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第7話「攻略できない男」

 神官騎士団長の名前と顔の双方を知る者は意外と少ない。

 メルヒオールは法王から下された極秘任務を口実に、団長としての務めを副団長に一任しているため、神官騎士であってもその顔を知る者は稀だった。日光に弱い体質ゆえ式典に顔を出すことも少なく、高位の聖職者にもほとんど顔を知られていない。アルビノという特徴的な風貌自体は知れ渡っていても、面識がなければ本人が目の前にいても気付かないもの。神官騎士らしからぬ装いで偽名を使っていれば尚更。ヘルムート司教は聖歌を求めた男の正体に最期まで気付かなかったし、その息子テオドールも今の時点では何も知らず、真相に気付くのはずっと後の、失われた未来の中でのこと。


 そのような相手に対して役職と名前の双方で呼びかけることの意味を考えられない訳じゃない。むしろ逆。考えたからこそのアプローチだった。

 脅迫していると思ってほしい。安易に殺すことはできず、さりとて野放しにもできない、そんな厄介な存在としてロザリンドを認識してほしい。私はシナリオを壊したい。元の流れに戻すことなどできないくらい盛大に。そのためには登場人物の中でもっとも『神』に近く、行動範囲の広いメルヒオールを手に入れたかった。とはいえメルヒオールは攻略対象キャラではない。恋愛的なアプローチで落ちるようなキャラではない。そんな彼との間に接点を作るには、怒らせるのが一番だった。


 とはいえロザリンドはメルヒオールを知らない。私は知っているけれどロザリンドは知らないこと、言うなればプレイヤー知識が果たして台詞に反映されるのか、どうにも不安だった。TRPGではそういうのは別物として扱うそうだし。ここぞというときに重要なことを言えなかったら。想像すると怖くなるけれど、ロザリンドは言ってくれた。私の頭に浮かんだことそのままではなかったものの、ロザリンドというキャラクターとして不自然にならない範囲の台詞回しでメルヒオールを煽ってくれた。


 ──知っているのは自分だけだと思った?

 ロザリンドの冷笑にメルヒオールの口元が歪む。

 嘲笑か、獣の威嚇か。白い睫の下で赤眼がすっと細くなる。

 とはいえ腰の剣に伸びた彼の手は止まったまま。柄に指を添えただけで、剣を抜くことはない。


「……さて。なんの話かな?」

「あなたなら知っているはずよ。それとも私の勘違いかしら」


 ヘルムート司教のいた場所に転がるダイヤモンドへと足を進めるロザリンド。

 その声色には冷ややかなからかいが浮かんでいたけれど、彼女の脳であるはずの私の心は弾んでいた。

 嬉しかった。きちんとレスポンスがあって。私の斜め上の言動にも、メルヒオールのキャラは崩壊することなく動いている。これぞゲームだと思った。ボタンを押せば、反応がある。話しかければ、返事がある。キャラクターを動かせば、画面が変わる。ゲームならではのインタラクティブ性を私はメルヒオールから感じ取った。「流石にこんな変則的なプレイに対する反応は用意されていないだろう」と思いながら操作して隠しルートを見つけたときの、あの、脳汁が出るような興奮と楽しさがここにはあった。

 兄の作ったこの世界で私が恋をするのだとしたら、このインタラクティブ性に対してだろう。


 ダイヤモンドの傍らで足を止め、片手でスカートを押さえながらロザリンドは片膝をつく。

 その視線をメルヒオールから床へと落とせば、もう一方の手を延ばし、大粒のダイヤを拾いあげる。

 金属の擦れる音がして、喉元に冷たいものが当たった。メルヒオールが剣を抜き、ロザリンドの首に突きつけたのだった。メルヒオールは剣先でロザリンドの顎を持ち上げ、令嬢の顔を上向きにする。自分を見下ろす白い男をロザリンドは睨みつけた。


「……痛いじゃない。乱暴にしないで。私を誰だと思っているの」

「神官騎士団長よりも貴い身分だとでも言いたいのか?」


 彼がそう思っていないことは、剣先から伝わる力の強さで嫌でも理解できる。

 顎を持ち上げようとする力が一層強くなり、ロザリンドは間抜けな声で呻いた。その力が変化しなくなったことを確認すると、取り繕うように呟いた。


「……神官騎士団長だということは否定しないのね」


 メルヒオールは答えない。すぐにでも殺せるような女、しかも自分の半分も生きていないような小娘の揚げ足取りに付き合うつもりはないとでも言いたげな態度。ちなみにメルヒオールの実年齢は四十一歳。兄の作った設定書には「外見年齢三十代半ば。アルビノ特有の白い肌と白い睫も手伝って、容姿から実年齢を推察することは難しい」と記されている。

 一方、私はメルヒオールにはロザリンドを殺せないと確信していた。必要な情報をすべて聞き出せば容赦なく始末するだろうが、少なくとも現時点では手出しはできないはずだ、と。そして私のそんな余裕はロザリンドの態度にも影響を及ぼしているようだった。

 ややあって、メルヒオールは口を開く。


「召喚魔術を使うようだが、君は宝石魔術師か」

「ええ。そうよ」

「人体から錬成したダイヤモンドを用いたときの代償について知らぬ訳ではあるまい」

「もちろん知っているわ。でも……、私にはこれが必要なの」


 ロザリンドはダイヤモンドを胸元で握りしめる。

 代償は私も知っている。ゲーム内で描写されたからだ。


 ──レルム城が落ちた後、ハインリヒ伯爵は追っ手を召喚魔術でダイヤモンドに変えながら、ディーゼ王家の末裔を探し、各地を転々とする。一方、ディーゼ王家の末裔であるアルトゥールは神官騎士団に捕らえられ、処刑されることになった。聖女アメリアが軍を率いて救出に駆けつけるも、宝石魔術で張り巡らされた結界に阻まれて間に合いそうになかった。そこにハインリヒ伯爵が現れ、人体から錬成したダイヤモンドを使い、魔法陣の配列を書き換える。異界の力を宿したダイヤモンドの力は絶大だった。呪文の詠唱時間を大幅に短縮し、術の効果範囲と威力を増大させる。結界は一瞬で消え、代わりに炎の竜がその内部に現れた。竜はアルトゥール王子を除くすべての敵を焼きつくし、役目を終えたダイヤモンドは灰になって異界に消えた。そして灰は時の狭間で幽鬼へと姿を変え、自らをダイヤに変えた者とそのダイヤを使用した者を殺すべく現界に現れる。その姿が見えるのは、幽鬼に狙われたハインリヒ伯爵ただ一人。幽鬼に怯え、抗おうとするハインリヒ伯爵の姿は傍目には狂人にしか見えない。いかなる武人も聖人も幽鬼を退けることはできず、ハインリヒ伯爵は幽鬼に八つ裂きにされて息絶えた。そしてその魂は幽鬼と共に永遠に時の狭間をさまよい続ける。それが生きた人間をダイヤモンドに変えた者の、そしてそれを利用した者の、避けることのできない末路だった──


 ダイヤモンドを握りしめ、ロザリンドはメルヒオールに語る。


「私は神の啓示を受けた。そしてこの国の未来と私自身の最期を見たわ」


 その言葉に驚いたのは、メルヒオールではなく私だった。

 それは聖女アメリアが作中で語ったことと同じ。アメリアではなくロザリンドが聖女役になっていた。

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