いつでもあなたは、傍にいる
「そういえば、俺と観月の家って意外に近かったんだな」
私を家まで送ってくれている最中の、霧谷君が問いかけてくる。
「そうね。ちょうど学区がこの辺りで区切られるから、小中学校は一緒にならなかったけど」
「じゃあ、高校で俺らが出会ったのって、けっこう運命的かもな」
はぁ…。
彼のくさい台詞に、何故か自然と溜め息が出てしまう。
「霧谷君って、馬鹿のくせに無駄にロマンチストよね。馬鹿のくせに無駄に」
「馬鹿とか無駄とか連呼するな!!泣きそうになるわ!!」
そうだ。試しに質問してみよう。
「ねぇ、霧谷君は何歳までサンタクロースを信じてた?」
「何言ってんだ?サンタは実在するだろ?」
「……うわぁ…」
「そんな哀れみの目で俺を見るなっ!!」
「ふふっ」
……こうしてふざけ合っていると、本当に楽しく思える。
時間が経つのを忘れるくらい楽しくなってしまう。
もうすぐ、会えなくなるのに―――
そんな言葉が、ふと頭の中に浮かんで、私は急に怖くなった。
「観月、どうした?」
突然黙って立ち止まった私に、霧谷君が声をかける。
そんな彼の顔を見てると、自然と涙が溢れそうになった。
「……霧谷君、私、どうすればいい?」
気付けば、そんな弱音を口にしていた。
「霧谷君と…二人で一緒に居られる時間が、すごく、幸せで……
でも、幸せって思うほど、離れるのが辛くなっていって……」
そして私は、ついにその言葉を言ってしまった。
「思い出なんて…ない方が良かったのかしら…」
それは、私が絶対に言わないようにしていた、最低の言葉だった。
私のために、自分の全てを懸けて愛情を捧げてくれた。
そんな彼の思いを、全否定するような言葉だった。
それでも私は、それを口に出さなければ、自分を保っていられなかった。
ふと我に帰り、霧谷君を見る。
彼は、私の最低な言葉を聞いても、真剣な眼差しで私を見つめていた。
そして、彼が、口を開いた―――
「…思い出は重いでー、って感じか?」
…………。
ボコォッ!!
「ぐはぁっ!」
……私はかつて、ここまで本気で人を殴ったことがあっただろうか。
「そ、そんな怒るなよ…冗談だって」
「どうしてこのタイミングで冗談が言えるの!!」
本当に、どこまで馬鹿なの!?人が真剣に悩んでるというのに―――
「そんな真剣に悩まなくても、大丈夫だよ」
「……え?」
もう一度、霧谷君の目を見る。
その目は何一つ曇りがなくて、それでいて、すごく優しい目だった。
「会えない時間が長い分だけ、また会えた時の嬉しさも倍になるしな」
「……でも、私―――」
「それでも、今が不安になるときは、これから先のことを考えればいい。
先が見えなくて不安になったら、今までのことを振り返ればいい。
そうすれば、どこかで俺たちは、二人で笑っていられるからさ」
そう言って、彼は明るく微笑んだ。
………そうか。今やっとわかった。
どうして私が、こんな馬鹿を好きになったのか。
「ま、まぁ…俺はいつでも、お前のこと、好きだけどな…」
いつも馬鹿で不器用だけど、
いつも真っ直ぐで、私の心をそっと和らげてくれる。
そんな彼の優しさに、私はどうしようもないくらい……救われているんだ。
「プッ…アハハハハハ!!」
何故か笑いが込み上げてきた。そういえば最近、心の底から笑えてなかった気がする。
「な、何がおかしいんだよ!!」
顔を赤くして怒る最愛の人に、私はギュッと思いきり抱きついて、囁く。
「……ありがとう」
この先何があっても、私はこの温もりを忘れることはないだろう。
私の世界は、こんなにも大きな愛で、満たされているのだから。
「……ねぇ、そういえばまだ私から言ってなかったわね」
「ん?」
「私も、霧谷君のこと……大好きよ」
そして、二人は唇を重ねた。
二人を見下ろす夜の月は明るく、微笑んでいるようだった。
「―――クスッ、懐かしいわね…」
そして現在。
