王伝編集官 10話
記憶にあるそれは酸味が多く渋かった。見た目はおいしそうなのでつい口にして初めて後悔したっけ。ただ香りがいいのでお酒に漬けたりシロップ漬けにして食べていた。グミ科の果実で樹には棘が多く、自生していたアラスティでも家庭で使うくらいのものだった。母がそうしていたのを姉と手伝った覚えがある。
「品種改良でこのティンの実はずいぶんと変わりましたね。風味も香りも。でも風味はルシネイラのものがいいですね。実も大きく甘い。ドライフルーツやジャムに向いている。」
「ええ、しかしアラステイ産はやはり香りがいい。お酒やシロップ漬けはお任せしますよ。」
アラステイでひっそりと自生していた小さな実は、黄金色の飲み物を見つめるルシネイラの王子によって日の目を見ようとしている。加工の際得られる油分には薬効があるらしく、各国の研究機関でいい利用法を探しているとのこと。こんなに大きい事業になるとは。あのときラディアス王子に出会ったときは全然思いもよらなかった。今でもその出会いに不思議な感覚を覚える。王伝編集官で「観察」を持つ私にも、王印を持つジェノス王子にも見ることができないこの人に。じっと見つめていたら、ふとラディアス王子と目が合う。
「ところでキセ、セテリオン嬢とどんな感じ?」
「悪くはないです。よくしていただいてます。」
どうとでも取れる無難な答えなのはわかってる。彼もそこまで問いただす気もないだろう。隣りの席に座っているジェノス王子に視線を移せば、後は任せろとほほえむ。そもそも会って1か月、初対面で挨拶した際もその目には好意というより敵意が見えてた訳で。最初は理由がわからなかったが、ラディアス王子の隣にいる子、リノリス君を見ていてわかった。
(この子の代わりにってことか、まぁ我ながら挑まれてうれしいのもどうかと思うが。)
近寄れば切れそうなほどの鋭さの半面、包まれるような安心感はまさに詐欺レベル。彼女に想い人がいるらしいのを感じた時もおしいと思った。ジェノス王子もそうだったので敗北感も半分で済んだ。
「妹は明日到着とのことです。ご迷惑かけるのが目に見えるので心苦しいですがよろしくお願いします」
「リンシェラ姫のことはこちらにお任せを。模擬市当日も案内しますよ」
ラディアス王子の受け持つ屋台は初等部では開発と仕入れ、そして売り子の手配までなので当日は見て回ることができる。それもすべて手配済なのでこのようにお茶会という名の報告会をしている。ここにいないご令嬢はというと、週4回ある午後の武術実習を受けていると。授業のない女生徒もそこに見学に行っているので食堂は静かだ。明日を思うとこれはありがたい。
次の日、アラステイ王女御一行を出迎えた時、誰しも思う騒動を誰も思わない方角からやってくる。ぎゅーっとリノリス君の両手を握りしめ
「ねぇ あなた、わたくしとお友達になってくださらない!」
あまりの迫力にだれかを思い出した彼はにこくこく頷き、豆台風と称される姫はにんまりとした笑顔で勝利を得た。