第4話「攻略対象キャラ、その1」
朝一番でレルム城を発ち、街道を馬車で進めば、日が落ちる頃にはシルトに着く。シルトはフィール連峰の裾野に広がる村落だった。書類上の区分では『村』となっているけれど、村と呼ぶには規模が大きく、都市と呼ぶにはあまりにも人の出入りの少ない場所。ロザリンドの養父に当たるハインリヒ伯爵の統治する広大な領地にあるため、シルトの正式な領主はハインリヒ伯爵になるのだけれど、実質的な村の統治は代理人が行っている。伯爵の治める領内には多数の街や村があり、シルトに領主として常駐することができないため、このように対処しているのだった。
シルト行きの馬車に乗っているのは御者を含めて全部で四人。私と二人のメイドのほかに伯爵に私兵として雇われている傭兵を一人、護衛代わりに借りてきた。この人はいわゆるモブおじさん。ゲーム内での名前はなく、エロシーンになると活躍する人。だけど今はそういう流れじゃないからモブおじさんは大人しい。そつのない手綱さばきでロザリンドとメイド二人を無事にシルトまで運んでくれた。
シルトの日暮れは早い。フィール連峰の向こうに太陽が早々と隠れてしまうためだった。私たち一行が村の外れに着いた頃には、人々はその日の仕事を終え、石造りの家からは明かりが漏れていた。大半の住人はそれぞれ自分の家の中に目を向けていたから、村の中央の大通りを見慣れぬ馬車が横切っても、さらに御者を務める男が筋骨隆々のスキンヘッド、強面の隻眼の巨漢であっても大した騒ぎにはならなかった。とはいえ領主の城館に馬車が近づけば、中から人影がわらわらと現れる。彼らは一人を除いてランタンを携えていた。灯火を持たない者が恐らくリーダー格なのだろう。聖職者のものと思しき法衣をまとった若い男は部下を片手で制止すると、馬車の前へと進み出て「止まれ」と声を上げた。肩下で切り揃えられた癖のない金髪が夕暮れの風を受け、舞うように揺れている。私は彼を知っている。このゲームの攻略対象キャラの一人、神官騎士テオドール。
「──馬車を止めてちょうだい」
私がそう命じれば、モブおじさんは即座に従う。欲望のままに生きているように見えるモブおじだけれど、実際は人一倍空気を読んでいる模様。そうしなければ存在を抹消されかねないのだから、モブおじさんも大変だ。そんなモブおじさんの凶悪そうな風貌を見ても、テオドールは全く動じない。むしろ冷ややかな目をモブおじさんに向けながら「ここは貴様のような下層民の来て良い場所ではない」と言い放つ始末。私はメイド二人に「ここで待っていて」と囁くと、跳び降りるように馬車を降り、テオドールに向き直る。
「ハインリヒ伯爵の城館に住まわせてもらっている分際で、随分な口の利き方をするのね。それが主人に対する態度なのかしら」
「……我々シルト領主代理親子は居候ではありませんよ、ロザリンドお嬢様。領土の統治もままならない残念なお貴族様に助けてくれと泣きつかれては、手伝って差し上げるしかないでしょう?」
「出鱈目なことを言わないで。お父様はそんなことはしないわ」
「ロザリンドお嬢様はご存知ではないのですね。……あぁ、実の娘ではないからか」
「血の繋がりの有無は関係ないわ。私はあなたの態度を問題視しているの。あなたたち親子がシルトの領主の代理を務めている限り、あなたの主人は私なのよ。身の程をわきまえなさい」
「……いいでしょう。いいでしょう。大いなる神の慈愛をもって愚かなあなたを許しましょう」
ある時は慇懃無礼に、ある時は侮蔑を隠そうともせず、またある時は皮肉混じりにテオドールはロザリンドを挑発する。相手を激高させて失言を引き出し、更に叩きのめすのがテオドールのやり口だった。とはいえ私にしてみれば「あなたの傲慢さの後ろ盾となっているのが『神』なのは知っているけれど、でもその『神』を作ったのは私の兄だし? 言うなれば兄は至高神で、私は至高神の妹だし?」といった感じで、テオドールの挑発なんて可愛いもの。それにロザリンドにしてみても養父を侮辱されたからといって怒るようなキャラじゃないから、テオドールの目論み通りの反応をすることはない。とはいえ二人のやり取りについては、ゲーム内世界の常識で測れば、テオドールはさほど非常識ではなく、ロザリンドの方が世間知らずということになる。何故ならこの国──神聖イルゲント帝国では聖職者の権力は絶大で、皇帝など僧侶の傀儡に過ぎず、皇帝に仕える貴族階級は僧侶にとっては更に格下。「ハインリヒ伯爵に助けてくれと泣きつかれた」というテオドールの言い分が完全に虚言だったとしても(というか設定を踏まえると虚言であることは明白なのだが)、そして実際は貴族の権力を削ぐために聖職者が領主代理として押し売り同然に派遣されているという実情があるにせよ、身の程知らずで高慢なのはロザリンドの方、というのが神聖イルゲント帝国における現時点での常識だった。その常識を覆すのが、このゲームの主人公である救国の聖女アメリアの役目。しかしそのアメリアにシナリオ通りに動かれてはロザリンドは破滅する。だから私はシナリオにはない展開に持ち込むべく、シルトを訪れたのだった。
「私は愚かではないし、あなたに許されたいとも思わないわ」
「ロザリンドお嬢様はひどいお方だ。このような僻地に一家揃って幽閉された私から聖職者としての役目まで奪おうとなさる」
「私にそんな権力はないわ。それに私はあなたを正すために来たわけじゃない」
「では、何のご用です?」
「それは……、中で話すわ。立ち話をさせないで」