第2話「攻略対象キャラ、その2(妹史観)」
どうやら私の両手は自由を取り戻したらしい。どうやら、と言うのは、長時間拘束されていたために腕が硬直してしまい、無理に動かそうとするとかえって痛みを感じてしまうので、戒めを解かれたという実感を得られないのだった。
私の背後に回っていたシャルロッテが視界に現れる。その手には縄が握られていて、そんなのそこら辺に放置すればいいのに、なんてことを思ってから私は彼女が暗殺者だったことを思い出す。いざという時にはこんな縄でも活用するつもりなのだろうか。それに引き替え私は、なんて思うと情けない。この世界に関する知識は神にも勝るほどなのに、今は自分の指一本すらも思い通りに動かせない。知識は活用できてナンボなのに、と自虐したくもなるけれど、事態は常に変わるのだ、今は目の前のリーゼロッテに注意を向けなければならない。そうしなければいつか私は自虐すらできないほど落ちぶれてしまうだろう。
無力。それが今の私。
だけどリーゼロッテはそんな私の些細な言葉に驚愕する。
「何故……私の兄の名を……」
「リーゼロッテが教えてくれたじゃない」
「いえ。いいえ……、記憶にございません……」
「私が間違っていると言いたいの?」
「滅相もございません。ただ……、私は兄の話をしないようにしているのです」
「知っているわ。ジークフリートは騎士団から除名処分を受けたのだから」
「そんな……、そんなことまで……」
一旦会話が軌道に乗るとプレイヤーである私自身のメンタルが多少へたっていてもロザリンドが勝手に話を続けてくれるのは便利だった。マウスから手を離しても自動的に進行するオートプレイシステムがこんな形で反映されているとは。いや、オートプレイシステムと今のロザリンドの自動会話に関連性があるのかどうか、本当のところは分からないけれど。
毒気のないロザリンドの言葉に愕然とするリーゼロッテ。
オートプレイ状態でロザリンドの言葉は続く。
「リーゼロッテ、私は魔術師よ。異界と呼ばれる高次空間から可能性を引き出し、力に変える。それが私たち魔術師なの。魔術師の精神は常に異界と接しているから、異界の影響を受けやすい。異界を漂う過去の記憶が夢に現れることはあるわ」
へー。そうなんですか。自分の口から出た言葉に他人事のように感心する。魔術の設定はゲーム内でも語られていましたけど、夢の設定は初耳でした。もしかするとこれはロザリンドお得意のハッタリかな、なんて思いかけたけれど、アメリアの受けた『神の啓示』も異界に蓄積した有象無象の記憶が夢を介して現れたものだったから、そういう裏設定が本当にあるのかも知れない。
リーゼロッテの唇がわななく。しかし彼女は何も言わない。いや、言えないのだろう。その様子をシャルロッテが横目で観察しているけれど、リーゼロッテは気付いてもいない。シャルロッテの青い瞳は値踏みするように冷ややかだ。
ロザリンドは背に回したままの両手をゆっくりと動かした。
痛みが走るけれど、我慢できないレベルではない。
茫然自失のリーゼロッテの力の抜けた手のひらを軋む両手で包みながら、ロザリンドは口を開く。
そしてとどめを刺すように、事実のみを淡々と告げる。
「──だから私は知っているの。ジークフリートは無実だと。あなたのお兄さんは冤罪を着せられた。恋人の理不尽な死に心を囚われていた彼は、陰謀を退けることも、己の無実を証明することもできなかった。彼にできることはただ、罪人として騎士団を去っていくことだけだったわ」
声にならない声でリーゼロッテは「兄さん」と呟く。
帝国騎士団に所属するはずの彼女が何故ハインリヒ伯爵に個人的に雇われたのか、その理由が作中で語られることはなかった。ただ、彼女の反応を見れば、兄のことが原因で騎士団に居づらかったであろうことは察しがつく。そして彼女が内心で兄を恨んでいたことも。
薄暗い牢屋の中を改めて見回せば、ロザリンドの付けていたベルトと一体になったポーチが無造作に放置されているのが見えた。ブーツもそこに転がっている。二人のメイドに命じて衣服を整えると、ポーチの中身を確認した。ダイヤモンドは見当たらない。床に転がっていないところを見ると、テオドールが持って行ったのだろう。身支度を終え、地下牢を出る。そして階段で地上に向かう。何だかやけに騒がしい。だけど二人のメイドは特に動じていない様子。何が起きたのか、既に知っているのだろう。だからテオドールではなく二人のメイドが鍵を持って地下牢に訪れたのか、と合点する。領主の城館の大広間に出れば、大勢の村人がテオドールの指示のもと作業に勤しんでいるのが見えた。
シャルロッテはその様子をじっと眺めながら、平坦な声で説明する。
「……神官騎士が何人も事故で天に召されたのです」
事故ではない、と直感した。
私は知っている。聖職者を殺せ。それがシャルロッテの受けた命令だった。
ロザリンドの姿に気付いたテオドールが作業の統括をモブおじに任せ、こちらに近づいてくる。




