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第1話「空模様は唐突に変わる」

 私の転生した、いや、転移なのかも知れないしトリップなのかも知れないけれど現実世界での最後の記憶がないので何とも言えない、私の今いる成人向け乙女ゲーム。このゲームは元々は家庭用SRPGとして企画されたものだった。乙女ゲーにしては登場人物が多いのも、攻略対象外キャラの設定がやたら詳しいのもそのせい。兄の話によると「企画採用担当者が重度のカプ厨で、企画書のプロット案を見て『このキャラとこのキャラをくっつけろ』などと無茶な要求を出してきたので口論になってカッとなって別の会社で成人向け乙女ゲーにリメイクしてやった」とのこと。ロザリンドの扱いが酷いのも、件の企画採用担当者に対する報復なのだとか。

 それは別にいいのですが、お兄様、そのとばっちりを私が食らうのは納得いきません。


 それはともかく。そういうわけで。

 この世界は本質的には家庭用ゲーム機のSRPGなので、女性向けエロゲのお約束は通用しない。SRPGの世界ではサブキャラやモブキャラの貞操はいとも容易く散りがちだし、メインヒロインに関してもしばしば貞操の危ぶまれるような状況に陥ったりするけれど、作中の描写自体はあくまでほのめかす程度。成人向けのゲームではないので、エロCGが画面いっぱいに表示されることはない。それがこの世界の真の法則。こうして原作ゲームのシナリオから外れると、この世界の根底に流れる真の空気を肌で感じる。うん、何を言っているのか自分でもよく分からない。ただ、ここはとても寒い。骨の髄まで凍えるような冷気が肌から肉に染み込む。


 あれからどれほどの時間が流れたのだろうか。

 テオドールの腕の中で意識を失ったあの時から一晩しか経っていないような気もするし、何日もこの場所に監禁されていたような気もする。寒さに耐えかねてうっすらと目を開ければ、見知った二つの顔が見えた。リーゼロッテとシャルロッテ。ロザリンドに仕える二人のメイド。だけど彼女たちが何故、地下牢に入ってきたのか、私には全く分からなかった。


「──お嬢様」


 リーゼロッテが私の顔を覗き込む。

 冷たい石の壁や床に体温を奪われてなんだか寒気がするし、後ろ手に縛られているせいで腕も肩も腰も痛い。

 身体全体が軋むように重くて私は返事をできなかった。


「お嬢様。失礼ですが、お名前をお聞かせください」

「……わ……私の……?」

「左様です」


 私の顔を覗き込むリーゼロッテの表情は真面目そのもので冷静で、どこかお医者さんじみていた。その顔を見ていると、胸の奥からこわばりが抜ける。私は安心したのだろうか。忠実な騎士と暗殺者が助けにきてくれて。彼女たちが来るまでずっと私は怯えていたのだろうか。自分のことなのに自分でもよく分からない。それともこれはロザリンドの感情? というかこの二人のメイドはロザリンドが地下牢に幽閉されていることをどうして知っているの? 私をここまで運んできたテオドールはどこに行ったの? 分からないことばかりだった。とはいえヘルムート司教やメルヒオールとの関わりを考えると、余計なことは口にできない。

 私はひとまずリーゼロッテを安心させることにした。


「変なことを聞くのね。私はロザリンド……、ハインリヒ伯爵の養女よ。一体どうしたの、リーゼロッテ」

「失礼いたしました。先程の質問は安否確認です。人は心身に大きな傷を負うと自分の名前や所属すら答えられなくなりますので……」


 リーゼロッテは事務的に答える。生死の境界を見慣れていることをうかがわせるような言葉。だけどそれは自分の素性を知られていないと思っているからこそ出せるものでもあるのだろう。

 一方のシャルロッテは無言で私の背後に回り、手首を縛る縄を相手に悪戦苦闘している。

 ロザリンドはくすりと笑った。


「リーゼロッテって騎士みたいね」

「兄が騎士でしたので……」


 リーゼロッテがふっと笑う。

 予想外の反応だった。だけど私にとっては納得できる反応でもあった。

 リーゼロッテの兄などゲーム中には登場しないし、兄がいるという話もシナリオ内には出てこない。でも、私は知っている。リーゼロッテには兄がいる。アメリアに従う帝国騎士、このゲームの攻略対象の一人が実はリーゼロッテの兄なのだ。その設定はおそらくはSRPGだった頃の名残りで、乙女ゲームに作り替えられる際に消えてしまったものだった。兄の語った裏設定には含まれていたけれど、ゲーム内にもファンブックにもネットにもどこにも載っていない。そんな設定がこの世界では今も生きている。それを知ることができたのは、大きな収穫だった。プレイヤーとして利用できる情報が増えたということだから。

 ロザリンドはリーゼロッテの瞳を覗き込み、意味ありげに笑って見せた。


「知っているわ。ジークフリートでしょ?」


 リーゼロッテは息を飲み、驚愕にその目を見開いた。

 手首を戒めていた縄が急に緩くなる。

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