私は勉強を終え、昼食を摂るために図書館からテラスに移動した。
今では、彼とはエアメールで文通をしている。
機械が苦手な私への配慮として、彼が言い出したことだ。
でも……最近になって、返事がなかなか来なくなった。
「何かあったのかしら…」
私を心配させるなんて、帰ったら覚えてなさい…
と握りこぶしを固めていると、何だかやけに外が騒がしいことに気がついた。
見れば、そこにはいつの間にか人だかりができていた。
野次馬で様子を見に来ていた留学生仲間を発見したので、尋ねてみる。
「ねぇ、何かあったの?」
「あぁ、観月。何でも敷地内に不審者が入ったらしいよ~。」
「へぇ……面白そうね」
友達の話に関心を示すようにしながら、内心は、大して面白くないわね…と思っていた。
「それでね、その不審者ってのが日本人だったんだけど、結構イケメンだったの!!私さっき見てきちゃった!!」
何を一人で舞い上がっているのか…と呆れているのを隠しながらも、一応話を聞く。
「黒髪でツンツン頭の男の人だったんだけど、ちょっとだけ頭悪そうだったな~。
捕まった瞬間、警備員に何度も自己紹介してたくらいだもん!」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。
「ねぇ!!その人、何て名前だった!?」
「え?えと、たしか、
きり何とかって………」
その話を最後まで話を聞くことなく、私は走り出していた。
まさか―――
そんなはずはないって、
期待しちゃ駄目だって、
いくら自分に言い聞かせても、
鼓動と共に速くなる足を、止めることができない。
――待ちきれなかったら、会いに行く。約束だ―――
そんな別れ際の言葉が、頭の中に鮮明に思い浮かんでいた。
そして私は、警備員に捕まっている、一人の男を見つけた。
「ちょっ!マジ本当に、
Please release me!(離してください!)」
……何故か日本語混じりだし、発音はめちゃくちゃだった。
でも、一応それなりの英語を話せていた。
「だーかーら、
Please let me meet her!(彼女に会わせてください!)
ちょ、無視すんなって頼むから!」
日本語すら満足にできなかった、どうしようもない馬鹿が、一体どれだけ勉強したんだろうか。
「くそー!!観月ー!!どこだー!!」
ただ……私に会うためだけに。
今でも胸に輝く銀色の薔薇を握りしめ、私は再び最愛の人のもとへ走り出した。
そして、ずっと声に出して叫びたかった、愛しい名前を呼ぶ。
「勇馬君っ!!」
向こうもこちらに気づき、咲き誇るような満面の笑みで返してくれた。
「おぉ、里奈!!久しぶり!!元気だったか?」
困惑気味の警備員に、
「知り合いなんです」と説明し、ようやく解放された彼に、涙をこらえて悪態をつく。
「……馬鹿っ!!会いに来るなら、連絡ぐらいしなさいよ……!!」
「ハハハッ、ごめんな」
そして、悪びれた様子もない彼に抱きつき、抑えきれない気持ちを囁く。
「約束……。覚えててくれたの?」
「当たり前だろ。忘れるわけないって」
「………勇馬君」
「ん?」
「ありがとう……私、本当に幸せよ……」
「……あぁ、俺もだ」
もう私は、一人で不安になることはない。
だって、たとえ私がどんな所にいたとしても、
あなたはこうして会いに来てくれるから。
あなたが私に、世界で一番の幸せをくれるから。
きっと……ううん、
今なら、胸を張って言える。
私は………、
私は、あなたを好きになって、本当によかった………!!
これまでこの作品を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
これで、
「キレイなバラには、毒がある」シリーズは完結となります。
次回作は未定ですが、これからも投稿を続けていきたいと思います。
これからも、どうかよろしくお願いします。