表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/13

第5話「そして夜が訪れる」

 シルトに宿屋はない。村と呼ぶには大きいとはいえ人の出入りの少ない集落、宿を開いたところで利用者の見込みはない。だからまれに訪れる旅客は領主の城館の客間に逗留するか、村の外れの教会で寝泊まりすることになる。館に入り、訊ねると、今日は既に先客がいた。私の推測が当たっていたから思わず「計画通り」と顔芸しそうになったけれど、我慢我慢、ロザリンドは悪役とはいえ顔芸をするタイプじゃない。キャラ崩壊を招くような台詞は出てこないようになっているし、表情も同様に対策されているはず、なんて油断は絶対ダメ、注意するに越したことはない。


 領主の館の客室は二部屋しか空いていなかった。一人用の部屋と二人用の部屋。私の部屋とメイドの部屋。そういうわけでモブおじさんは教会に泊まることになった。神聖イルゲント帝国ではどんな小さな村にも教会が建っている。それは聖職者の長である法王の定めたことだった。人々に神の教えを正しく伝えるため、この国にあまねく神の光が届くよう、と彼らは言うけれど、それらは表向きの理由に過ぎない。彼らの真の目的は、神聖イルゲント帝国の前身であるディーゼ王国の王家の末裔を捜し出すこと。ディーゼ王家の直系子孫には『神』を殺す力が宿る。だから聖職者協会としては、草の根を分けてでも見つけ出し、始末しなければならなかった。


 そのような陰謀の元に建てられた施設ではあるけれど、各地の教会にはシスターが派遣され、人々の癒しになっていた。そんな教会に今宵、モブおじさんが訪れる。モブおじさんは人一倍空気の読める人だから、夜の教会でも空気を読んで、至高神の御心に寄り添う模範的なモブおじとして立ち回っているだろう。


 それはともかく。


 テオドールの父親のヘルムート司教は私の来訪を特に気にする様子もなく、二言三言の挨拶を終えると自室に戻っていった。私としても、司教と話す様子を誰かの記憶に残したくなかったから、呼び止めることはしなかった。私のシルト滞在は視察という名目だけれど、もちろん目的は他にある。それに──ヘルムート司教の後ろ姿を注視するシャルロッテの冷ややかな目。暗殺者であるシャルロッテが本国から受けた密命の内容を私は既に知っている。彼女を止めることは私にはできない。止めたところでメリットよりもデメリットの方が遙かに多い。だけど彼女は何も知らない。ヘルムート司教を狙う者が他にも潜んでいることを。


(──メルヒオールを逃がすわけにはいかない。まして、敵に回すわけにも……)


 ロザリンドに割り当てられた一人用の客室で私はベッドに腰を下ろし、腰に下げたポーチの中から研磨された鉱石を取り出す。それはロザリンドの習得している宝石魔術に使うパーツ。宝石魔術はこの世界に幾つも存在する魔法体系の一つで、ディーゼ王国時代に栄えたことで知られている。黒魔術や召喚魔術のような禁止処分こそ受けていないものの、聖職者協会が使用を推奨することはない。だけどハインリヒ伯爵は宝石魔術の研究の第一人者として知られている。


 何故、伯爵である彼がそのような危険な橋を渡るのか。それは──神聖イルゲント帝国では爵位は世襲制になっている。この国における爵位とは、滅亡したディーゼ王国の特権階級だった者に対し、新体制での身分を保障するための制度。だからディーゼ王家に近しい者ほど高い爵位が与えられた。皇帝と聖職者協会は言外に「新しい政体下でもあなたとその一族を特別扱いしてあげますから、反乱なんて起こさないでくださいね」って言ってるってこと。イルゲント帝国建国時にディーゼ王国の王族は全員処刑されたけれど、王妃と幼い赤子が戦火の中を逃げ延びた。ディーゼ王家の直系には『神』を殺すための力が宿る。『神』の威光を掲げる聖職者協会としては、旧王家に対する忠誠と支援を断ち切っておく必要があった。でも、ハインリヒ伯爵家の忠誠は今もディーゼ王家に捧げたまま。だから彼は反逆者の娘であるロザリンドを養女として引き取り、ディーゼ王国の遺産である宝石魔術の真髄を彼女に教え込んだ。伯爵はロザリンドの野心を危険視する一方で、その野心がディーゼ王国再興の光になり得ることを承知していたのだった。


 さくらんぼ大の鉱石を一つ、室内灯の淡い光に翳す。ポーチの中には様々な鉱石が幾つも入っている。宝石魔術の発動には、床や地面に鉱石を並べて陣を描かなければならない。陣の大きさに制限はなく、大きければ大きいほど魔術の威力も増すけれど、大きさに比例して使用する石の量は増え、術の発動にも時間がかかる。今夜、この館で起きることを止めるために今から陣を描いても未来を変えることはできない。私は鉱石をポーチに戻し、ベッドのへりから腰を上げる。


(行こう。そしてイベント内容を書き換えよう。大丈夫。私はこの世界を作ったシナリオライターの妹。この世界の出来事には、私の介入の余地がある、はず……)


 大きな音を立てないよう、息を殺して慎重に木製の扉を開けると、私は暗い廊下に出た。目指す場所は決まっていた。そこに行けば誰に会えるのか、私は既に知っている。靴音を響かせないよう、爪先だけを床に着けて、石造りの階段を昇る。本来ならばこの場所にロザリンドはいないはず。この先で起きることにロザリンドが関与すれば、シナリオは本来の展開から外れていくのだろうか。それとも私が何をしても兄の書いたシナリオは本来のストーリーに戻ろうとするのだろうか。分からない。ただ、試す価値はあると思っていた。


 希望に視野を奪われて周りが見えなくなる。私は気づいていなかった。階段を昇る私の姿に気づいた者がいることに……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