王伝編集官 2話
外に出ると日暮れには早いが彼らは帰って試食の感想を聞くという役目がある。帰り道リノの前を歩くミレーナがうれしそうにお土産を頬張る。するとクルっと振り向きイモを一つつまんで差し出す。そう口元に、さぁ食えということだ。ありがと と受け取ると隣を歩くアバルにも差し出す。少し身長差があるので手を伸ばし口元にもっていくと、彼は少し困ったように笑い手でそれを受け取った。
(レイ王子に遠慮かぁ 知ってても断るのもねぇ)
みんなにもおすそ分けという使命に目覚めたミレーナは続いて前を歩く2人の王子たちにも差し出す。
「はい ラディ君 あーん レイ君もあーん」
「俺は?」
「ログ兄にはなしー」
え~ と妹に甘々なログサはそれでもでれている。途中方向の違うログサとミレーナと別れ5人となった。離れていく先で 「ログ兄ーだっこー」 とイモを差し出しながら笑うミレーナの声が聞こえた。末恐ろしい。そして改まってラディは今日ことさら無口だった友人に声をかけた。
「それでサフィは何を悩んでいるんだい?」
「ん ちょっと実習でね」
はっきり言わない。普段も口数は多くないが成績優秀で努力家な彼女の悩み事もラディは把握している。少々めんどくさいその性格も込みで。
「明日メイリアと薬草学で採取実習あるんだけど行く?」
「うわさのアレ探し? そうね 気晴らしにはなりそう」
サフィは幼い頃のトラウマである魔法に恐怖がある。ただ困ってはいるがうさ晴らしと言わなかっただけそこまで深刻ではないようだ。本の虫な彼女も森林浴すればいい気分転換になるだろう。想像しただけで楽になったのかさきほどまでの憂鬱な雰囲気が収まった。
(すごいなぁ 女の子の気持ちもわかるなんて。ぼくは姉さんのことさっぱりわからないよ)
「大人の前には気配すら見せない。おもしろいよね」
「妖精さんかしら でもラッキーリザードって呼ばれてるからちがうっぽいね」
「子供だけで気配をたどると珍しい薬草とか見つかるそうだよ」
「ふふふ ぜひとも会って(捕まえて)みたいよね」
ぐっと握りこぶしを作り気合を入れるサフィ。少し目つきが不穏だ。サフィにしてみれば便利な使い魔という認識だ。他の4名にはその必要はない。王子2人にも従者2人もそれぞれ固有の捜索系スキルがある。ラディとレイには「神眼」、リノリスとアバルには「観察」、広範囲での捜索が可能だ。またこの2つは鑑定機能ももっているので特定のなにかを探すのに都合がいい。サフィの持つ「索敵」では敵意のないものは探せないから。きっと捕まえたら外での実習は全部押し付けて本を読むつもりだろう。
(あの気合じゃ明日は大変そうだなぁ)
このメンバーで自分が一番こき使われそうなのは目に見えている。王子2人に先輩。同級生なリノリスは普段従者でもあるので王子を押しのけてまで頼まれたりしないが、隙あらばこういうことになる。
「じゃ リノ明日よろしくね」
今日初めてにこーっとサフィが笑う。そう言って足取りも軽く女子寮に帰っていった。ラディに視線を戻すと帰るサフィの背をまだ見つめていた。サフィは幼い頃森で迷子になり、雨に降られすぐ近くの木に雷が落ちたとのだと。それで入学後も雷系が苦手だったが日常生活には問題ないので改善しないまま今に至る。火・水・風・土が主流な昨今、なぜかあえてサフィが苦手な雷をラディは勧めた。
「苦手なままだと戦闘時に敵の攻撃や味方の援護に雷系あるとどうなる?判断が一瞬遅れただけでも取り返しがつかない」
ラディは彼女の進路を聞いているからこそ助言した。前衛の後ろから安全に攻撃するをよしとしない性格も。ラディとリノリスの持つスキルをさらに効果的にするためにサフィは学び改良している。しょうがないなといった表情でみんなに向き直り珍しいことにため息をついた。
「だからね あの菓子はそれを食べて乗り越えろって意味もあるんだよ」
エクレール「稲妻・雷」の意味を持つ菓子で前に進むため背中を押す。あくまでほんの少し。港から吹く風がさらりとラディの白金の髪を揺らした。城門の前に着くと衛兵がさっと敬礼し
「「おかえりなさいませ」」
「ただいま」
「では兄上、私たちはこれで」
「あぁ 感想は夕食時に聞こう」
門を潜ると学生同士でなく王子と従者になる。ラディとリノリスの間の空気も変わり、やさしい緊張感に覆われる。これまでのリノリスは目の前のラディ王子に恐縮していたが、今はさっきの言葉で落ち着いていられる。
「リノリスもそれを宰相に届けてくれ。夫人と姉君の感想も聞きたいから今日は実家に戻りなさい」
「はい では失礼します」
一礼してラディと別れる。普段はラディの部屋の隣の従者用の部屋に詰めている。なかなか家族そろっての食事をする機会が減ったリノリスにとってうれしい指令だ。今日の報告書を提出して父の執務室に向かった。