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第9話「悪役プレイは主役側以上に空気を読まなければならない」

 声を聞けば分かる。礼拝室の入り口に現れたのはテオドールだった。とはいえ私の視界の隅をよぎったのは白っぽい影だけで、そこに立つテオドールが今どんな格好をしているのかまでは分からない。法衣なのか私服なのか、剣は所持しているのか否か、それによってメルヒオールの反応も変わってくるだろう。だから私はそれを踏まえて返事をしなければならないのだけれど、テオドールを視認できず、見えない場所で頭を抱える。


(どうしよう。困った……)


 誰かに助けを求めたい、いや、別に助けなくてもいいから少しだけ時間を止めて攻略サイトを閲覧させてほしい。そんな都合のいい泣き言を脳裏で繰り出しながら、私の中の冷静な部分は自分の把握している情報の分析を始めていた。自分でどうにかしなければ、折角変えたシナリオの流れが元に戻ってしまったとしても文句は言えないだろう。一度変えてしまった以上、常に変え続けなければならない。私は視線を目の前の、首に突きつけられた剣に移す。


 ……まず、テオドール。

 ゲーム内の記述から察するに、彼はメルヒオールの顔をほとんど覚えていないか、面識が全くなかったものと思われる。もしも現時点で団長の顔を知っているのだとしたら、召喚された『神の子』に心身を蝕まれてゆく父ヘルムートの姿を見て、神官騎士団上層部の関与を疑ったはず。彼は、その夜屋敷に泊まった白子アルビノの男のことは覚えていたのだから。そして後に再会し、黒衣の白子が自身について神官騎士団長メルヒオールと名乗って初めて、テオドールは自分の所属する組織に欺かれていたことを知った。

 だからテオドールは今、私に剣を突きつける男のことを自分の上司とは思っていないはず。


 ……そして、メルヒオール。

 部下であるテオドールが上司の顔を知らないくらいだから、上司であるメルヒオールがテオドールの顔を覚えているとは思えない。でもそれは部下としての話。メルヒオールはシルト村の領主代理を務める男が司教であることをあらかじめ調べ上げていた。彼がどのような資料を見たのかは分からないけれど、家族構成まで記載されていたなら、領主代理の息子が神官騎士であることも把握しているはずだった。つまり自分の部下だということ。

 この城館内でメルヒオールがテオドールと既に顔を合わせたのかどうかは分からない。ゲーム本編から察すると、この日、もしくは翌日に、テオドールはメルヒオールの姿を見かけている。具体的な状況については記述されていない。ただ、メルヒオールの任務の内容を考えれば、彼が自分からテオドールに接触したとは考えにくい。彼は部下の記憶に残りたくなかっただろうから。


 つまり、今の状況は、メルヒオールとテオドールはお互いに相手の素性を全く知らないか、メルヒオールだけが知っていて自分の素性を隠したいと思っている状態。

 そしてメルヒオールは、司教の息子には隠しておきたい自分の名前と地位を私に知られている一方で、自分の秘密を握る私が神官騎士の父親を禁呪でダイヤモンドに変えたことを知っている。もしも私がこの場でメルヒオールの名を呼べば、彼は私の手に輝くダイヤモンドの秘密を暴露するのだろうか。それとも即座に私を殺し、そしてテオドールも殺し、次の『召喚場所』を探しに行くのだろうか。どちらにしても、つまらない。準ラスボスキャラに利用価値がないと見なされるのは、悪役キャラのプレイヤーとしてとても心外だ。

 私は瞼を軽く伏せる。台詞の方向性は定まった。


「テオドール。あなたにはこれが逢い引きに見えるの?」

「先程のロザリンドお嬢様の囁き。求愛の言葉にしか聞こえませんでしたよ」


 まとわりつくように陰湿にテオドールはせせら笑う。

 だけど私の気持ちとしては、手応えがあった、というところ。

 ロザリンドのメルヒオールに対する言葉を聞いていたことをテオドールは白状した。シナリオの向きを変える上で、これは有益な情報だ。でも、一体いつからだろう。どこまで聞いているのだろう。そういえば先程の足音。やけに大きく聞こえたけれど、もしかして、立ち聞きしていたことを隠すためにわざと音を立てていた?

 私はテオドールに揺さぶりをかけることにした。


「立ち聞きしていたのね。神に仕える神官騎士がそんなことをしていいの?」

「失礼。そのようなつもりはなかったのですが、あまりにも声が響くので……」

「大声なんて出していないわ。あなただってさっきは囁きだと言っていたじゃない」

「僅かな声でも響くのですよ。お城暮らしのお嬢様はご存知ではありませんか?」


 やっぱりそうだ。私は確信する。テオドールの話が本当なのだとしたら──外から聞こえる虫の声と耳鳴りのするような静けさから察するに、音に関する話は本当なのだろう──、テオドールの足音はもっと遠くから、長い間、聞こえていたはず。急に大きくなるなって短時間で止まるなんて、このような環境では不自然なことだった。

 メルヒオールがこのやり取りをどう捉えたのかは分からない。私の首に突きつけられた剣はぴくりとも動かず、メルヒオールの息遣いが乱れることもない。でもそれは、意識して息を殺した結果のようにも思える。無感情で無関心なのか、それとも己の内面を出さないようにしているのか、私にはよく分からない。兄の書いた設定書にも彼の内面については詳しく記されていなかった。


 私は引き続きテオドールに揺さぶりをかける。

 僅かな声でも響く、というのは彼の失言だ。

 折角引き出した失言に突っ込まないわけにはいかなかった。


「おかしいわね。こんなに静かな夜なのに、あなたの足音はせいぜい十歩分しか聞こえなかったわ」


 ロザリンドの冷ややかな挑発に、テオドールの声が低くなる。


「……相変わらず口の減らない女だ。神を冒涜するだけでは飽き足りず、神官騎士を愚弄し、陥れようとするとは……、所詮は反逆者の娘か」


 言いながら、テオドールはこちらへと歩を進める。靴音がやけに大きく響く。苛立ちも露わな歩調で彼は私の背後をぐるりと回る。メルヒオールの後ろには近づこうとしない。ロザリンドの顔を見たくないのか、それとも。テオドールの足音が背後で止まる。そしてまた彼の声がする。


「メルヒオール様、この女はいかが致しましょう?」


 テオドールのその言葉は、彼がいつから立ち聞きしていたのかを推察させるには充分だった。

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