王伝編集官 12話
---幕間--- お兄さんはがんばる
きらきらだね きらきらだね
みんなおどろう おどろう
きらきらがいっぱいだね
でもうみにおちたらとけちゃうね
じゃぁあのひとにあげよう
そうだねあのひとがいいね
今一人でいる。その生まれ持った資質からとても珍しいこと。今いる場所。闇夜を映す海に満月がささやかなぬくもりを落とす。人々の営みの明かりよりもはるかな高さにいて、片膝を立てて座り目を閉じている。今身に着けているのはゆったりした夜着、そこにいては寒そうね。ふわふわと近づいてきたものたちはそう言った。ホタルのように光るそれらは天空の輝きと同じ。
おにいさん おにいさん
これあげる きらきら
いもうとおもいなおにいさんだもの
かっこいいおにいさんだもの
じゃぁまたきらきらのよるにあそぼうね
またねおにいさん またねおにいさん
彼の周りにふわふわ浮いていたものたちはその手に痕跡を残した。名は「月下の雫」。これの届かぬ所、たとえば深き森、または迷宮。そこにいるものといえば・・・。まだしばらく彼は目を閉じたまま。昼間よりも明るく見える金の髪はこちらのほうが本来の姿に見えるが、表情にはなにひとつ感情がない。
5月定例報告書
①安眠茶の効果を強化する件
研究者本人の実験により、当人は1週間目を覚まさず。このため本件は有給を消化として処理。
②紙の品質向上の件
酪農家に家畜の糞をもらいに行った際、肥料の研究者と場所が被り競って持ち帰る。研究棟に戻るも
入口でその臭いに苦情がでて「まず自分ので試せよ」の言葉に互いにトイレに駆け込もうとしたので捕縛。両名は1晩す巻きにして放置。夜勤として処理。
③階段をエスカレーターにする件
秒速2mにしたことで、試運転をした付与者はムチ打ち。労災として処理。
④結界の強化実験の件
自分の手とペンを通過確認後、森で試したところ30m四方の木々をなぎ倒し地面を陥没。後に泉となる。本件の処理は未定。
⑤・・・・
研究院・院長のグラウズは頭を抱えてぐちを言う。誰にも聞かれてない。誰にも言えない。これは記録に残らない。呪文のように口にしてもため息は減らない。1時間の効果と永眠の間を取った安眠茶。竜でも誘拐するつもりなのか。「どんな植物も高品質の紙に」をうたい文句に目を付けたのが家畜の糞。肥料でいいじゃないか。階段をラクラクと言って始めた。そこは20㎝じゃないのか。最優先ですと熱弁していた結界強化。森の前に草原でやれ。
「能力は優秀なんだがなぁ、なぜこうなる」
院長は気が付かない。学院の生徒のほとんどがごく普通なので自分の管理不足なのかと思ってしまう。でもよく考えなくても未知のものに対する興味は、常識をうっかり忘れさせる。研究院に進むのはそれが特に出やすい人だと。その証拠に記録に残るのを思い出させるために、王子達が交代で視察を行っている。だがラディ王子はリノリスを研究院には同行させない。
「うふふ、リノ君みたいなくりくりふわふわな髪質に」
「くふふ、リノ君みたいにすべすべふにふにほっぺに」
そういう不穏な空気があるらしい。今日もまた闇に葬られる記録があるという。