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実験2 弱者の思考経過観察

世界は平等ではない。

生まれた瞬間から生きていく環境の優劣は、はっきりと分かれ、育てられる際に育まれる性格は育ての親が大きな影響力を持つ。

蛙の子は蛙、親が親なら子も子。

そんな昔の格言を体現したように、世界のあらゆる子供達が不平等を嘆いているのだろう。

しかし、それは仕方のないことだと割り切って慎ましやかに穏やかに、自分に割り当てられた自分らしい生き方を必死に正当化して生きている。

最初から全てを与えられた勝ち組にはわからないことだろう。

初めから負けているものは変えられない現実を必死にごまかして、誰かのせいにして生きていくしかできない。

そんな世界は、果たして正しいといえるだろうか。


夕暮れ。


町中に赤い太陽が照らし、全てを真っ赤に染め上げた。

そんな中、中学校のとある男子トイレに水浸しの少年が一人、ひっそりと佇んでいた。

季節的にびしょ濡れな今の状態は非常に危険だが、少年は構うことなくトイレの個室で、便座に腰掛け目をつぶっていた。

少年の名前は七道真也。

今現在をもってして、彼を一言で表すならばイジメにあっている可哀想な学生。

これだけで十分だった。


今日で何日目になるか。

少年はぼんやりと自分がいじめられた日にちを思い出そうとしていた。

だが、寒さに邪魔をされそれすらうまく思い出せなかった。

個室に閉じ込められ、上から水攻めなんて、なんてベターが好きな奴らだろうと呆れながら七道は息を吐いた。

吐いた息は白い。体もすっかり冷え込み、気がつけばガチガチと歯が鳴り出す始末だ。

いじめていた彼らはとうに帰宅している。

七道からふんだくった金でゲーセンでも行ったのだろう。

敵がいないならさっさと帰ればいい話だが、そうしない理由が七道にはあった。

ドアを縄跳びで縛られ出られないからではなく、人を待っていたからだ。

もしかしたら、彼が行動を起こすのではないだろうかと淡い期待を持って待ち続けていたのだが、どうやらどこまで言っても臆病者は臆病でしかないらしい。

これ以上待っているのは時間の無駄だなと判断した七道がトイレの空いた隙間に持っていたカッターナイフを差し込もうとした時だった。


パタパタ、という足音が聞こえた。

七道は軽く息を吐いてカッターナイフをポケットに戻す。

待った甲斐があったというべきか、来るにしても時間がかかりすぎだと嘆くべきか。

少し考え、いじめられている人間は助けられるときに文句は言わないだろうと後者はなしにする。

正直な話、後者の方が七道の本音なのだが。


「な、七道くん…?」


予想通り、来たのは同じイジメにあっている田駅だった。

気弱な声は、誰がどう聞いても『弱い』という確信が持てた。


「その声は、田駅くん?」


七道の方も随分と震えた情けない声で答える。

演技ではなく、単純に寒くてうまく口が開けないのが原因だった。


「あの、あいつら…もういないから、これ解くね」


待っててといってギシギシと縄跳びを解いていく田駅を板一枚隔てたところで眺めながら鼻をすする。

しばらく縄跳びと格闘していた田駅はようやく解けたらしくギイッとゆっくり扉を開いてみせた。

七道の姿を見てまるで捨てられた子犬を見つめるような目をして「大丈夫?」と問いかける。

哀れんでいる?…いや、同情している。

七道は震えながら頷いた。

こういう時は礼をするべきかと息を吐いて口を開く。


「ありがとう。助かったよ」


「お礼なんていいよ。あいつら、本当に最低だ」


普段誰にも言えない鬱憤が溜まっていたのだろう。田駅は憎くて仕方がないという顔で悪態をついた。

七道はくしゃみをしてとりあえず着替えに行きたいと田駅を連れ教室に戻ることにした。

教室にはすでに誰もいない。

ずぶ濡れのままきたため、廊下も歩くたびに濡れたが気にしなかった。

七道に連れられて教室に来た田駅が不思議そうに口を開く。


「着替えって体操服で帰る気なの?」


「まさか。もう一着制服があるんだ」


そう言って七道は自分とは全く関わりのないクラスメイトのロッカーを開けた。

中学生のプライバシーなんてあってないようなもんだ。ロッカーには鍵などなく誰でも開けることができる。


「え?七道くん?そこは白井くんの…」


困惑する田駅に七道は困ったように笑って見せた。


