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ソフトボール大会とシンデレラ

掲載日:2026/05/28

歴史・時代小説がフィールドなのですが、ふと身近な事を書いてみようと思い立ち、小学生の頃を思い出しながら小説を創作してみました。生まれが広島なので広島弁で読み辛いかもしれませんが楽しんで頂ければ幸いです。

「あんたが一丁目で一番年長さんなんじゃけ、あんたがやるしか無いんよ、二郎ちゃん」

 町内会役員で父親と同じスーパーに勤める顔なじみのお母さんの説得に、山本二郎は頷くしか無かった。K町公民館に町内に住む五六年生が呼ばれたので行ってみると案の定である、子供会の運営についての会合であった。五丁目まである広島市K町の中では面積の狭い一丁目で小学六年生は二郎しか居なかった、子供会のリーダーである。上級生が中学に進学したので心の準備はしていたのだが、いざやるとなると自信は当然ない。

「子供会会費お願いしまーす」

 四月さっそく最初の仕事は、今年度一丁目子供会会費の徴収である。一丁目に住む小学生の名簿を渡され、住所を基に訪ねるのである。島田和也と一緒に回ったのだが、一学年下で、銭湯で顔なじみでもあったので二郎が副リーダーとして指名し、彼も快諾したものである。二人連れというのはいくらか気持ちも楽になって和也の存在はありがたかった。恐る恐る玄関先で会費徴収のお願いをすると「ご苦労様ねえ」と、お母さん達は気さくに話しかけてくれるし、だんだん慣れてきて余裕が生まれると、玄関に「遺族の家」とシールのような物が貼ってあったのを見て、「これは貴族の家じゃ」と、知ったかぶって和也に話をしていると「これはね、『きぞく』では無くて『いぞくのいえ』と言うの。戦争で亡くなった方が家族に居るからなのよ」と、丁寧に教えてもらったりして案外勉強になる事もあった。

 会費徴収が終わると次は行事の説明に呼ばれた。夏休みに開催されるソフトボール大会と秋の演劇である。どちらも中学校の学区エリアの町で参加を募っていて、ソフトボールはK町二チームがエントリーする事に決まっていた。一丁目から三丁目でK町Aチーム、四丁目と五丁目でK町Bチームとして出場する。今日の会合は各地区小学生のリーダーと副リーダーが呼ばれていたので、二郎はAチームでの話し合いに参加した。小学校同学年の顔なじみも多く、三丁目の宮本一馬は同じクラスでもある。

「キャプテンを決めにゃあいけんじゃろう、宮本くんやってよ」と二郎が水を向ける。スポーツ万能で、ソフトボールでも彼が居るとチームが勝つ確率が高く人気者である。

「ほうじゃのう……」と、メンバーを見渡してみて「わかった、わしがキャプテンやるわ。一丁目でソフトボールが上手いの誰か居る?」

 二郎は首を捻り「一丁目ではあんまし知らんのう。島田くん五年生で誰か知っとる?」と和也に聞く。

「村上勉くんは運動神経ええんじゃが……」と、和也が口を濁すように答える。

「ああ、あのB公園の横の家。町内会の会合にも出て来んしソフトボールやるんか?」

「村上くんは塾があるけえ、わしらと遊ぶ事が少ないんよ。お母さんは働きに出とるんじゃけど、学校が終る頃にはたいがい帰っといて、遊びに誘ったら、『勉は勉強があるから』と玄関先で断られて誘い難いんじゃ。でもこの間体育でソフトボールやったけど、よう打つで」

「ああ、あのお母さんな。会費徴収に行った時に会ったな、結構厳しそうな感じの」

「よう打つんなら、山本くん是非誘ってみてよ」

一馬に頼まれ頷いたものの、勉の母親の取り付く島も無いような顔を思い浮かべて、何だか気が重くなった。

「なるべく五六年生でメンバー組みたいんじゃが……、女子は山根さん出てくれるよね?」

 一馬が、二丁目のリーダーである山根愛子を指名、彼女も同じクラスなので気軽に声をかける。勉強も出来るのであるが、体格も男子に引けを取らず、体育の時には砂場での相撲大会で男子相手に五人抜きをして見せた。クラスでもマドンナ的存在で、二郎にも「背中からシャツが出とるよ」と気さくに声をかけてくれるし、彼の勝手な妄想の中ではお嫁さん候補の一人でもあるのだが、五人抜きの時には二郎もその中に入っていた。

