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王伝編集官   作者: 卵星店長(代理)
1章 雷の匙加減
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ルシネイラ国転換期編

          1章 雷の匙加減

「はげるんじゃないかな」


その言葉で周囲にいた数名の背中がピクっと動いた。

(ごめんなさ~い、決してそんな意味じゃないですぅ)

と言った当人でなくテーブルをはさんで向かいに座る少年がなぜか申し訳なさそうだ。彼の名はリノリス、ふわふわとした栗毛と大きな緑の目はどう見ても女の子だ。まだ外見を気にする年でもないが多分生涯悩みそうだ。

今いる場所が港近くの宿兼食堂、昼のピークは過ぎたが午後の仕事のない者はすでに飲みモード。

それなりに賑やかではある。小声であったとはいえNGワードには敏感なのだろう。

顔を上げて目の前の少年を見つめると難しい顔をして集中している。とても頼りになるので安心している。


「でもラディ兄さん、これはもう誤差になると思うよ。年齢性別で好みも変わるし」


根を詰めやすい兄をほどよく息を抜かせる弟は少年の理想である。

(ぼくもこうなりたいんだよねぇ、もっとがんばらないと)

「終わったよー」店の奥から女の子がいそいそとエプロンを外しながらやってきた。


「マリー お疲れ、じゃあ試食しようか」


テーブルに揃ったのは8名の10才にも満たない少年少女。目の前には菓子と揚げ芋。同じ制服を着た彼らはぱっと見には学校帰りの寄り道に見える。ただし今から始まるのはちゃんと学業の一環である。彼らの住むこのルシネイラ国は大きな港を抱える貿易国家なので、各地より集まる貿易品をただ売り買いするだけでなく、地の利を活かしさらに新しいものを作ることも必要になる。王立学院においてもそれは習うより慣れろといった方針で初等科生にも役割があった。年7回月末に開かれる模擬市で売る商品の開発がそれになる。学年も所属科も問わずグループを組み場所と品目をくじ引きで決め、市で売ってレポートを提出する。このグループの担当は「屋台」「スィーツ」現在試作の最終段階となっており冒頭の言葉はその菓子についてラディのつぶやきであった。


「それで、最終候補が3種にしぼられたんだけど」


元になった菓子はエクレールといい、そのままでは屋台で売っても食べづらいので改良したということ。シュー生地を細く長くし、中のクリームを垂れないようにし、最後に糖衣の調整をしている。そしてここまできてまるで出口のない迷宮にはいったような問題がおきている。つける糖衣の量が決めづらい。それこそ好みの問題だろうとラディ以外は思っている。切り分けた試作品を順番に味見してそう思うのだ。

(ん~ 1つめは生地とクリームの味がはっきりわかるし、2つ目は最初ちょっと甘いけど生地とクリームの後味でそこまで気にならない、最後のはやっぱり甘いなぁ)


「この中から選ぶのですか?」


「いや選ばなくていいんだ。みんな3種類持って帰って家の人に食べてもらってくれないか。それで誰がどんなことを言っていたか紙に書いて報告してほしい。レイは母上と父上に、アバルは調理長にこれと一緒に届けてくれ」


そう言ってラディはアバルに折った紙片を渡した。リノリスはラディの従者でアバルはレイの従者なのだが伝令はアバルに頼む。もちろん理由あってのことだがリノリスにとってはこれも悩ましい。ふと左隣を見ればミレーナがぷるぷる震えている。たった今口直し用であった揚げ芋の余った最後の1つが、ぬーっと伸びてきた彼女の兄ログサによってさらわれた。頬を膨らまし犯人を睨んでいる。

(あぁ 帰り拗ねちゃうだろうなぁ・・あ)

さりげなくレイが通りかかったおかみさんに話しかけた。お土産に揚げ芋頼んだようだ。これでログサは帰りのおんぶを免除される。めでたしめでたし。


「ところで女子達はどれが一番好みかな?」


ラディはにっこり笑いながら右隣のサフィから聞いてみた。どうやら彼もお土産を待つ時間がわかっている。


「ん 私は薄いのかな。甘いのはあまり好きじゃない」


「あたしは甘いほうがいいわ。母さんみたくふくよかになりすぎないように控えてるけどね」


「全部好きー」


サフランことサフィは魔法科の4年生。本好きのがっつりインドア派。

マーリィことマリーはこの店「飛翔するカモメ亭」の娘。店の手伝いはばっちりだ。

そしてリノリスの隣のミレーネは食べることをなによりも愛する。ラディがくじ引きでスィーツを引いたのをメンバーの誰よりも喜んでいた。


「みごとにみんな違うね」


ますますラディは楽しそうに笑う。リノリスは不思議に思い、聞いてみた。


「どうしてそんなに楽しいんですか?」


「自分の力を試せるからだよ、リノ」


真っすぐリノリスの目を見つめ優しい笑みになる。3年前学院の入学と共にラディ付きになってからずっとリノリスはこの目を見ている。空と同じ色の目。時々どこか遠くを見つめる。横顔はいつも穏やかな、それでいて待ち遠しそうで。彼はいつかそこへ行く。その時はリノリスも共に。ラディは皿にあったスプーンを持ちながら語る。


「限られた条件の中で創意工夫する。例えばこのスプーンに水を入れて運ぶとしよう。急ぎすぎるとこぼれてしまう。そしてこのコップに移せばもう少し急ぐこともできるね。」


そこで一度言葉を止めた。意味ありげな表情を浮かべつつ片目を閉じた。


「だから焦らなくていいんだよ」


すべてを理解する。知っていたのだ。リノリスがもやもやしていたことを。顔が赤くなりあぅあぅと変な声がでる。アバルがポンポンと頭をなで席を立つ。出来上がったお土産と清算をしに行く。今日の実習はこれで終了。全員席を立ち残るマリーに挨拶をした。


「じゃあ また来週」







初投稿です。ぬるま湯な空気と世界観をお楽しみください。

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