王伝編集官 11話
---幕間--- 数日前 アラスティ国郊外にて
新緑が薫る季節の森を前に、旅装束の人物が2人。10台半ばの面立ちで一人は明るい赤髪、一人はフードを被っている。青年というまではいかない少年達は、近年危険だから大人でも近づかない森から出てきたところだった。かなりへとへとらしく道端で座り込んでいる。
「女性の怨念って怖いよなぁ」
「なに言ってるんだ。そういう言い方だと身も蓋もないだろ。」
「だってこの世界にこれだけの影響出るんだ。愚痴くらい言いたいね。」
「まぁ 取り込まれたら倒すしかないから気の毒だよ。」
そう言って手にした鈍い黒鉄色の玉を日にかざす。さっきまでの禍々しい気配はなく鶏の卵ほどのそれは静かにしている。こんなものが森の生き物を恐ろしい魔獣に変えてしまう。そしてこれはもともとこの世界にあるものではない。
「エアルス、次は山の方行ってみる?ここらはしばらく大丈夫だし」
「じゃぁ今日は街で泊まろうか。シエルは夜なに食べたい?」
「シカ料理が名物だよねぇ。いい?」
風がふわっとエアルスと呼ばれた少年のフードを取った。黒い玉とは違いきらきらと光を弾く金の髪。2人は街に向かって歩きながら夕飯で頭はいっぱいになったようで。アラスティ国は内陸にあるが海に至る河を持つ大きな湖に面しているので魚料理もおいしい。選ぶ楽しさには事欠かない。さっきまでの疲れた空気はなくなっていた。
アラスティ国の末子の姫であるリンシェラはルシネイラから定期的(個人的依頼)に送られる報告書を読んでいた。始めはわくわく、そしてだんだん機嫌が悪くなる。しまいに報告書を握りつぶす・・・
(なにこれ、兄さまは形式的なものだとおっしゃっていたわ。なのに笑いかけていたですって!)
彼女は第2子の兄ジェノスと共にこの春から留学したキセについての様子を気にしていた。非公式ながらお見合いだと聞かされた時から。自分の記憶では彼は勤務時間外でもそんな顔を見たことがなかったから。ただ王伝編集官というのは公私などほぼなく、貴人に仕える他の職と同様笑うことがなくて当たり前なのだが。それをクールだと勘違いするのは幼い王族なら仕方ないのかもしれない。
「姫様、そろそろお休みになりませんと。明日出発でございましょう」
「ええ、わかりましたわ。おやすみなさい」
侍女が下がってもすぐ眠れるはずもなく、そのもやもやはルシネイラに到着後、出迎えた2人の王子の挨拶の後頂点を迎えた。すなわちラディアス王子の後ろに控えていたリノリスを目にし、
(なにこの子、セテリオン嬢の弟?こんなかわいい子の姉・・・わたくしもこんな風になれたら)
まだセテリオン嬢に会う前だから起きた壮大なる勘違い。しかしそれもやがて些細なこととなる。スケジュールが合わず、その時は模擬市当日に持ち越された。
「長旅でお疲れでしょう。まずはお茶でもいかがです?」
「ありがとうございます。ラディアス様、ぜひゆっくりお話ししたいですわ」
・・・顔はラディアス王子に向いているが、握りしめたリノリスの手は放していない。
これ、甘いですかね?