「ええー、うちも出るの?」

 山根愛子が難色を示すと、

「女子は一人出ると二点がもらえるそうなけ、他の女子にも山根さんから誘ってみてよ」

「そうは言うてもたぶん居らん思うよ、一応声はかけてみてあげるけど。うちも出とうないもん」

「大丈夫じゃ、セカンド守ればええ、あんまし球は飛んで来んけえ」

と、一馬に拝まれたが、頬を膨らませて返事は「考えとく」だった。

 ソフトボール大会の打合せが終わると、全員が集まって演劇会の話し合いが行われた。各町内会で一つの演劇をするので、七つの町の演目が中学校の講堂で披露される。

「演劇の時間は三十分なのよ。準備とか入れたら一つの作品に四十分くらいかな」

 町内会役員で、四年生の大野達子さんのお母さんが説明を始めた。五六年生が中心になるとの事で、さっそくリーダー選びとなった。

「山根さん、リーダーやってよ。学校じゃあ演劇クラブじゃない」

宮本一馬が推薦する。小学校では五年生になると、週一回午後に一時間程度クラブ活動がある。

「山根さん演劇クラブなの! それは是非引き受けてちょうだいよ。去年は確か『さるかに合戦』だったと思うけど、何だか幼稚園の学芸会のようでねえ。何か新しい物語でやるのが絶対良いと思うよ、お願い」

 ソフトボールは全くお任せだった大野さんのお母さんが、俄然やる気で山根愛子に促すと、皆の視線が彼女に集中する。

「分かりました、演劇クラブの先生に相談してみます」

 彼女も覚悟を決めたように返答した。すかさず「わしらも協力するけえ、何でも言ってよ。その代わりソフトボールは出てよ」と、一馬がちゃっかり交換条件を出すと、愛子は返事をせずに再び頬を膨らませた。

「こんにちはー」

玄関の戸を開けて和也と奥に向かって呼びかけたら、「はい」の返事もなくぶっきらぼうに村上勉が現れた。運よくお母さんは出かけて留守のようである。

「今度、町内会でソフトボール大会をするのだけど出てくれない?」

 単刀直入に申し入れたが、「僕では決められない」との返事。

「あんたはどうなん?」と、勉の気持ちを確かめてみると、

「僕は出たいけど……」

 やはり外で遊びたいのだ。和也の話では、以前彼が塾に向かう勉を呼び止め、「少しだけでも」と誘ってビー玉で一緒に遊び始めると、塾に行く時間になっても母親には内緒で、そのまま皆と暗くなるまで夢中になって遊び続けた事もあったらしい。

「夏休みの開催じゃけえ、お母さんも駄目とは言わんじゃろう?」

「いや、夏休みも塾はあるよ。来年だけど中学は私立を受験する事になっているし」

「……、そうかあ。そうなんだ」

 受験と聞くと、勉強の邪魔をしても悪いのかなと、二郎は熱心に誘うのを考え直した。

「じゃ、お母さんに聞いといてね。また来るから」

 和也が言って玄関の戸を閉めた。

「どうかのう?」

 道々歩きながら二郎が和也に問いかける。

「私立中学受験するんなら、勉強の邪魔をするのも悪い気がしてきた。もう強引に遊びに誘うのも止めとくかな」

 和也も二郎と同じ思いに至ったようである。

 それから二週間後土曜日の午後、一馬の召集があってB公園に参加メンバーが集まった。まずは公園の道路に面している駄菓子屋がやっているタコ焼きを買って腹ごしらえをする。

「知っとるか? これはタコの代わりにイカ天が入っとるけ、たこ焼きじゃのうでイカ天焼きじゃとお父ちゃんが言うとったで」

 二郎が得意そうに披露するが、皆食べるのに一生懸命で「ふーん」と気の抜けた返事が誰ともなく戻る。一馬もそれに取り合わず集まったメンバーを見渡しながら話す。

「一丁目は二人か……、あの運動神経がええのは駄目じゃったん?」

「中学受験もあって、夏休みも塾なんじゃと。村上くんは出たそうなかったけど、お母さんに相談したら駄目と言われたらしい」

「ほうかあ、こっちは何とかわし入れて男が六人、山根が入ってもギリギリ九人。あいつ演劇の準備をするとか言うて今日は来とらん。三角ベースも出来んのう、仕方ないけえ一人がアウトになるまで打って、後のもんは守備じゃ。内野はキャッチャー無しで、外野もレフトとライトの二人な」

 二郎は守備が苦手なのでライトを守るのだが、守備位置から勉の家がよく見えるので、脇見をしていたらボールが飛んで来て後ろに逸らしてしまった。

「何しよるんじゃあ!」

 ボールを追いかける背中にピッチャーをやっていたキャプテン一馬の罵声も飛んできた。

 日が暮れて皆と別れ、和也と一緒にB公園を後にした。勉の家には明かりが灯っていた。

「もう塾から帰っとるかの?」

 二郎が勉の家を見ながら呟いた。が、和也はそれには答えず、

「知っとる? 村上はお母さんと二人暮らしらしいで」

「え? お父さん居ってん無いん」

「よう知らんけど、夫婦別れしとって、お父さんは出て行ったらしい」

「ふーん、ほうなんじゃ」

 夕ご飯が終わり、夜八時からは「八時だよ全員集合」を家族で見るのが定番である。二郎は二人兄弟で八つ上の兄が居るが高校卒業してから東京に就職したので、小学校四年からは一人っ子のようである。テレビからドリフの歌が流れてくる。

