王伝編集官 9話
2章 甘い風に立ち向かえ
王伝編集部 外交課の一角にて
「あ~ 書類が 書類が終わらないー」
「仕方ないわね。アンナは外回り多いし。はい、これも」
そう言って手渡された書類の束を見て、さらにため息をついた。アンナと呼ばれた女性は年の頃は20台に入ったばかりで、艶のある黒髪を肩に届かないところできれいに切りそろえていた。知的な紫の目も今は少しお疲れのよう。これだけ見れば深層のご令嬢とも見えるが、服装でそれを覆してしまった。女性らしい体つきを隠すことなくぴったりとした黒革のベスト。中も紺に染められたシャツ。膝丈のズボンに丈夫なブーツ。露出は少ないのにまごうことなき破壊力。室内なのでそれ以外身に着けていないがフル装備だとりっぱな冒険者だ。もちろんこんな身なりなのはアンナだけだ。他はそれぞれ文官や騎士っぽいので一人浮いている。同じ外交課の女性相手に愚痴をこぼしている。
「たまに戻ると書類攻め。早く外に行きたーい」
「うふふ そんなアンナにこれあげる。最近こっちにもまわってくるの」
「わー おいしそうなお菓子。まわってくるって?」
「料理長の娘さんの味見用の試作品。もう今では王宮内では評判よ。」
「そうなんだ。ってあら この書類」
片手でナッツ入りクッキーを食べつつ、その書類を見て手が止まった。母国アラスティから回ってきたものだった。
「ヘー 豆台風様がいらっしゃるのね。あの子も苦労するわねぇ、両手に花とはいえ」
「弟さん?ジェノス殿下付きでこっちに留学中だっけ。なるほどその妹姫は模擬市の視察ということね」
「そうなんだけど、いくら女性うけ狙ったとはいえお見合いもどきをセッティングするなんて。弟もいい迷惑でしょうに」
そう、その相手というのがリノリスの姉セテリオン。同級生などという名目でジェノス王子と行動を共にする。つまり王子をダシに使おうというのかと。この国の王と父である宰相の仕掛けた事なのでどこからも文句は出ない。仮に思惑が外れ王子が落ちても問題はないとのこと。その時はアラスティ側に婿としてもらい受けるという了承も根回し済みだ。重ねて言おう。これは失敗策だ。
書類整理後、編集部に小さな人影が見えた。リノリスだ。アンナは多分これから起きるであろう災難を感じ声をかける。
「こんにちは アンナさん、いつお戻りに?」
「午前中、それで今溜まった書類片付け終ったところよ」
「お疲れさまでした。それメイリアのお菓子ですね」
「ええ、もらったのよ。お友達なのね。おいしかったって伝えてね。」
ところで、とアンナはさっき見ていた書類をリノリスに見せた。彼はアラスティの王女さまが来ることはここに来る前に聞いていた。
「王女さまですか。僕お会いするの初めてです」
「その王女さまなんだけど、・・・リノ君気を付けてね」
そこまで言ったのにアンナはどう言おうか迷った。(あなたかわいいから姫に敵意もたれるわよ)なんて言える訳ない。アンナはリノリスがラディアス王子の王伝編集官になった裏事情を察しているからこそ、もし彼が父の後を継いだとしたら国に大混乱が起きるのがわかる。言うまでもなくリノリスの父はルシネイラ国宰相、その息子であるリノリスは超優良物件。ここまでなら他にも該当する人物もいるだろう。ただここにリノリスの持つ資質が入ると怖くなる。かわいい、それも強い系の女性が見ると変なスイッチが入る。それが庇護欲なのか母性なのか、人それぞれだろうがその沸点が高いから始末に困る。身近の姉が一番わかりやすい。父である宰相が早くに気づいたからこそ対応できた。それがラディアス王子付きにすることだった。
「え?どういう・・・」
「あぁ いいのよ。気にしないで」
思い直しそれ以上は言わなかった。そうラディアス王子がついているんだし。どっちが主人なんだかと思うが、リノリスがいることでラディアス王子もメリットがある。彼もまた超優良物件である。しかしリノリスがそばにいることで、ほとんどのご令嬢は自分に自信がもてなくなる。それにラディアス王子に嫁ぐということはいずれこの国を離れる。新しい国を興す、大事な娘にそんな重責を背負わせたい親は少ないだろう。つまりこの2人はお互いの虫除けになっている。両方の親のナイスな判断だった。それに味をしめてセテリオンに見合いという暴挙をやらかしたのだが。
「きっといいお友達になれるわよ」
アンナは間違ってはいない情報を伝え、はぁ と困惑するリノリス。弟が大事なのはアンナも同じなので、女難度の高いリノリスの活躍を期待して仕事に戻った。彼女の仕事とは他の国目線で見たこの国の問題を事前に調査することで、自国の者が起こす問題など管轄外なのである。
(ふぁいと~ リノ君)
この流れだと次は弟君かお姫様か。
もしくはどっちが先か。