「あいつらもチョロいよね。僕のロッカーの中身はぐちゃぐちゃにするくせに、ほかはノータッチなんだから。散々嫌がらせしといて気づかないもんかなぁ」


そう言いながら他人のロッカーから、奥にしまいこんでいたシャツを取り出す。


「それは?」


「もちろん、僕のカッターシャツだよ」


同じように別のロッカーから制服、靴下、下着とほいほいと私物を取り出す七道に田駅は開いた口がふさがらないようだった。


「な、なんで…?」


七道はずぶ濡れの服を脱ぎながら答える。


「なんでって、用意してたからだよ。あいつらはターゲットである僕のものばかり攻撃する。なら、他の奴らのところに僕のものを隠しておいとけば被害は防げるってことだよ」


もちろんカモフラージュは大事だ。

自分のロッカーにもものは置いておかないと怪しまれるため、できるだけわかりやすく私物を置く。

イジメとは、物を失い慌てふためく弱者の姿を見て優越感に浸っていたい。

そういうものだ。

ならば、浸らせてやればこちらの被害も最小限で済むのだ。


「ふー、寒かった…」


着替え終わり、身を震わせる七道に田駅はまだ納得がいかない様子だった。


「け、けどどうやって?いつロッカーに入れたの?…ていうか、バレないの?」


「入れるのは体育の時間とか誰もいなくなった放課後とか、いつだってチャンスはあったよ。ロッカーは普段そんなに中身を確認しないぐうたらな奴らを選んでるからまず見つからない」


このほかにもシャーペンや体操服など、教室の様々なところに予備を用意してあるため、これまでも何かなくなって困るということはなかった。

それが気に食わなかったらしく、いじめがより過激になったのは少しばかり失態だったが。


話を聞いていた田駅は感激したように凄いと連呼した。


「本当に凄いよ!僕はそんな方法思いつきもしなかったよ!そっか、そんな方法があったのか」


「君が僕のような方法を思いつかなかったのは君がお人好しだからだろうね」


「え?」


七道は他人のロッカーを締めながら脱ぎ捨てた制服をビニール袋に入れる。


「クラスメイトを利用してやろうなんて、心が綺麗だから考えもしないんだよ。僕は卑怯者だから、こうして卑怯な手を使うだけだよ」


「…違うよ。単に頭が悪いだけだ」


田駅は下を向く。

七道は袋を縛りながらなんといえば良いかを考える。

臆病者を奮い立たせるにはどういう言葉がふさわしいだろうか。


「君はクラスメイトが憎くはないの?」


「え?」


「クラスメイトだよ。イジメに関わりのない奴ら」


田駅は七道から目をそらした。

七道はかまわず続ける。


「イジメられている僕らを見て見ぬ振りして助けてもくれない。そんな奴らを許せる?

あいつらは傍観者を選んだ。それっていじめを許容したってことだよ。つまり、イジメてるやつらと同じ、共犯だ」


田駅はゆっくり視線を七道に戻した。

彼の中にある感情はなんだろう。

怯え?戸惑い?恐怖?

なにか不安がっているのは確かだ。


「悪い奴らの仲間なんだ。誰も僕らの味方はいない。だったらあいつらを利用するくらいいいじゃないか。あいつらだって僕らを見捨てたんだ。僕があいつらを利用するのはあいつらが悪い奴だからだよ。罪悪感なんて持つ必要はないんだよ」


田駅は静かに七道の話を聞いていた。しばらく黙っていたかと思うとはっきりとそうだよね。と頷く。


「クラスの奴らのことだって、同じ位憎いよ。こんなクラス、大嫌いだ…」


「…そう」


七道は笑いをこらえて慎重に言葉を選んでとある提案を口に出す。


「じゃあさ…」


それは、田駅にとって予想外な、しかし心のうちに確かにあったであろう望みだった。

友達という確固たる味方から紡がれる同じ思いを感じ取り、田駅は目の前の髪のしっとりと濡れた弱々しい仲間の言葉を盲信的に信頼した。

彼は自分と同じ存在で、初めてできた仲間。

彼こそが味方で、それ以外は敵だ。

彼は、僕の唯一だ。


そう信じて疑わない田駅は、気がつくことができなかった。

目の前の純朴な少年が心のうちで想像もできないおぞましい心情を持ち合わせているのかを。

頭の中で、悪魔のような計画を企て、実行に移そうとしているかを、彼は一番近くにいながら気がつくことができなかった。



「このクラスに復讐してやろうよ」



田駅にとって、今はただ、七道の言葉だけが救いだった。






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