『ズンズンズンズンズンズンドッコ、やって来ました倦怠期、不貞くされ女房は家出して……』

「お父ちゃん、『けんたいき』って何?」

「ああ、飽きる事かのう。飽きて嫌になる事じゃ」

「お父ちゃんは、その『けんたいき』ってあったの?」

「ああ、あったよ」

「お母ちゃんは?」

「そんなもの、ありません!」

 目を合わせる事もなく、テレビを見つめたまま不機嫌そうな返事に、二郎は「ふーん」と、頷いたが子供心にそれ以上会話を繋ぐことは憚られるのだと感じた。二人は見合い結婚と聞いていたが、父親の答えに正直さを、母親の答えには夫婦にそのような事はあり得ないと諭されたように受け止め、そう言えば一馬が、以前両親の夫婦喧嘩をした様子の話を思い出した。二三日二人とも全く口を聞かなかったそうである。そして勉の両親ってどうだったのかなと思ってみたが、全く想像は届かなかった。そのうち加藤茶の『ちょっとだけよ』が始まると、親子で笑い転げた。

 それからある土曜日の夕方、B公園で遊び終わって帰る途中、勉のお母さんが二郎を見つけて近づいて来た。

「山本くん、子供会の。ちょっとお話ししたいのだけど良い?」

「ああ、村上くんのお母さん」

「近頃、勉が元気なくてねえ。どうやら、その町内会のソフトボール大会に誘われたけど断ったかららしいのよ」

「はい、塾があるからと」

「いえね、それがたまたま亭主が家に来ていた時に……、あら嫌だ、亭主は今、家を空けていてね、別のところに居るものだから。で、勉からその話があってね、私は塾があるから断るように言ったのだけど、亭主は勉の気持ちを聞いて勉が決めれば良いと言ったものだから私と口論になっちゃって。そうしたら、大会は出ないから喧嘩は止めてって」

「そうなんですか」

 話を聞きながら、テレビドラマの同じような場面が目に浮かんだ。和也から夫婦別れをしたと聞いていたが、たぶんドラマでも見た「別居」状態なのだろうと推察した。が、勉の為にも何とかならないものかと思った。

「それからどうにも様子がおかしくて塾も休んだりして、何だかよそよそしくなってあまり話もしなくなってね。私たちが喧嘩をした後でしょう、それで大会に出たかったのって聞いたら頷いて。でも一度断ったのでもう駄目だよとか言うものだから、あなたに相談してみようと思って。で、どうなの?」

「塾は大丈夫なのですか?」

「そりゃあ、心配よ。でも、あの調子じゃねえ。だから、塾に通うのに差しさわりのないように誘ってほしいのよ」

 相談と言いつつ条件をつけているが、ここは何より勉の為にも一肌脱ぐ場面だと二郎は思った。

「分かりました。キャプテンは宮本くんなので一応彼に話をしますが、大丈夫です、ぼくが請け負います」

「そう、お願いね。山本くんが頼りだから、くれぐれもよろしくね」

 言い終えてから、家に戻ろうとするお母さんの背に二郎は声をかける。

「あの……」

 お母さんが振り返ってから、意を決した。

「あの、大会は八月九日の日曜日です。是非ご両親で村上くんの応援に来てください、約束ですよ!」

 二郎がペコリと頭を下げ、否を言わせる暇を与えず足早に家路に急いだ。家の玄関先で西の空を眺めると、山の端が茜色に染まり、空には星が瞬くいつもの風景が広がっていた。玄関を開けると二郎の大好きなカレーの匂いが漂って来た。

 塾の予定を気にしながら、勉が練習にも参加するようになった。ある日大会に向けて四丁目五丁目のK町Bチームと練習試合を行った。BチームはAチームと違って優勝候補になるほどメンバーが揃っていて、中学に進学して野球部に入部した先輩が、中学での指導を持ち込んで教えるほど熱心である。その中学の先輩が勉のプレーを見て「野球部に来い」とスカウトするほどの活躍ぶりで、今更ながら勉は野球が大好きなのだと二郎は感心した。

