安宿に泊まる
宿屋は一見すると二階建ての民家の様に見える。
かろうじてドアにベッドと思われる絵が彫られている。看板とかは無いのか。
ドアを開け中に入ると意外と広くカウンターとテーブルがいくつもある食堂のような雰囲気だ。
五、六人ほどが食事をしているようだな。カウンターに近づき、鋭い眼光のいかついおっさんに話しかける。
「すみません。宿泊したいのですが……」
「おう! 客か。ベッドは空いてるぞ。一泊アイアン二枚だ」
意外に高い。ホントに安いのか?
金をカウンターに置くと部屋の鍵を渡される。
「そこの階段を上がって四番の部屋だ」
「ありがとう。ところで食事をしたいんだけど?」
「一食、ブロンズ五〇枚。メニューは無いぞ。日によって違うからな」
ギルドの登録料より高いな。というか安い宿だからこれでも安い食事なのか?
「わかった。今から欲しいけどいいかな?」
「大丈夫だ」
アイアンを一枚渡すとブロンズが五〇枚返って来た。なるほど、ブロンズ一〇〇枚でアイアン一枚か。
ちなみにポケットはコインでパンパンだ。
誰もいないテーブルに着き一息入れる。はー、やっと落ち着いた。
「おい! オレの分は?」
すっかり忘れてた。いたのかタコ。
「予算がないから半分ずつだ」
ムランは頭から降りてくるとテーブルに座る。
「まあ、しょうがないな。勘弁してやるよ」
「お前さあ。なんでお礼の一言も無いの?」
まるで予想しないないような目で俺を見るムラン。おい! ムカつく!
ちょうどその時、テーブルに料理が運ばれる。
「おまたせ! ちょっと、その気持ち悪いのどかして!」
見ると金髪のかわいい娘がお盆を持っている。
「君は?」
「ミレアよ。ここで働いてるの」
ムランに嫌そうな顔をして答える。
「俺は良雄。こいつはムラン」
「うちをひいきにしてね」
ニコリと微笑むとカウンターに戻っていく。おお! 初めて女性との接し方が普通だ。やっぱりこうだよな。
よし、なにはさておき飯だ。っと見るとスープが全て無くなって黒く丸いパンだけが残されていた。
スープ皿の横には満足そうなタコ。
「ふざけんな! 一番楽しみなやつを食いやがって!」
「はぁ!? 娘と話してたからだろ! 遅いんだよ!」
くそう! その頭にアンコを詰めてええぇ!
しかたがなく黒いパンをかじるが歯が通らない。硬い……。硬すぎる。なんとか少しかじって口の中で溶かす。
…無理。
「すみませーん。ミレアちゃーん!」
「なんですか?」
カウンターの奥からやってきてくれる。おー助かった。
「水ください!」
「はい。ブロンズ三枚です」
マジか! 水も金取るの? 外国みたいだ。異世界だけど。しぶしぶ金を渡す。
水を受け取り礼を言って残りのパンに取り掛かる。その間、ムランは背中によじ登っていた。
食べ終えた食器をカウンターに戻し二階に上がる。
四番の札がかかっている扉を開け中を覗くとベッドが六床並んでそれ以外は何もない。一部屋一人じゃないのね。
鍵はどこに使うかとベッドを調べると下に引き出しがあり、そこに鍵穴があった。
窓側のベッドに移動し腰を降ろす。俺の他には使っている人がいないみたいだ。
いつの間にかムランが窓際にいる。忍者か!
「ムラン。ところでいつ救援隊が来るんだ?」
「はぁ? 何言ってんの?」
窓から顔を覗かせてムランが呆れて振り返る。
「いや、ほら、超科学で救難信号を母星か宇宙船に送ったんだろ?」
「わかった。お前が楽観的だったのは救援が来るかと思っていたんだな?」
「あたりまえだろ! おたくの宇宙船に便乗して地球に帰るんだ!」
力説するとムランが悲しげに頭を横に振る。
「救難信号は機体が自爆した時に吹き飛んだ。位置を特定するのに最低一時間はビーコンが出てないとダメなんだ……」
「なん、だと……」
ベッドから崩れ落ちる。まさか……。最悪だ! 考えたこともなかった……。
ムランが立ち上がり勝ち誇る。
「ははは。オレの気持ちがわかったか地球人。もうこの世界で生きるしかないんだよ」
「でも、お前は何か持ってないのか? その武器に何かしこんであるとか……」
床に膝をつく体制でムランを見るが、やはり頭を横に振っている。
「こんな事になるなんて想定していないから取り付けてないよ」
「あああぁーーーー! このタコ助がぁああああ!!」
窓にいるムランの頭をつかんで締め上げる!
「やめろーーー! このクソ地球人がーーー!!」
痛くない手足でペチペチしている。
「なんでこんなことになったんだぁああああ!!」
ボグゥ!!
「はうぅう!」
「うっせいぞ! 坊主!!」
宿屋のおやじに後ろから殴られた!
あまりの痛さにタコを手放し悶絶する。
「他の客に迷惑になるから静かにしてろ! 次は追い出すからな!」
おやじが肩を揺らし足音を立てながら下に降りていく。そっちの音もうるさいよ。
目の前が真っ暗だ。今日を生き残れば明日にはこの世界からオサラバできると思ったのに。
やがてフラフラと起き上がりベッドに横になる。
あの駅前のこってりラーメン、日本チャンピオンのカレー屋。茹で卵食べ放題の喫茶店……。あの味が目まぐるしく頭を回る。
二度と食べられないのか……。
いや、違う。頭が混乱している。会社ではどうなってるんだ? 捜索願いとか出してるのか? ここじゃ、日本の事を想像しても無意味。
はぁ。せめて事務の実頼ちゃんに告っておくべきだった。なんて奥手な俺。
くそう。ホントに悲しいときは涙が出ない。胸が苦しいだけだ。
目をつぶると過去の思い出が走馬灯のように流れて止まらない。
グルグル回る記憶の中、いつの間にか眠っていた──……。
「ヨシオーー! 昼だよーー!」
突然ベッドから落とされる。
「なんだ! 地震か!?」
勢い立ち上がると目の前にミレアちゃんがいた。
「宿は朝までの約束だよ。早く出てね!」
シーツをまとめながら膨れ面している。そんな約束してねぇよ。
「そ、そうだったのか。知らなかったよ」
「ならとっとと下に降りてね」
二階から追い出された。お兄さんは悲しいよ。
一階のカウンターに行き宿屋の主人にお昼をもらう。金を払って。
気がつくとムランはシャツの胸の部分にくっついてまだ寝ている。ある意味凄いひっつきだな。
「おい。起きろムラン。昼飯だぞ」
「う…うぅん。父さん…」
気持ち悪! ナヨナヨしてくさって。軽く頭にデコピンする。
「はぁあ! ぶっ殺すぞ地球人が!!」
「おはよー。昼飯だぞ」
怒り絶頂で起きたムランをスープ皿の前に置く。
「え、あ? 朝?」
スープを目の前に混乱しているようだ。硬いパンをスープに浸して食い始める。
「早くしないと無くなるぞ?」
「わー! 待て! 待て!」
慌ててスープを食べ始める。まあ、こいつはいつもの通りだな。
「……昨日はすまなかった。取り乱した」
ムランは食べる手を止め、マジマジ俺を見る。
「熱ある?」
「ふざけんな! タコが! 人があやまってるのに!」
その後、大声で言い合っていると宿屋のおやじに店を追い出された。




