王伝編集官 4話
(・・・トカゲだ)
その場全員の総意。両手で菓子を食べ散らかすそれは ん?と首を傾げた。その背には羽根があり空中に浮いている。両手で抱きかかえられる大きさのトカゲだと・・・そんなものはこの森にいない。
「んまいぞ だれが作ったのか?」
「・・私です。喜んでいただけてなによりです」
「それであなたは何をなさっているのですか」
「散歩である」
「そうですか お茶もありますよ」
「んむ 馳走になる」
だんだん脱力してきた。まだ竜ならば知っている。まぁ本でしか見たことないが。少なくともコレじゃないというくらいには。威厳とか神秘とかあこがれとか・・似てなくもないそれによって急激にしぼむし。手べとべとになってる。アバルはすっと手拭きを渡す。うなずき手も顔も口も拭くトカゲ・・
「それであなたのお名前を伺っても?」
「なんと呼んでもかまわぬぞ」
「・・・それではスリザリフとお呼びいたします」
「ん~ スーちゃん?」
「娘 名は何という?」
「サフラン、 みんなはサフィと呼んでます」
各自が名乗り挨拶する間も遠慮なくもりもり食べてるトカゲ。リノリスも我に返りサンドウィッチを急いで飲み込み名乗る。その間も記憶にある各種図鑑を辿るがこれがなんなのかがわからない。しかしラディが言った名は確か創世記の神話に出てくる「先触れ」のことだったはず。一般的な書籍化はされておらず認知度もほぼない。なんでこんな名前を出したのか。
「それであなたはここで何をしているのですか?」
「幼子が懸命に学ぶ姿を見るとつい手を貸したくなってのぅ」
「それは同じ学び舎で学ぶ者として礼を言います」
「あと・・・坊を見に来ての」
その言葉にラディは困り顔をした。そう呼ばれるのは心外だと。リノリスはそこで理解した。やはり「先触れ」なのだと。それならやっぱりもうちょっと威厳が欲しいとこだ。
「この後はどうされるのですか?」
「まだ出掛けるには早かろう。それまでは散歩の続きじゃ」
「わかりました。お待ちしております」
夕飯までには帰るような口ぶりだが、実際にはまだ何年も先の話。こうしてお茶会は終了し、サフィは便利な手下を手に入れ損ねた。帰り際スーちゃんはサフィに向かって
「サフィよ ちとここへ」
「? はい」
「ふむふむ このくらいなら間もなく済むじゃろうて」
「ほぇ?」
「わからんでいい あとは坊にまかせるぞ」
頭に乗られて手でポンポン。なにがなにやら。ラディはクスクス笑ってる。そしてスーちゃんは現れた時のようにその場で消えた。
「で スーちゃんてなんなの?」
「スーちゃんですよ」
「あっそ」
お出かけにはまだ早い。なのでスーちゃんまたなのです。
ーーー 幕間 ーーー リノリスの記す王伝正史には載らない一時
港を出港する商船の前で佇む人物。年は20台後半、旅の途中と思われる青年は前方にいる10台半ばの長い赤髪の少女を見つめる。
「トーガ 先乗るねー」
そんなに楽しいのだろうかとトーガと呼ばれた青年は笑顔を返す。青銀の長い髪は少女と並ぶとやたら目立っていた。間違っても兄妹には見えない。ふと青年は肩に気配を感じ
「おや 見送ってくださると?」
「そうじゃ あれは元気だのぅ よろしくいっといてくれ」
「はい ではお元気で」
誰にも気づかれないその気配は青年の肩から離れ、2人が船に乗り込むのを見届けると満足そうにつぶやく。
「さて また遊んでやるかの」
まだしばらくはこの国の子供たちはラッキーリザードの恩恵を受けるのだろう。