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第2話「悪役令嬢ロザリンドと秘密を抱える二人のメイド」

「ロザリンドお嬢様、失礼致します。メイドのリーゼロッテです」

「……同じくメイドのシャルロッテです。お手伝いできることはありますか?」


 二つの声が立て続けに聞こえ、私の返事を待つことなく二つの人影が室内に足を踏み入れる。ロザリンドに仕えるメイドのリーゼロッテとシャルロッテ。壁を隔てた小部屋はメイド用の控え室になっていて、彼女たちには女主人の寝室に立ち入る権限が与えられていた。


「いいえ。あなたたちの手を煩わせるような問題は何も起きていないわ。怖い夢を見て取り乱してしまっただけ」


 私はすぐに立ち上がり、二人のメイドに向き直る。可憐な二人のメイドに心配をかけたくなかったからではない。まして上に立つ者としてのプライド云々の問題でもない。私はゲームのプレイヤーとして、そしてシナリオライターの妹として、ロザリンドの知らないはずのメイドの正体を知っているからだった。


「夢はうつつの写し絵です。現実の問題が悪夢となって現れるもの。お心当たりはございませんか?」

「大げさね、リーゼロッテ。父の……最期の日々の夢を見ただけよ。これは私自身が生涯をかけて向き合わなければならないこと。あなたに頼って良い問題ではないわ」


 驚いたのは、ロザリンドらしい台詞がすらすらと自分の口から出てきたこと。ロザリンドならこんな時になんて言うだろうか、なんてことをわざわざ考えるまでもなく、こういう路線で返事をしたいと軽く思っただけで自然に口が動いていた。キャラ崩壊の心配をしなくていいのは便利だけれど、心にもない台詞を言わされているような違和感がある。心にもない、と言ってみてもそう思うのは私だけで、ロザリンドの声色や口調自体は実に自然、「ロザリンドというキャラクターが心にもないことを言っている」という設定になっているであろう個所は声もどこか冷ややかで、それはとてもロザリンドらしく、だから尚更私だけが違和感を感じているという状態が引っかかる。でも今はそんなことよりもリーゼロッテの方が大事。彼女の前で失言をしないように気をつけなければならない。


 ライトブラウンの髪を三つ編みにまとめた闊達そうなリーゼロッテ。有能メイドとして知られる彼女の正体は、ロザリンドの養父ハインリヒ伯爵の雇ったスパイだった。ロザリンドの実父は反逆罪で処刑されており、父の悲惨な末路を幼少期に見たという設定はロザリンドの冷徹な野心のバックボーンになっている。もう少し具体的な話をすると──悪役令嬢ロザリンドは主人公の恋敵ではない。乙女ゲーのライバルキャラでありながら、ロザリンドには恋愛エピソードが一つも用意されていない。主人公の攻略対象となるイケメンキャラたちを己の野心の道具として利用し、足蹴にするというのが悪役としてのロザリンドのシナリオ上での立ち回り方。とはいえ心のない鉄の女というわけではなく、人間的な弱さも同時に兼ね備えている。貴族令嬢として生まれながら幼少期に父のせいで全てを失ったロザリンドは、孤独に対する恐怖が強く、異性に対する愛情のあり方が歪んでいる。逆境に耐えかねて「私を一人にしないで」と弱音を吐いたかと思えば、次の瞬間には自分のそんな弱さにつけ込もうとした男を養分にして全力で無双、それが悪役令嬢ロザリンド。悪役、そして令嬢の名に恥じない傲慢鬼畜自己中っぷり。そんな彼女の危険性を見抜いた養父のハインリヒ伯は、騎士団に所属するリーゼロッテをスパイとして雇い、監視役に就かせたのだった。


 リーゼロッテの前でしたことは全てハインリヒ伯に筒抜けだ。それが原因で破滅するシナリオも少なくない。というかロザリンドを破滅させるためにクソ兄が用意した舞台装置がリーゼロッテなのだから、彼女をどうにかしないことには危険は回避できないだろう。しかし彼女の本業は騎士。剣や槍を持たずとも武装した民間人から素手で武器を奪える程度の格闘スキルは有している。真正面から腕ずくで挑んで勝てる相手じゃない。ロザリンドは魔術の達人ではあるものの、この世界の魔法は発動に時間がかかるから、安易に使うわけにはいかない。それにもう一人のメイド、シャルロッテのこともある。癖のあるライトブロンドを耳の上でツインテールに束ねた大人しそうな印象のメイドは、相方のリーゼロッテが話し終えるのを確認してから、私に向けて口を開いた。


「……ロザリンドお嬢様、任意の相手に悪夢を見せて衰弱させる魔術もあります」

「ええ、知っているわ。私の習得している系統の魔術ではないけれど」

「……そのような魔術の使い手をご存知ではありませんか?」

「知らないわ。黒魔術の使い手の出入りするような場所に縁はないもの。シャルロッテは知らないの?」

「……はい。人の悪口を言わない方にしかお仕えしたことはありません」


 淡々とそう言ってのけるシャルロッテが実は隣国ブラーシェ王国の放った暗殺者だということを私は知っている。そして彼女自身が黒魔術の使い手だということも。とはいえ実際のゲーム内にはシャルロッテがロザリンドに危害を加える場面はない。リーゼロッテだけでなくシャルロッテもまたロザリンドを破滅させるためにクソ兄が用意した舞台装置ではあるものの、シャルロッテの暗殺対象に関する設定も相まって、シナリオ上での役割はロザリンドの鬼畜エロシーンの前座に留まっている。でもそれはゲーム内での話。もしも私が兄の作ったシナリオを壊すつもりなら、というかそうでもしなければ助からないのだからそうするしかないのだけれど、兄の書いたシナリオにはない展開に持ち込むのだとしたら、元作品では無害だったシャルロッテのことも警戒しなければならなくなる。


 姿見に背を向けたまま、一歩、また一歩、私はメイドに歩み寄る。二人のメイドがロングスカートの奥にナイフを隠し持っていることを私は知っている。襲われたならそこで終わり。可憐な二人のメイドよりも悪役令嬢の私は無力。だけどここでは私が主人。それに私はこの世界を生み出した創造主の妹だ。創作物は作者の心象風景の写し絵だと兄はかつて言っていた。それが本当なのだとしたら、兄の心象風景には妹である私も影響を与えているはずだ。つまり、この世界とそこに生きる人々は既に私の影響を受けているということ。だから私は大丈夫。私ならうまくやれる。目の前に立つ最凶メイド二人組は、乱暴な言い方をすれば、私の一部に過ぎないのだから。ロザリンドが口を開く。その顔に冷ややかな笑みが浮かんでいることを私は自覚する。


「夢のことはもういいの。誰にだって嫌な記憶や苦手なものの一つはあるわ。それが夢に現れれば恐ろしいと思うもの。何も特別なことじゃない。誰かに助けてもらわなければならないようなことでもないわ。……そんなことより着替えたいの。手伝ってちょうだい」

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