--- はじまり ---
この作品は「LOST COIN」シリーズの「第二幕・放浪編」にあたります。
ここから読み始める事もできますが、もしよろしければ「第一幕・滅亡編」からどうぞ。
「LOST COIN」まとめページ↓
http://sky.geocities.jp/lostcoin_ht/lostcoin.htm
ブログ「また、あした。」
http://d.hatena.ne.jp/lostcoin/
4年前、戦争が終結した。
悪魔を崇拝するグリモワール王国と、天使を崇拝するセフィロト国との凄惨な戦は、グリモワール国土を破壊しつくし、一つの王国の存在を消し去った。
現在この大地を支配するのはセフィロト国――天使を崇拝する光の国。
そして、多くの天使達が見守るこの国の片隅で、小さな物語が始まろうとしている。ただの序章でしかなかったその小さな物語は、やがて多くの人々を巻き込み、新たな世界の創造へとつながっていく。
そんな小さな物語の始まりの事は、まだ誰も知らない――
ふっと振り向くと、これまで歩いてきた道が足元から地平まで続いていた。
生まれた土地を遥か遠くに置き去りに、自らの手足だけを頼りにここまで来てしまった。今更悔やんだところで戻れはしない。自分の手に染み付いてしまっている罪も消すことなんて出来ない。
それでも、今も胸に溜まったままの望郷の念は、隣を歩くヒトによって随分と緩和されたのだった。
「もうすぐ国境だね、アレイさん」
そう言って、目線を合わせようと見上げると、すぐ隣を歩いている今、首をいっぱいにしないと彼の顔を見る事が出来ないのだった。
端正に整えられた顔立ちと、切れ長の眼に収まる紫水晶。すらりと均整のとれた長身は、何度見ても綺麗だなあと思う。歳は確か、えーと、そろそろ30歳になるような年齢だったと思うのだが、20代の前半と言っても差支えがない容貌をしている。表情が少ない分近寄りがたい雰囲気があるけれど、それも眺める分には凛とした空気に存在感を添えているのだった。
昔は腰ほどまでもあるストレートの黒髪だったのだが、今ではバッサリと切ってしまい、耳の辺りまでしかない。
もったいないな。彼の黒髪は非常に手触りがいいから伸ばしてくれるととても嬉しいのだけれど。
代わりに自分の髪は背中まで伸びた。あと3年もすれば昔のアレイさんと同じくらいの長さになるかもしれない――肩越しに自分の黒髪を一房、弄びながらそんな事を思う。
自分はどうやら見た目だけなら文句なしに『美少女』と呼ばれる部類に入るらしいので、髪を伸ばしてからの評判は上々だった。
まあ、そんな事はどうでもいい。このヒトが隣にいてくれるだけで満足なのだから。
「阿呆面をするな、くそガキ。見ているこっちまで気が抜ける」
「もう、『くそガキ』って呼ぶの、やめてよ! おれにだってラックっていう名前があるんだから」
「お前などくそガキで十分だ」
表情も変えずばさりと切り捨てたアレイさんは、こちらに視線を向けもせず黙々と歩いている。
でも、コンパスの違いにも関わらず急ぎ足にならないという事は、それなりに気を使ってくれているんだろう。もう一度だけ紫の瞳を見上げてから少しだけ微笑んだ。
「だから阿呆面をするなと言っているんだ」
「阿呆面って言うな!」
ぷっと膨れて見上げると、彼は唇の端をあげてようやくこちらを見た。
「お前はいったい幾になった? 24か? 初めて会った時から6年も経つというのに全く変わらないな」
「うっ、うるさいなっ!」
予期せぬ微笑みに動揺してしまう自分がいる。
落ち着け、心臓!
何度見ても、このヒトの微笑みに慣れる事が出来ない。それはきっとこのヒトがとんでもなく無表情だっていうのと深い関係があると思う。
心を落ち着けようと前を見ると、見上げるほどの城壁に囲まれた都市が目の前に迫っていた。
「もうすぐ国境都市のリンボだ。いつものように日が暮れてから入るぞ」
「……分かってるよ」
セフィロト国をまっすぐ東西に貫く街道の先にある国境都市リンボ――この都市の少し先にある関所を越えれば、隣国のリュケイオンだ。
「見つかってしまえば元も子もない。皆に迷惑をかける訳にはいかんからな」
「そうだね」
自分たちの負った枷を忘れているわけはない。セフィロト国に自分たちの存在を知られてしまえば、確実に始末の対象になるだろう。その前にこの国を出なければならない。
左腕の篭手の下に隠された痕を押さえ、唇を引き結んだ。
恐らくこれまでの旅で最大の難関になるであろう国境の関所を睨んで。
戦争が終了した4年前から、おれたちにはセフィロト国からの追手がさし向けられていた。
罪状は、簡単にいえば殺戮だ。
戦争だったとはいえ、セフィロト国に甚大な被害をもたらしたおれたちは、今や押しも押されぬ第一級犯罪者だった。
そう、もし、お前は本当に人間なのか、と問われれば、おれは即答する事が出来ないだろう。
その理由はもちろんいくつもある。隣にアレイさんがいてくれるから普段は考えなくて済むけれど、その不安と罪の意識は油断するとむくむくと頭を擡げてくるのだ。
何より大きな要素は、おれが悪魔を召喚するということだろう。それも、最上級も最上級、魔界の王とまで呼ばれた最強の悪魔を――
簡単に推敲したので、最初から連載をし直すことになりました。
手前勝手で申し訳ありません。
これからもよろしくお願いいたします。