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第8話「聖女か魔女か」

 メルヒオールの表情に変化はなかった。それともアルビノ特有の白い肌と白睫ゆえに表情の変化を読み取りにくいだけなのだろうか。メルヒオールの声色も至って冷静なままだった。言葉もまた無難で──そう思えたのは最初だけ。当たり障りのない言葉は、メタ発言のできないロザリンドの外堀を埋めていく。


「……神の啓示だと?」

「ええ。そうよ」

「それが神の啓示であることを証明することはできるのか?」

「神官騎士団長メルヒオール、あなたは分かっているはずよ。私の言葉が真実か否か」

「しかし証明するすべがなければ皇帝陛下も民衆も、誰一人として納得するまい」

「だったら……、私を殺すの? 私の言葉が真実であることを知りながら……」


 メルヒオールは答えない。

 顎にかかった剣先が僅かに動いたものの、それは一度きりのことで、それ以上の変化はない。

 やっぱりそう。今のメルヒオールにはロザリンドは殺せない。私はそう確信し、ロザリンドに指示を出す。ゲーム機のコントローラーのボタンを押すように。ロザリンドの言うべきこと、その台詞の方向性を脳裏に描き出す。

 ロザリンドはメルヒオールを見据え、毅然と口を開いた。


「……いいわ。殺しなさい」


 ロザリンドは言葉を続ける。

 淡々と、はっきりと、時には預言者のように。


「私はこの国の未来と私自身の最期を見た。じきにアメリアと名乗る魔女が辺境の民を扇動し、神聖イルゲント帝国に対して反乱を起こす。アメリアは大勢の帝国臣民と聖職者を殺し、この大地を血で染める。いえ、いいえ……、正確にはそうじゃない。アメリアはただ命じるだけ。そしてその気にさせるだけ。実際に手を下すのはアメリアのしもべとなった者。アメリアは高潔な帝国騎士を誘惑し、その手を汚させる。そしてアメリアにそそのかされたディーゼ王家のアルトゥールによって神は殺され、国は滅ぶわ。神の恩寵を失った民は生きるすべをなくし、暗黒の時代が訪れる。その混迷の中で私は死ぬの。だけどアメリアは笑っている。アメリアは酒池肉林に浸り、魔女を聖女と崇める者だけがひとときの安息を得る」


 それは悪役側から見たヒロイックファンタジーの世界だった。ロザリンドの言葉に嘘はない。ロザリンドの悲惨な末路は悪役である彼女自身の自業自得と言うよりも、アメリアの内政放棄によって生じた矛盾や破綻のツケを払わされたと言った方が適切だった。

 胸元で握りしめたダイヤモンドをロザリンドはメルヒオールに見せる。

 腕を掲げ、指を緩め、そして再び口を開く。


「……あの日、神に見せられた己の無惨な末路を思えば、ダイヤモンドの報いなど恐れるに足りないわ。まして、ここであなたに殺されて、それで全てが終わるなら、どれほど幸せか分からない……」


 語尾が吐息の中に消える。

 ロザリンドのその言葉は本心からの切実な望みのように思えたけれど、どこか嘲笑的にも聞こえた。


 私とロザリンドは一つの身体を共有している。だけど心は共有できない。今朝、この世界で目覚めた直後は私とロザリンドは完全に一心同体だった。私はロザリンドじゃない──そんな私の思いをロザリンドがそのまま叫び、私の感情はそのままロザリンドの顔に出た。でも、今は違う。私が何を思ってもロザリンドはその通りには決して言わないし、私自身の感情はロザリンドの顔には出ない。この世界の人々と言葉を交わし、接することで、私とロザリンドの自我はそれぞれ独立し、今では完全に別物になった。私とロザリンドの関係はゲームのプレイヤーとキャラクター。私は見えないコントローラーでロザリンドを操作できるけれど、ロザリンドの内心を知ることは決してできない。ただ、ロザリンドの肉体の感じ取った苦痛だけがまるで自分のことのように私に伝わってくる。


 ロザリンドの希求にメルヒオールは「そうか」とだけ答えた。

 呆れているようにも、困惑しているようにも、怒りを抑えているようにも聞こえた。

 メルヒオールは再び口を開こうとしたけれど、すぐにロザリンドから視線を外し、廊下の方へと注意を向ける。廊下に響く足音に気づいたようだった。つられて私も、ロザリンドもそちらへと目を向ける。顎の向きを剣先で固定されているから、視線だけしか動かせない。入り口付近の様子をはっきり見ることはできない。それでも徐々に大きくなる足音がぴたりと止まれば、礼拝室の入り口に立つ人の気配を視界の隅に感じ取ることはできた。喉元に剣を突きつけられたままの姿で、私は新たに現れた男の声を聞く。


「……ロザリンドお嬢様。このような場所で逢い引きとは、どこまでも畏れを知らぬお方だ」

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