 夏休みに入ると、午前中は勉強の時間である。二郎の家は共働きなので、朝から一人机にしがみついているのだが一向に捗らない。作り置きの昼ご飯を済ませると、午後は毎日遊び歩く四十日の余裕をかます前半も終わり八月六日の登校日を迎えた。皆の宿題の進み具合を気にしていると、山根愛子から、演劇会の打合せをすると召集がかかった。

「演劇クラブの先生と相談しました。テーマは『原爆』としました」

 登校日行事も終わり、教室に集まったK町リーダー達に向かって、愛子が宣言するように言った。

「おおー」っと言う声がどこからともなく上がる。

 ガリ版刷りが配られ、皆に行き渡ったところで同席していた演劇クラブの中野先生が台本の大筋を説明する。文化祭用にと考えていた台本を、愛子からの相談を受けてこの演劇会にぶつけるとの事で、中野先生の熱い思いが伝わって来て皆真剣に耳を傾けた。

「重いテーマですが、六年生の皆さんはしっかり演じ切れると思います」

 最後に中野先生が話を締めると、配役の説明が愛子からあった。二郎は水筒を下げた兵隊さんの役で、原爆で火傷を負って倒れ「水をくれ」と助けを求める男に水筒を背中に隠して「駄目だ、水を飲んだら死ぬぞ」と諭すセリフが用意されていた。衣装は不要になった古着をボロボロに裂いて血の跡などを絵具で染めて、各自役割に応じて作るよう依頼された。必要に応じて演劇クラブでも提供するとの事であった。

「先生のお話の通り、重いテーマなので当日もリハーサルや準備で、他の演劇は鑑賞出来ませんからそのつもりで」

 愛子の説明に、「分かった、わしらも演技に集中するけえ大丈夫じゃあ。よその演劇なんかどーでもええけえ」と一馬が皆を代表するように返事をした。

八月九日午前九時ソフトボール大会開会式を迎えた。会場はK町にある企業が所有するグラウンドで二試合同時に開催できる大きさである。大人の審判も居て本格的である。二郎が頻りに保護者応援席に目を向けているのは、勉のお母さんに一方的に約束したお父さんと応援に来ているかを確かめたかったのである。勉には聞けなかった。が、勉が手を振った方向に目をやると「居た!」ので嬉しくなった。試合は第二試合F町Aチームとの対戦で、山根愛子も出場するが、相手チームも女子を一人メンバーに組み込んでいたので、両チームともに二点づつ加点され、プレイボールが宣言された。

K町Aチーム後攻でピッチャーは一馬、打たれながらもショート勉の広い守備範囲で初回は何とか零点に抑え、裏の攻撃では三番一馬がヒットで出塁し、勉がレフトオーバーのツーベースヒットで一点を先制、チャンスは続くも五番二郎は凡打で一回が終了。その後は一進一退六対六の同点で迎えた七回表に一点を勝ち越された。七回でゲーム終了なので最終回となる。六番から始まるも二者凡退してツーアウト、八番二丁目の五年生小笠原誠治がしぶとくヒットで出塁して打順は九番山根愛子に回ったが、どうもソフトボールは苦手のようでここまで三振ばかりである。万事休すと一馬も思ったのか、気が抜けたように演劇会の話をしてきた。

「おい、F町の演劇は『シンデレラ』らしいで。主役のシンデレラは五年生でえらい別嬪さんで芸能人みたいじゃと評判が立っとる。さすがにここには来とらんのが残念じゃのう」

「え、ほうなんか。それは是非観たいのう、こっそり演技を見に行くか」

 二郎も話につられ、調子に乗ってうっかり口を滑らせた。

 二人の会話が聞こえたのであろう、バットを持った愛子が振り返り、二人を一瞥する。慌てて「山根頑張れー!」と二人して声援を送るも後の祭りである。打席に立った愛子のバットが一閃、ボールは鋭く地を這いセカンドの横を抜けた。油断していたものか、ライトが尻もちをつきこれを後逸、その間に一塁から小笠原誠治がホームに帰って同点、そして俊足を飛ばして愛子は三塁を回って一気にホームに帰ってランニングホームラン! 逆転サヨナラ勝ちとなった。

「やった、やった!」

 皆が立ち上がって、愛子を迎える。そしてホームベースを挟んで整列した両チームが向かい合い「ゲームセット、八対七でK町Aチームの勝利」と審判が宣言した。

「ありがとうございました!」

 両チームお互いの挨拶を終え、二郎はぎこちない笑顔を愛子に向けたが、愛子は気づかない風を装っていた。勉は両親の方へ手を振って喜びを爆発させ、両親も仲良く手をたたき満面の笑みを返していた。その様子を勉の肩越しに眺めながら、いつもならこの世の終わりとしょげ返っていた自分を励まし、愛子とは次の試合までに何とかしようと前向きに思ったのは、この数か月の経験の賜物かも知れない。


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