は眉間にしわを寄せ、大きなため息をついた。


 朝食を終えて、剣とヒップバックだけを携えた軽装備で街へと繰り出した。連泊するので荷物は部屋に置いたままだ。

 一応部屋に鍵はかけてあるが……まあ、盗られても支障のない程度のものしか置いてない。

「とりあえずさ、市場に行こうよ!」

 紫の瞳を見上げてそう言うと、彼はまたも大きなため息をついた。

「お前は本当に今の状況が分かっているのか? これから……」

「分かってるよ。でも、国境を越える手立てを考える時は、まず情報収集じゃない?」

 そう言うと、アレイさんはもう一度大きなため息を重ねた。

「……鳥頭のくせに、何故そう核心だけは外さないんだ」

 その言葉に首を傾げると、彼はおれを置いて歩き出した。

「あっ、待ってよ!」

 おれも慌てて彼の背中を追いかけた。




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登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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