あの日の約束を
“魔法”それは現代社会においてなくてはならないものである。
―今から百二十四年前の六月十日、人類は滅びかけた。
季節は「梅雨」、降りしきる雨の中突如現れた正体不明の巨大生物らにより、人類は滅びかけた。
建物は焼け、崩れ、人は踏み潰されるか、食われるか、誰も今起きている悲惨な状況を理解など出来なかったのだ。
世界が今にも滅びようとしていたその時、謎の集団が現れたと思いきや、巨大生物が次々に悲鳴を上げていった。あるものは燃え、またあるものは凍り付いていた。
誰もが思った。
英雄だと。
やがて世界の混乱は落ち着きを取り戻し、徐々に元の生活、いいえ、「魔法」という今まで非化学的とされてきたものが現実的で一般的となった生活を送り始めていた。
魔法について国際的に研究が急ピッチで進められた。六月十日事件と言われたその日から百二十四年、この間にも謎の巨大生物の侵略は度々起こった。だが人類は戦いの度に強くなり、やがて勝利するまでになっていた。魔法が世界共通の一般能力化していくにつれ国際問題も多くなってきた現代。
世界は一つになるために国際独立魔法組織通称
“WSO”
を造り、法律を定め、今日にいたる。
「…ちゃん、百愛ちゃん、いつか一緒にあの約束を…。」
可愛らしい声が百愛を呼ぶ。(誰なの…。どうして私の名前を…。)
「…様、百愛様。百愛お嬢様、朝ですよ。朝食の準備が整っております。今日は入学式なのですからお支度いたしませんと。」
ピシャッと勢いよく開いたカーテン、窓から差し込む眩しい朝日が百愛を包む。
「ふぁ~。おはよう春香、今日の朝食はなに?」
朝起きて一番に朝食のメニューを聞いているのは坂真木百愛。今世界でも注目されている創業125年の超有名旅館「坂真木館」の次女。
「本日は、フレンチサラダとバゲット、ジャガイモのポタージュ、デザートにフルーツを各種揃えております。」
百愛の質問に答えているのは、二楷堂春香、百愛と同じ年で4歳のころからずっとそばにいる。
四月一日。今日は高校の入学式。
(雲一つない晴天。心地よい春風。今日から私も憧れの高校生活を…って、そんなのは漫画の世界だけよ!)
百愛は、自分に突っ込みを入れた。
「あーもう‼入学式⁉全然行きたくないのだけれど、さぼれないの?昨日も任務で睡眠時間が足りなさすぎるのよね。」
百愛は朝食に用意されていたフルーツを頬張りながら朝から文句をたれた。
百愛は日本支部の中でも東海地区魔法部隊の指揮官として任務にあたっていたのだ。
百愛は、というより「坂真木家」は表向きは有名旅館だが、本当の顔は代々国際独立魔法組織日本支部の中枢を担い、組織を支えてきた歴史ある一族である。
日本支部は、三代目頭首・坂真木清十郎をトップに優秀な人材を多く持つ支部として世界でも有名だ。
坂真木清十郎とは百愛の叔父にあたる。
日本支部は組織ができた時から坂巻家が指揮をとっている。
「昨晩はかなり手ごわいガルディアだったと聞きました。」
春香は心配そうに百愛を見た。
”ガルディア“
それは、突如世界に現れた謎の巨大生物のことである。事件の翌年命名されたのだ。
「ええ。少し予想外だったわ。でも、私の敵ではありませんでしたよ。」
百愛は、少し胸を張って見せた。
(春香は心配性だから、心配かけたくないな…。)
「お嬢様‼」
静かになった部屋に春香の声が響く。
(い、いきなり何事⁉)
百愛は驚いた拍子にイチゴを落とした。
「何なの⁉急に大きな声を出さないで。」
(あーあ、もったいないな。)
百愛は落ちたイチゴを拾った。
「も、申し訳ありません。ですが、そろそろ出発いたしませんと、入学式が…。」
時計の針は、八時を指していた。
部屋の隅にかかっているカレンダーには、新入生総代集合8時半と書かれている。
(まずいわ…。ギリギリ間に合うかな…。)
「爺やに車の用意をさせて。」
百愛は急いで身支度を整え、春香と共に学校へと向かった。
「百愛様、到着いたしました。」
気が付けばそこは学校の門の前だった。
「ありがとう、爺や。」
爺やとは、坂真木家に仕えて70年の執事である。本名が武田グランデビアラネクラウスと言うらしい。
覚えられないので皆から武田と呼ばれている。
百愛と春香は急いで体育館へと向かった。
「なんとか間に合いましたね。」
春香がゼィハァしながら言った。
「この程度で疲れるなんて、情けないわよ。もう少しシャキッとしなさい。」
百愛は少し呆れていた。
「おはようございます。」
振り向くと、そこにはとても奇麗な女性が天使のような笑顔で立っていた。
(この人は…。生徒会長⁉)
「おはようございます。四之宮生徒会長。」
(うぁ…写真で見るよりずっときれいだ。)
百愛は少し見とれていた。
「私をご存知とは、光栄です。坂真木様。お隣の方は春香さんですね。よろしくね。」
四之宮は春香に優しく微笑みかけた。
「私から挨拶に伺おうと思っていましたのに。お初にお目にかかります、四之宮凛生徒会長。」
百愛は、前日の疲れなど全く感じさせぬよう生徒会長の天使のような笑顔に全力で笑顔を作って対抗して見せた。
「まぁ、うれしいお言葉をありがとうございます。」
(あ…だめだ。その微笑みには勝てない…。)
百愛は笑顔で勝つことをあきらめた。
「四之宮生徒会長。私は、まだ一年ですから敬語はやめてください。坂真木家として見られるのは少し苦手ですので…。」
百愛は少し悲し気な表情を見せた
「ごめんなさい。坂真木家のご息女が入学すると聞いて緊張してしまって。」
四之宮はハッとし少し照れた。
(可愛いひとだな…。って、そうじゃない。)
百愛はまた自分に突っ込みを入れた。
「気にしないでください‼気軽に百愛とお呼びください。」
「では、お言葉に甘えて。百愛ちゃんと呼ぶわね。」
(ちゃん⁉ちゃん…ちゃん呼びも最高‼)
百愛が浮かれていると、会長‼と誰かの声がした。
「ごめんね百愛ちゃん。それじゃあ、新入生代表挨拶期待しています。」
「はい。期待に応えて見せます。」
四之宮は優しくて暖かい笑顔を百愛に向けて、仕事に戻ってしまった。
(なんだか、思ってたよりも話しやすかったな。)
そして、入学式は盛大に開かれいよいよ新入生代表挨拶…。
緊張した百愛がふと会長を見ると、ニコッと優しい笑顔をくれた。
(よし!)
「春の心地よい風を感じる季節となりました。
今日、この良き日にここ、高那学院高校に入学することができとてもうれしく思います。
これから始まる三年間、新入生一人一人が個性を発揮しまたその個性と個性が重なり合いかけがえのない時を作り出せるように、過ごしていきたいと思います。新入生総代、坂真木百愛。」
(はぁ。言えた。終わった。緊張した。)
その頃、校内である男が動き始めていた。
百愛が壇上からふと前を見渡すと、誰かと目が合った気がしていた。
(気のせいかな…。)
続く